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30 痛み分け

 地面が炸裂した勢いを利用し、戦斧バトルアックスの柄に着地したラインは、そのまま一気に柄を駆け上がりヴォルガの頭にバスタードソードを振り下ろす。


(入ったっ!)


 ラインの目論見通り、バスタードソードの刃先はヴォルガに届く。

 だが、寸前のところで頭を逸らしたヴォルガは、肩で剣撃を受け止めていた。

 

「ぐふぅッ!!!」


 たまらずこぼれる声と共に、バスタードソードを握るラインの手元にヴォルガの屈強な右肩を砕く衝撃が伝わる。

 急所は逸らしたが、確実な有効打だ。


 一本取ったことを確信したラインは、不敵な笑みを浮かべて真正面に迫ったヴォルガの顔を見据える。

 しかし、ラインの笑みはすぐさま消え去る。

 なぜなら、強烈な一撃を受けたはずのヴォルガは苦痛に顔を歪めるどころか、まるで落ち着き払ったかのように大きな瞳を鋭くきらめかせていたからだ。

 

 静かなる憤怒が、その瞳の中で燃え上がっている。

 そんな視線に射抜かれたラインは、たまらず気圧されてしまいそうになる。

 だが、身を引くまでもなく、ラインの体は不意に襲いかかった強烈な衝撃によって、勢いよく後方に突き飛ばされていた。


「ぐぉッ!!!」


 一体、何が起きたのか。

 綺麗な弧を描いて宙を舞うラインは、己の身に起こったことを瞬時に察する。


 なんと、ヴォルガは地面に打ち付けた戦斧バトルアックスを手放し、その柄を蹴り上げることでグリップ部分をラインにぶつけたのだ。

 それは最初から狙っていた反撃方法ではない。刹那な戦いの中で咄嗟に見出された、まさに本能的な反撃だ。


 吹き飛ばされたラインは、着地もままならず勢いをつけたまま地面を転がる。

 それでも、追撃を許すまいと地面に手をついて宙返りのような動作ですぐさま立ち上がった。


 再び剣を構えたラインは、冷静に体の状態を分析する。

 戦いの興奮で殆ど痛みは感じていないが、腹部に相当なダメージが入っていることは自覚できる。当然ながら、体に損傷があれば痛みはなくとも動きは鈍るだろう。


 対して、ヴォルガも先の一撃でかなりのダメージを受けている様子だ。

 その証拠に、肩を粉砕された右腕はぶらりと垂れ下がり、もはや戦斧バトルアックスを握れぬ状態になっている。

 

「ふむ。剣技で人類種ヒューマンに一本入れられたのは何年ぶりだろうか。中々に心地よい一撃だったぞ」


 ヴォルガは深手を負っていながらも、ラインの攻撃に感心するような落ち着いたそぶりを見せる。

 対するラインも、ダメージを悟られぬよう平然としてみせた。


「片手が使えなくなった割に随分と余裕そうだな。両手で精一杯だったくせに、左手だけじゃ俺の剣撃はさばけないぜ」


「腹部のタメージで姿勢の乱れた貴様がよく言えたものだ。その様子では、まともに剣が振るえるか怪しいものだ」


 状況は痛み分けといった所だろうか。

 それでも、対峙を続けるラインとヴォルガは一歩も退くことなく、じりじりと距離を詰めていく。

 その足取りに迷いはなく、むしろ互いに高揚したような表情を浮かべている。


 どれだけ深手を負おうと、二人はどちらか一方が倒れるまで戦いを継続するだろう。

 それが最強を自称する者の矜持であり、また命を賭して戦う戦士の運命だ。


 だが、そんな死闘に水を差す者が突如としてその場に現れた。


「ライトニング、ボォールッ!」

 

 甲高い音色を持つその声は、青々と晴れ渡る頭上から響いた。

 そして、電気の塊となった弾がヴォルガめがけて降り注ぎ、一斉に着弾する。


 激しい閃光と共に土煙が舞い上がる中、ラインは今しがた電撃魔法を放った人物の正体を即座に看破する。


「ユフィ! 怪我は大丈夫なのか!」


 すると、箒に跨ったユフィがラインの頭上に現れた。

 白いローブは血で汚れたままだが、肩の怪我は応急処置を施したようだ。


「これくらい掠り傷です! それより、魔物達の足止めはもう十分なので、早く撤退してください! このままじゃ敵に囲まれてしまいます!」


 ヴォルガとの死闘から一転して、ユフィの言葉で現実に引き戻されたラインは己の役目を思い出す。


 周囲の状況を見ると、味方の兵士達はラインの戦いぶりに鼓舞され、なんとか敗走しない程度には持ちこたえていたようだ。

 ライン自身は味方が敗走する限界まで戦い続けるつもりでいたが、ユフィの言葉通り足止めの役目が十分に果たせたのであれば、ここで戦いを続ける理由はない。速やかに撤退を指示するべきだろう。


 それを自覚したラインは、宿敵ヴォルガと決着をつけたいという感情を押し殺し、挨拶とばかりに土煙の立ちこめる空間に向けて声を張り上げる。


「牛の将軍さんよォ! 残念だが、この勝負はお預けだ! いずれどこかで決着をつけようぜ! 全軍、後退だ! 背中を見せずにゆっくり引いていけ!」


 すると、大剣を振って土煙を飛ばしたヴォルガがぬるりと姿を現す。


「そう易々と貴様らを逃がしてッ……むぅッ!」


 だが、続くセリフを言い終える前に、無数のファイヤーボールによる爆炎がヴォルガを襲う。

 その攻撃魔法を放ったのは、ユフィと一緒に上空から飛来したテグリス王国軍所属の魔女ウィッチ達だ。


「あの牛顔が親玉ね! どんどん魔法をぶっ放して味方の撤退を援護するのよ!」


 隊長格らしい姉御肌の女は、魔女ウィッチの集団を指揮して戦場の中心に立つヴォルガに攻撃を集中する。


 防戦一方となったヴォルガは、ひとまず足を踏ん張り攻撃魔法に耐える。

 すると、懐に入れておいた共鳴水晶から誰かが呼びかけていることに気づいた。

 なんとか身を屈めて聞き取りに集中すると、エレナードの声がかろうじて耳に入る。


『ヴォルガ? 凄い雑音だけど、聞こえてる? その場所は森が開けてる上に敵の魔女ウィッチが集結していて危険よ。いったん東方に転進しなさい』


 ヴォルガは容赦なく炸裂する爆炎に悠々と耐えながら、「むぅ」と唸って困ったような表情を浮かべる。

 既に魔女ウィッチから総攻撃を受けてしまっているため、エレナードの忠告は時既に遅しだ。


 だが、東方へ転進せよという命令が下ったことに変わりはない。

 いかに敵の追撃中であっても、それを継続する必要があるかどうか判断するのは作戦指揮官のエレナードだ。

 むしろ、今は敵魔女ウィッチから身を隠した方がいいという判断にも合理性がある。


 以上の情報を整理し結論を出したヴォルガは、激しい爆炎の中でゆっくりと立ち上がる。

 そして、まだ動く左手で戦斧バトルアックスを持ち上げ、フルパワーで地面に打ち付けた。


「己の邪魔をするなああああああああああああああぁぁぁぁぁッ!!!」


 すると、激しい衝撃波とつぶての散弾が低空を飛ぶ魔女ウィッチ達に襲い掛かり、直撃を受けた数人が撃墜される。

 まさに劣勢を覆さんとする渾身の一撃だ。


 いったん高度を取った魔女ウィッチ達は、今までの攻撃魔法が一切効いていなかったことに驚愕し、焦りを見せる。

 だが、反撃を繰り出してきたヴォルガがその場で唐突に言い放った言葉は、魔女ウィッチや兵士達にとって意外なものだった。


「全軍に告ぐ! 攻撃を中止して速やかに東方へ転進せよ! これは魔王エレナード様の命である! 繰り返す! 攻撃を中止して速やかに東方へ転進せよ!」


 正直なところ、ヴォルガにとってその命令を下すのは不本意なところもあった。

 なぜなら、魔女ウィッチの妨害を受けて追撃を中止するという判断は、部分的な敗北を認めたに等しいからだ。


 それを示すかのように、魔女ウィッチや兵士達は敵を追い返せたと安堵し、沸き立っている。

 そんな相手に向けて何を言おうと、今は捨て台詞にしか聞こえないだろう。


 それならばと、ヴォルガは一人の男に向けて去り際の言葉を放つ。


人類種ヒューマン一の剣士ラインよ! 貴様との戦いは、久しく心躍るものであった! 次に矛を交える日を楽しみにしておくぞ!」

 

 そんな言葉を最後に、ヴォルガは土煙と黒煙に紛れ森の奥へと姿を消していく。

 そして、宿敵ヴォルガの言葉を背中で聞いたラインは、バスタードソードを天高く掲げて無言の返事とした。

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