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32 アキラとユフィ

 魔王軍と熾烈しれつな戦いを繰り広げたテグリス王国及び諸国連合軍は、結果的に魔王討伐を断念し撤退を余儀なくされた。

 総数三万で出撃した兵力のうち、撤退に成功したのは二万程度だ。

 捕虜及び戦死者合わせて一万人という数字は、人類側が戦術的にも戦略的にも敗北したという結果を如実に表している。


 だが、人類側もただで負けを喫したわけではない。

 魔王四大将軍三人と対等に渡り合い多くの戦果を挙げた勇者アキラ、剣士ライン、魔術師ユフィの活躍は、敗北の屈辱を噛みしめる兵士達に一抹の希望を与えた。


 その立役者となったアキラは、粛々と撤退を進める兵士達から少し距離を置き、夕焼けの映える平原に腰を下ろして一人物思いに耽っている。

 視線の先には、魔王の統べるインダリア帝国の地が広がっていた。


 アキラにとって、今回の戦いは初陣だった。

 それでも、トヴェルツァやドヴィナといった強敵を前にして、果敢に戦うことができた。

 もちろんそれは、転生の儀によって得られた強大な力のお陰でもあるが、アキラ自身は己が戦いに順応できたことが何より意外だった。


 転生する前のアキラは、ごく普通の学生だった。

 平日はただ漠然と学校に通い、休日は家族や友達と何気ない時間を過ごし、平穏な日常を謳歌していた。

 それが、事故死という不幸を迎える前の北上アキラという人物だ。

 

 だが、今はどうだ。

 いつの間にか勇者として祭り上げられ、剣を握って死と隣り合わせの戦いに身を投じている。

 それを考えると、勇者アキラと北上アキラという人物は、まるで別人のような気がしてならなかった。

 もしかしたら、転生の儀には人格を変えてしまう効果があったのではないか。そんな疑念が浮かぶ時すらある。


 それでも、アキラという人物から自我が失われたわけではない。

 戦わなければ多くの人々が不幸になるという現実を目の当たりにして、アキラは己の意思で戦いに臨んだ。

 きっかけは成り行きだったかもしれない。最初は気が進まなかったのも事実だ。

 それでも、今のアキラは勇者としての立場を自覚し、また戦いが起きれば剣を持つことになるだろうと気構えている。


 それが、死してなおこの世界に生を受けたアキラが見つけた、新たな生きる意味でもあった。

 だが、そんなアキラも一人で戦いに身を投じているわけではない。


 一人で考えに耽っていたアキラは、いつの間にか背後に近付いていた人物の存在に気がつかなかった。


「勇者様。こんなところで何してるんですか?」


 そんな言葉と共に姿を現したのは、共に戦う仲間の一人であるユフィだ。


「なんて言うか、ちょっと考え事をしてたんだ」


「もしかして、お邪魔でした?」


「いや、むしろ切り上げるいいきっかけになったよ」


 二人がそんな会話を交わすと、ユフィはアキラの隣に腰を下ろす。

 気を遣っているのか、二人の間にはほんの少しだけ距離があった。


「あの、今日はありがとうございました」


 唐突に告げられた感謝の言葉に対し、アキラは何のことかと考えを巡らせる。


「ええと、ドヴィナって魔物と戦った時のこと?」


「はい。あの時、勇者様が傍にいなければ、私は負けていたと思います。勇者様は命の恩人です」


 命の恩人という表現がオーバーに感じたアキラは、素直に思ったことを告げる。


「あれはユフィがいたから勝てたんだ。助けてもらったのは、むしろ俺の方だよ」


「……勇者様にそう言っていただけると、気が楽になります」


 そう告げて苦笑いを見せたユフィは、静かに言葉を続ける。


「私、正直なところ魔法なら誰にも負けないって自信があったんです。だけど、たとえ学校で一番でも、実戦じゃ全然上手くいかなくて、自信もなくなって、凄く怖くなって……」


 アキラは、そんな心中を打ち明けるユフィにかける言葉がみつからなかった。


 戦いが怖いという気持ちは、アキラにも理解できる。

 だが、国から大きな期待をかけられたユフィは、怖いからといって逃げ出すわけにはいかないだろう。

 それが、テグリス王国随一の魔術師になったユフィの宿命であり、また勇者としての使命を背負わされたアキラとの共通点だ。


「すいません。ついつい弱音を吐いてしまって」


「いや、そういう気持ちは、正直に言っちゃった方が楽になる時もあるよ」


 アキラの慰めに対し、小さく頷いたユフィは少しだけ表情を柔らかくする。


「それじゃあ、これも正直に言っちゃおうかな」


 不意に放たれたフランクな物言いが珍しく感じたアキラは、自然とユフィに視線を奪われる。

 そして、夕日の眩しさに目を細めたユフィは、どこか恥ずかしそうに、それでいて真剣味を持って言葉を続けた。


「戦うのは、やっぱり怖いです……でも、あの時みたいに勇者様と一緒なら、また戦える気がするんです。勇者様の傍にいると、勇気が貰えると言うか、安心できると言うか……すいません、一方的にこんなこと言って。ご迷惑ですよね?」


 そんな告白に対し、アキラはクスリと笑みをこぼす。


「そんなの、俺も一緒だよ。一人じゃ心細いし、できることにも限界がある。だけど、ユフィみたいな仲間と一緒だから戦えるんだ。たぶん、皆同じだよ」


 すると、ユフィはどこか複雑な表情を浮かべ、なぜかもじもじと体をよじる。


「それはそうなんですけど、私にとって勇者様は、その、他の皆とは違って、特別というか……」


 特別――アキラは、不意に告げられたその言葉の意味を考える。


 確かに、アキラは唯一無二とも言える特別な力を持っている。

 ユフィがその力を頼りにしていると考えれば、「特別」という表現に違和感はない。


 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 力があるから特別なのか。それとも――


「おっ、二人ともこんなところにいたのか」


 不意に背後から放たれた声によって、アキラの思考は中断される。


 驚いたアキラとユフィが同時に振り返ると、そこには満身創痍のラインが佇んでいた。

 体は傷だらけだが、爽やかな笑みを浮かべたその表情はどこか満足げだ。


「ラインさん。体は大丈夫なんですか?」

 

「おうよ。これくらい屁でもねぇ。しっかし、二人きりで反省会か? ちょっと前から思ってたけど、お前らいつの間にか随分と仲良くなったな。まあ、お似合いだと思うけどよ」


 先ほどまで余計なことを考えていたアキラは、ラインの言葉が単なる茶化しと分かっていても、ついついユフィのことを意識してしまう。

 本音を言えば、お似合いと言われるのは少し嬉しかった。


 誠実で実力もあるユフィは、可愛げな容姿も相まって一人の女性として非常に魅力的な人物だ。

 しかし、誰からも好かれそうなその魅力には、恐れ多いという近寄り難さもある。

 だからこそ、アキラにしてみれば、特別な感情を抱くことがユフィにとっては迷惑かもしれないという懸念の方が勝っていた。


 そんな複雑な心境を抱くアキラは、話をはぐらかすかのように言葉を返す。


「ラインさんの言う通り、反省会をしてただけですよ。結局、戦いには負けちゃいましたからね」


「そうだな……まっ、そんな日もあるさ。なんにせよ、俺たちゃ全員無事だったんだ。次の戦いで勝てばいいってことよ」


 次の戦いで勝つ。それは、善戦しながらも結果的に負けを喫した三人にとって、共通の目標となる言葉だ。

 どこか気持ちの切り変わったアキラは、自然と拳を握り締める。

 そして、二人の頼れる仲間を前にして、次は勝つという決意を固めた。

 勇者だからではない。一人の戦士として抱いたアキラの矜持が、そんな意思を沸き立てていた。


 と、そこまでは非常にいい雰囲気だった。

 だが、ラインが続けて放った言葉は、ほんの少しだけ真面目になっていた空気をぶち壊すとんでもないものだった。


「それはそうと、魔王に勝つためのいいアイディアを思いついたぜ。最強の魔法が使えるアキラと、最優秀の魔術師ユフィが子作りすれば、きっと最強の子供ができる。そうすりゃ、人類は次の世代も安泰だ。どうだ、いいアイディアだろ?」


 そう言い放ったラインは、心底楽しそうに高笑いをあげる。

 さすがのアキラも、その馬鹿げた冗談を瞬時に切り返せるほど頭の回る男ではなかった。

 だが、アキラが言葉を返すまでもなく、行動で反撃を試みようとする人物がその場にいた。


 ゆらりと立ち上がったユフィは、まるで凍りついたような笑みを浮かべ、手に持つ杖の先をラインに向ける。

 そして、無言の反撃は唐突に行われた。


「スパークっ!!!」


 ユフィが呪文を叫んだ刹那、高笑いを上げていたラインは瞬時に情けない悲鳴を上げて地面を転げ回る。


「いででっ! バカっ! 魔法を使うのはナシだ! 死んじまう! 本当に死んじまうぞ!」


「フフ、世の中には言っていいことと悪いことがあるんですよ? せっかくなので、その体によーく教えてあげますね」


「わかった! わかったからっ! さっきので十分だ! 冗談言ったことは謝る! この通りだ!」


「知ってますか? 物事を記憶するには、反復が大事なんですよ。一回では、ちょっと足りないかもしれませんね」


 そう告げて静かに歩み寄るユフィを前にして、顔を真っ青にしたラインはヘビを前にしたカエルのようにすくみあがる。

 どうやら、王国一の剣士もユフィには敵わないようだ。


 そんな光景を前にして、どこか気の抜けたアキラは、ただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

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