24 魅惑のドヴィナ
高い雑草が生い茂る草むらの中で、エレナードとの通信を終えたドヴィナは「うんしょ」と可愛らしい声をあげて立ち上がる。
今のドヴィナは、人類種の魔女に化けていた。
長いブロンド髪と誰もが見惚れる美麗な顔にさして変わりはないが、今は特徴的な羽と尻尾を隠して黒いローブを纏い、箒を手にして魔女らしさを演出している。
ドヴィナが潜むその場所は、テグリス王国軍の本陣が敷かれている空間だ。
草むらの中からチラリと視線を向けると、すぐ近くに負傷したドナウ将軍や先ほど前線から帰還した勇者アキラの姿も見える。
爆炎魔法を使ったばかりのアキラは、魔力を消費してかなり疲弊した様子だ。
今は地面に腰を下ろし、白いローブを纏った赤髪の女の子に介抱されている。
長らく偵察を続けていたドヴィナは、アキラの傍にいる女がユフィと呼ばれる優秀な魔術師であることも把握していた。
そんなユフィに手当てを受けるアキラは、気恥ずかしそうに笑みを浮かべて頭を掻いている。
「フフ、勇者と言っても中身は普通の男の子ね。あんなにデレデレしちゃって、男ってホント単純なんだから」
己の武器である女の魅力が勇者にも通用すると確信したドヴィナは、いよいよ本格的な行動を開始する。
懐から怪しげなハンドベルを取り出したドヴィナは、柄を優しく揺らして美しい音色を戦場に響かせる。
それは催眠魔法の発動と、周囲に潜む味方への合図を兼ねた行動だ。
だが、催眠魔法は高い魔力を持つ者には効果が薄い。それを理解するドヴィナは、周囲の兵士達が眠気を訴える様子を確認し、アキラの下に駆け寄っていった。
「わぁ、アナタが勇者アキラ様ですねぇ! さっきの活躍、空から見てました!」
不意に見知らぬ女性に声をかけられたアキラは、いささか当惑した様子で応じる。
「ええと、君は?」
「私は魔女のドーラです! と言っても、さっき敵に堕とされちゃったんですけどね……でも、まだまだ魔力は残っているので、皆さんのお役に立てればと思って近くをウロウロしていました。もし勇者様がお疲れなら、私が治癒魔法をかけて差し上げましょうか?」
すると、アキラは安心しきった様子で顔をほころばせたが、ドヴィナの思惑に反して遠慮を見せる。
「いやぁ、申し出はありがたいんですけど、俺は無傷だし他にも怪我している人はたくさんいるんで、怪我人を治療してあげてください。俺だけ特別扱いされるのも、何か悪いですし……」
そんな言葉にユフィも続く。
「そうですね。勇者様は私が介抱しますので、ドーラさんは傷病者の治療を優先してください」
そう告げたユフィの表情は、突如現れたドーラのことを快く思っていないような雰囲気だ。
(私に嫉妬しているのかしら? うっとうしい女ね)
心の中でそんな悪態をついたドヴィナは、すぐさま次の手を考える。
「それでは、私の住んでいた村に伝わる加護のおまじないだけさせてください。二人で一緒に手を組んで、互いの無事を祈るんです」
当然ながら、ドヴィナの目的はおまじないなどではない。
女淫魔のドヴィナは、相手の体に触れて精気を吸い取るエナジードレインを得意としている。
一度アキラの手を握ってしまえば、瞬時にミイラのできあがりだ。
「ああ、それくらいなら」
アキラは、そんなドヴィナの思惑も知らず手を差し伸べる。
だが、その手はおもむろに割って入ったユフィによって遮られた。
「アナタ、胸に部隊章がついていないようだけど、どこの隊の魔女ですか? 卒業した魔術師学校の名前を答えてください」
部隊章――おそらく、所属を示す証か何かだろう。
さすがのドヴィナも、そういった細かい変装の荒を指摘されると反論に困る。
(案外、勘のいい女ね。それなら――)
演技を諦めたドヴィナは、強引にアキラの手を取る。
だが、エナジードレインを発動する前に、危険を察知して咄嗟に飛び跳ねてしまった。
「サンダースパークっ!」
突如放たれた呪文と共に、激しい閃光と轟音が響き渡る。
そして、先ほどまでドヴィナが座っていた地面は瞬時に焼け焦げてしまった。
間一髪のところで電撃魔法を回避したドヴィナは、軽やかな身のこなしで少し離れた地面に着地する。余裕のあるその振る舞いは、いきなり危害を加えられた善良な魔女とは思えない冷静さだ。
対して、唐突に攻撃魔法を放ったユフィは、既に敵対的な表情を浮かべている。
状況が理解できないアキラは慌てふためくばかりだ。
「急にどうしたんだよユフィ! 危ないじゃないか!」
「アイツは、味方じゃありません。恐らく魔物が化けているんです」
ユフィの指摘に対し、ドヴィナは顔を片手で隠してクスクスと笑みをこぼす。
「あらぁー? もうバレちゃったぁ? これだから女って嫌なのよねぇー。私の美貌に嫉妬して、すぐに敵と見なすんだもん」
そう告げたドヴィナは、己の纏うローブを脱ぎ去り、卑猥なボンデージと大きな翼を露わにする。
顔は美女のままだが、いつの間にか頭には羊のような角が生え、尻から伸びる細い尻尾は蛇のようにくだを巻いている。
それこそが、淫魔ドヴィナの真の姿だ。
ドヴィナの正体を目の当たりにしたアキラは、すかさず立ち上がって戦闘態勢を取ろうとする。
だが、足に力が入らずつんのめってしまった。
「なんだっ……体が……」
「フフ、魔力を消費しきった今なら、勇者クンにも私の魔法が効くみたいね」
ドヴィナが周囲を見渡すと、近くにいる兵士達は地面に横たわるか、膝を折って頭を抱えている。
これも全て、事前に振り撒いた催眠魔法の効果だ。
だが、その空間で唯一、催眠魔法の効果を受けていない者がいる。
それは魔術師のユフィだ。
「催眠魔法ね。こんなチンケな魔法、私には効きませんよ」
そう告げたユフィは、懐から魔法避けの薬品を取り出し口に含む。
対して不敵な笑みを浮かべるドヴィナは、コウモリのような翼をはためかせ、ひらりと宙を舞う。
そして、いきなり己の尻尾を引き抜き、三叉の槍へと変化させた。
まさに変幻自在の体だ。
「私は魔王四大将軍が一人、魅惑のドヴィナ……こう見えても、結構強いわよぉ? アナタ一人で、私に勝てるかしら?」
ユフィは、ドヴィナの放つ威圧感を前に、険しい表情を見せる。
運悪く、近くに仲間の魔術師はいない。状況は完全な一騎打ちだ。
だが、凛とした表情でドヴィナを睨みつけたユフィは、杖を構えて堂々と対峙する構えを見せる。
「私は、負けません」
「やる気満々ねぇ。その憎たらしい顔……今すぐ剥ぎ取ってあげるわッ!」
そんな言葉と共に、一気に降下したドヴィナは槍を突き立ててユフィへと飛びかかった。




