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27 混迷

 エレナードが第二次攻勢を画策する一方、人類連合軍は数的に優勢でありながら、その強みを生かせずにいた。


 前線で治療を受けていた将軍ドナウは容体が安定せず後方への移送が決定し、現在は別の貴族が指揮を引き継いでいる。

 しかしながら、本隊に所属する多くの兵士を昏睡させられたドヴィナ襲撃事件の余波は大きく、未だ司令塔としての役目を果たせていないのが現状だ。


 そんな中、ドヴィナを退しりぞけたアキラとユフィは互いの応急処置を終え、今は催眠魔法を受けた兵士達の介抱に当たっている。

 二人の目から見ても、部隊の士気が大幅に低下しているのは明らかだ。


 あらかた兵士の介抱を終えたユフィは、心配げな面持ちでアキラに声をかける。


「前線の状況はどうなってるんでしょう……勇者様の活躍で優勢になったはずなのに、まだ戦いは続いているようですし……」


 現状、アキラとユフィが前線について知り得る情報は限られている。

 周囲の会話では、「味方が敗走した」だとか、「敵が敗走した」だとか、整合性のとれない情報が錯綜しており、実態は不明瞭だ。

 そんな状況では、指揮官達も的確な指示を飛ばすことができないのだろう。


 すると、前線の方角から騎馬に跨った一人の男が姿を現す。

 浅黒い肌に着慣れた皮鎧を纏うその男は、前線で戦いを続けていたラインだ。

 その体は至る所に切り傷を負っていたが、どうやら致命傷には至ってないらしい。王国一の剣士らしい、果敢な戦いぶりを体現するような様相だ。


 だが、その表情は焦りや憤りらしき感情を纏っている。

 そんなラインは、味方の指揮官達を見つけるやいなや、馬を止めて声を張り上げた。


「おい! 戦況はどうなってるんだ! 優勢だと思ったら急に味方が撤退したと騒ぐ連中が出始めて、俺も手に負えねぇ! 退くのか戦うのか、指示はちゃんと出してんのか!?」


 すると、ドナウから全軍の指揮を引き継いだ若い貴族が困り果てた様子で応じる。


「こちらからは劣勢のハドソン隊を支えるために全軍集結を指示しているが、ジェームズ子爵が敗走した敵を追撃すると勝手に部隊を南進させたようで……」


「ジェームズの野郎、戦勲欲しさに先走りやがって……それじゃあ、ハドソン隊に撤退指示は出してないんだな?」


「もちろんだ。しかし、このまま部隊間の連携が維持できないようなら、いったん軍を退いて立て直しを図った方がいいという意見もある。今は作戦を審議しているところで――」


 そんな言葉の途中で、ラインはたまらず声を張り上げる。


「バカ野郎! 他人の意見がどうこうじゃねぇ! 一刻を争う戦場で退くかどうか決めるのは指揮官のテメェだろ! ちったぁ自分の立場をわきまえろ!」


 この場で最も高い地位と権力を持っているはずの貴族は、部下であるラインの叱責に対し何も言い返せず視線を落とす。

 そんな姿を見たラインは、呆れた様子で唾を吐いて言葉を続けた。


「ドナウの親父一人いないだけでこのザマか。マトモな指揮ができないようなら、潔く退いた方がマシだぜ」


「しかし、今軍を退けばドナウ様や国王陛下に顔向けが……」

 

「ああそうかい。このまま無残な戦いを続けて三万の軍が全滅したと報告する気があるなら、俺は構わないけどよ」


 吐き捨てるようなラインの言葉を受け、顔面蒼白となった若い貴族は縋るような視線を参謀達に向ける。

 だが、本来は指揮官に助言を与える参謀達も、今は全員が口を噤んで己の責任を果たそうとしていない。

 もはや、口にせずとも彼らの意思は固まったも同然だった。


 その様子に呆れ果てたラインは、結論も待たずに手綱を引いて馬を翻す。

 すると、アキラが急いでラインの下に駆け寄り声をかけた。


「ラインさん! どこへ行くんですか!」


「軍を退くにしても、殿しんがりが必要だ。また前線に戻ってひと暴れしてくるぜ」


 すると、アキラの後ろに立つユフィがすぐさま声を上げる。


「それなら、私も行きます! 魔力はまだ残っているので、力になれると思います!」


 そんな言葉にアキラも続く。


「俺も行きます。魔法が使えなくても、剣があればまだ戦えます」


 対するラインは、二人の提案を鼻で笑い飛ばす。

 だが、その態度に嫌味な雰囲気はなかった。


「アキラはフラフラだしユフィは怪我してるじゃねぇか。正直、ついて来られても足手まといだ。お前ら二人は、国にとって大事な戦力だ。次の戦いに備えて今日は大人しくしてな」


「俺なんかより、皆に慕われてるラインさんの方がよっぽど国にとって大事な存在です。だから――」


「俺だって、まだまだ死ぬ気はねぇ。だけどよ、こういう時はいつも体がうずくんだ。全身を流れる血が、俺に戦えって囁くんだ。それが、俺のさがってやつなんだろうな」


 そう告げたラインは、「後でたっぷり武勇伝を聞かせてやるよ」と言い残し、馬を走らせその場を去って行く。


 結局、アキラとユフィは遠のくラインの背中を黙って見送ることしかできなかった。



 * * *



 その頃、エレナードに出撃準備を命じられたヴォルガは、野戦軍司令部近くに設けられた野営地を訪れていた。

 その場所には、まだ戦いに参加していない魔物達が100体ほど待機している。

 彼らは、一般兵として扱われる魔物達と異なり、体格の大きいオークやホブゴブリン、それに少数種族のオーガといった巨体を持った集団だ。


 この場に集まる部隊は、ヴォルガがエレナードを護衛するために編成した『魔王近衛(このえ)隊』だ。

 普段は魔王城の警備を担当する彼らだが、この会戦ではエレナード自らが出陣しているため、野戦軍司令部の防衛戦力として待機していたのだ。


 しかし、戦況が逼迫した今、貴重な戦力を温存しておく余裕はない。

 最低限の戦力だけを野戦軍司令部に残した彼らは、戦況を打開すべくエレナードの命で出撃準備を進めていたのだ。


 今まで退屈な警備任務に従事していた近衛このえ隊の面々は、久々の戦いに胸躍らせている。

 巨体を生かした高い戦闘力もさることながら、戦闘を前にして自信に満ちた士気の高さを維持できるのも、彼らの強みだ。


 そんな部下達の前に立つヴォルガは、共鳴水晶越しに何らかの伝令を受ける。

 そして、通信が終わるや否や、扱い慣れた戦斧バトルアックスを地面に打ち付け、全員の注目を集めた。


「聞けッ! エレナード様より命は下った! これより、我が軍は戦地へと突貫する! 今こそ、貴君ら近衛このえ隊の実力を遺憾なく発揮する時である! 何も考える必要はない! 我らは進み、討ち払い、勝利を得るのみである!」


 待ちわびた命令に魔物達が沸き上がる中、戦斧バトルアックスを天高く掲げたヴォルガは猛々しく宣言する。


「いざ行かんッ! 我らが、魔王エレナード様の為にッ!」


「「「我らが、魔王エレナード様の為にッ!!!」」」


 そんな唱和と共に、足並みを揃えた近衛このえ隊は、大地を揺らす地響きを轟かせながら行進を開始した。

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