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28 王国一の剣士

 馬を走らせ前線に到着したラインは、友軍の散々な有様に呆れる他なかった。

 客観的に見れば数的な優位を得ているにもかかわらず、部隊間の統率は取れておらず、おろおろと何をするでもない遊兵が続出している。


 戦争において、戦力の優劣は勝敗に直結する最も重要な要素だ。

 しかしながら、それは会戦に参加する全ての戦力が効率的に戦闘を行った場合の話であり、実際には混乱や士気の低下によって多くの戦力が()()()されることが多々ある。

 現状、テグリス王国及び諸国連合軍は、指示の錯綜と友軍間の連携が断たれたことで、その多くが無力化されつつあるのだ。


 当然ながら、戦力をいったん集結させて立て直しを図れば劣勢を挽回できるかもしれないが、敵はそれを理解しているからこそ、撤退に見せかけた誘導や横隊の分断を継続しているのだろう。

 つまり、今戦況を左右しているのは兵力の差ではなく、作戦指揮の差ということになる。


「けっ、魔物にも頭がキレる奴がいるってことか」


 馬上でそんな独り言を呟いたラインは、己のやるべきことを考える。

 恐らく、混乱の収拾に失敗した指揮官達は、近いうちに全軍の退却指示を出すだろう。


 となれば、この会戦は即座に『撤退戦』へと変化する。

 撤退戦は、単純な戦闘に比べて非常に難しい戦いだ。敵に背を見せた味方は抵抗力を持たないため、追撃する敵に追いつかれれば、いたずらに戦力を消耗してしまう。

 効率的な撤退を行うには、捨て身で敵を足止めする後衛部隊――殿しんがりが必要になる


「なら、俺のやるべきことはひとつだな」


 己の役割を再確認したラインは、手綱を打ち馬を走らせる。

 目的地は、敵地深くに誘い出されたジェームズ隊――撤退時に最後尾となる部隊だ。

 

 近くにいた兵士からジェームズ隊の居場所を聞きだしたラインは、木々をかきわけ、すれ違う敵を薙ぎ払いながら颯爽と戦場を駆ける。

 既に自慢のバスタードソードは刃こぼれし、殆ど切れ味を失っている。

 だが、剣の重さを利用した破壊力は健在だ。


 そうこうしているうちに、ラインの操る馬は木々の開けた平原のような空間に出る。

 そこでは、ジェームズ隊と思しき部隊が、魔物達と果敢に戦闘を繰り広げていた。


 だが、その様相は他の戦場とはいささか雰囲気が異なっている。

 ジェームズ隊が相手にしていたのは、軒並み巨体を持った精鋭の魔物達だ。


 数はそれほど多くない。しかし、強靭な肉体と桁はずれの腕力を持つ少数の魔物達は、圧倒的多数で立ち向かう兵士をものともせず大暴れしている。

 もはや、こちらが攻撃を仕掛けているのではなく、相手の攻撃を必死に押し止めているような状況だ。


 そんな空間で、騎乗する指揮官のジェームズ子爵を見つけ出したラインは、すぐさま駆け寄って声をかける。


「ようジェームズの旦那。敵を追撃すると言ってたわりに、随分な有様じゃねぇか。どうやら、まんまと囮に引っ掛かったようだな」


 ラインの皮肉ぎみな口ぶりに対し、声をかけられたジェームズは絶望の底で最後の希望を見いだしたような表情を見せる。


「ラインか! よく来てくれた! 今さら失策を犯した言い訳はせん! 戦況はどうなってる! ドナウ様からの指示はあるか!」


「ドナウの親父は負傷して後送された。認めたくねぇが、この戦いはもう負けいくさだ。すぐにでも上から退却指示が出ると思うぜ」


 ジェームズは青ざめた表情で必死に声を張り上げる。


「退却だと!? たかが一万の魔物相手に我らが負けたと言うのか!? 勇者アキラの爆炎魔法で戦況は優勢になったはずじゃないのか!」


「その優勢を生かしきれず、戦力の集結に失敗したのが俺達の敗因ってとこだな。アンタだって、目先の餌に釣られて部隊を孤立させ、敵に押し込められたわけだろ。ちったぁ敗因を作った自覚を持ったらどうだ?」


 口を噤んだジェームズはぎりと歯を食いしばり、視線を落とす。

 すると、近くにいた伝令がジェームズに新たな報告を告げた。


「子爵殿! 本隊から伝令です! 全軍は、戦力の集結を図るためユーコン平原まで速やかに後退せよとの指示です! なお、最前線に残る我が隊には、敵の追撃を全力で阻止せよとの別命が……」


 報告を聞き終えたジェームズは、もはや自失茫然となって馬の首に顔をもたれる。


「さて、ジェームズの旦那さんよ。アンタが失策を犯した自覚があるなら、戦いで汚名を返上する気はあるか? 心配しなくても、アンタが逃げ出す気でいるなら、俺が指揮を引き継いでやるよ。爵位はねぇが、やる気だけはあるもんでね」


 すると、静かに顔を上げたジェームズは縋るような視線をラインに向ける。


「すまん……今しがたの命令は、私には荷が重すぎる……こんな時に任を投げ出そうとする私のことを軟弱者と罵ってくれて構わない。だからどうかっ、私の任を引き継いではくれまいか……」


「へっ、元よりそのつもりよ。戦う気がないなら、さっさと失せな。今からこの部隊はライン様親衛隊だ。遂に俺も自分の隊を持てるようになるたぁ、随分と出世したもんだな」


 ジェームズの発言は明らかな責任逃れだったが、その責任を引き継ごうとするラインの態度は、まるで栄誉であるかのように満足げだ。


 そして、二人の間で話がつくと、ジェームズは周囲の仲間が引き止める間もなく、そそくさと戦場とは反対の方向へ馬を走らせていく。

 ラインはそれを気にも留めず、巨体の魔物達がひしめく前線へと目を向ける。


「おうおう、手応えのありそうな連中ばかりじゃねぇか。こりゃ暴れ甲斐がありそうだぜ」


 そんな独り言を呟いて大きく息を吸い込んだラインは、敵の目前にもかかわらず、高々と声を張り上げて宣言する。


「テメェら! 耳をかっぽじってよーく聞けぇッ! 今から、この隊の指揮はライン様が引き継いだ! 勝利は目前だ! 死にたくなけりゃ奴らを殺せ!」


 勝利は目前――それは、明らかな虚勢だ。

 だが、王国一の剣士ラインの登場と、その男から発せられた希望の言葉は、敵に圧されつつある兵士達を一気に鼓舞する。

 もはやラインの言動は指揮ではない。扇動だ。


 彼らを導くラインは、兵士達の間を縫うように駆け、最も激戦が繰り広げられている戦場の中心部に突撃する。

 そして、ラインの向かう先には鬼気迫る勢いで戦斧バトルアックスを振るう伝説の魔物――ヴォルガの姿があった。


 ラインを目に留めたヴォルガは、周囲にたかる兵士を一挙に薙ぎ払い、間欠泉を思わせるような鼻息を「むふぅ」と吹き出す。

 

「ほう、少しは手応えのありそうな面構えの者がいるではないか。我は魔王四大将軍が一人、憤怒のヴォルガである。仲間に余計な手出しはさせん。一騎討ちといこうではないか」


 ラインは馬上からでも顔を見上げねばならない巨漢のヴォルガを前にして、鼻で笑うように応じる。


「へっ、面白ぇ。俺はテグリス王国一の剣士ライン様だ。四大将軍ってことは、四人のうちの一人なんだろ? なら俺の方が上ってことだな」


「安心するがいい。己は四大将軍の中でも第一位の座を占めている最強の戦士である。人類種ヒューマン一の剣士と相見あいまみえるとは誠に光栄だ。いざ尋常に勝負といこう」


「人類最強を名乗ったつもりはないが、テメェに勝てば俺は地上最強の魔物より強い男になれるわけだ。滾るねぇ。どっからでもかかってこいよ」


 いつの間にか、二人の周囲からは兵士や魔物達が身を引き、まるで闘技場のような円形空間が形成される。

 周りでは未だに戦闘が継続されているが、その空間だけは周囲から切り離されたように、局地的な静けさを保っていた。


 そして、戦斧バトルアックスを担ぎ上げたヴォルガが大地を揺らす一歩を踏み出したその瞬間、互いに最強を自負する二人の戦いが幕を切って落とされた。

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