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23 闘争の継続

 全ての四大将軍に通信を繋ぐよう命じたエレナードは、机上に並んだ三つの共鳴水晶を前に、小さく深呼吸をする。

 そして、ヴォルガとエニセイが見守る中、エレナードは静かに口を開いた。


「手の空いている者は聞きなさい。先の爆炎魔法により、我が軍が甚大な被害を受けたのはアンタ達も知ってるわね。お陰で、私の考案した作戦は半ばで頓挫……現在の戦況は、正直言って芳しくないわ」


 包み隠さず告げられるその報告に、各四大将軍は真剣な面持ちで続く言葉を待つ。

 この場にいる全員が、戦況の苦さを理解している。

 ここでエレナードが「撤退せよ」と命じたとしても、言葉を返す者はいないだろう。そんな悲壮な空気が、場を支配していた。


 だが、エレナードはまだ敗北を認めていない。

 いや、認めてはいけないのだ。

 今ここで撤退という道を選べば、戦力を消耗したインダリア帝国は勢いをつけたテグリス王国軍相手に厳しい戦いを強いられると予見したからだ。


 では、どうすればいいのか。

 インダリア帝国は、人類がその地を脅かさんとする限り、戦いに勝ち続けねばならない。それも生半可な勝利ではなく、敵の侵略意思を挫くような、決定的勝利を掴み取る必要がある。

 それが、全人類を敵に回すインダリア帝国の宿命であり、その国のトップである魔王エレナードの使命だ。



 ただし、エレナードがそんな自覚をしたところで、この戦いを勝ちいくさにできる保障はない。

 だからこそ、エレナードは己の心境を部下達にぶつける。


「私は……私達は、ここで負けるわけにはいかない。それなのに、今の私は絶対に勝てる策があると、自信を持って言うことができない……それが魔王としてどれだけ無責任なことか、私は理解してるつもり。それでも、それでも私はっ――」

 

 そこまで言いかけたところで、不意にクスクスと声を漏らした笑いが耳に入る。

 それは、ドヴィナを映す共鳴水晶から放たれた笑いだった。


『もぉー、わざわざそんなこと言うために私達を呼んだのぉー? 私達って意外と信用ないのねぇ。エレナちゃんにお願いされなくたってぇ、私はやる気満々よぉー』


 そんな言葉にアムールが続く。


『ドヴィナに同意するのは癪だが、我も同じ思いです。いかなる苦境に立たされようと、エレナード様の命さえあれば、我はこの身が尽きるまで戦いましょう。むしろ、今ここで退けと命ぜられたら、我のプライドがそれを許さないかもしれませんな』


 そう告げて笑みをこぼすアムールに続き、トヴェルツァが口を開く。


『そもそも、勇者を討ち払えず敵の本陣を落とせなかったのは、私の責任でもあります。元より私は、命を受けるまでもなく、己の責務を全うするつもりです。なにとぞ、エレナード様は無用なご心配をなさいませんよう』


 彼らの言葉を聞いたエレナードは、たまらず涙を流しそうになる。

 エレナードは、先ほど言いかけた言葉の続きで「たとえ勝てる保証がなくとも、私を信じて戦ってほしい」と懇願するつもりだった。


 もちろん、あえて真実を告げずとも「絶対に勝てる策がある」と嘘をつくこともできたはずだ。

 エレナードがそうしなかったのは、己の立場を正直に告げることが、命を賭して戦いに身を投じる仲間達に対する誠意だと思ったからだ。


 戦争は、エレナード一人が駒を動かすだけのボードゲームではない。

 今この瞬間にも、多くの魔物達が刃に倒れ、国のためにその身を捧げている。

 加えて、強大な爆炎魔法の被害に遭った前線の魔物達は、薄々と不利を自覚しているだろう。


 そんな時に、安全な場所から指示を飛ばすエレナードが「心配ない。絶対に勝てる」などと断言すれば、誰もが懐疑心を抱くはずだ。

 だからこそ、エレナードは苦境を認めつつ、それでも己を信じてほしいと、懇願することしかできないと思った。


 だが、そんな言葉を告げるまでもなく、部下達はエレナードの意思を汲み取ってくれた。

 たとえ彼らの忠誠心がそう言わせたのだとしても、今まで好き勝手に振る舞ってきた己を信じてもらえたことが、エレナードは素直に嬉しかった。


 だが、今は感涙に打ち震えている場合ではない。

 感謝の言葉も、謝罪の言葉も、今告げるべき言葉ではない。

 戦いに身を投じる全ての魔物達が求めているのは、戦いを勝利に導く魔王エレナードという存在だ。


 だからこそ、小さく鼻を啜ったエレナードは、堂々と胸を張って不敵に微笑む。


「皆の意思、しかと聞き届けたわ。私はさっき、自信がないと言った。だけど、手を抜く気はさらさらないわ。やると決めたからには、私も全力を出す。だから今一度、皆の力を貸してほしい。いえ、皆の力を合わせて、人類共に目に物見せてやりましょう!」


 すると、横で話を聞いていたヴォルガがいきなり雄叫びを上げる。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!! それでこそ魔王エレナード様ですっ! そうと決まれば、己も戦場へ向かいます! 魔王様の顔に泥を塗った人類種ヒューマン共を血祭りに上げねば、この気が収まりません! さあ、なにとぞご命令をっ!」


 驚いたエレナードはびくりと肩を震わせ、興奮するヴォルガの尻を勢いよく叩く。


「バカっ! アンタには後でちゃんと戦場に出てもらうから、ちょっと落ちついてなさい。とにかく、作戦は即席で考えるわ。移動と攻撃の指示は全て私が出す。陸軍部隊は、今自分がどの方角を向いているか、頭の中に入れておくように。空軍には、事前に渡してある地図を元に指示を出すわ。全軍の連携が勝利の鍵よ!」


 そんな言葉に呼応し周囲の部下達が沸き立つ中、ドヴィナは共鳴水晶の向こうで楽しそうに微笑む。


『フフ、ようやくいつものエレナちゃんらしくなってきたわねぇー。なんだか、私も久しぶりにひと暴れしてきたくなっちゃったぁ。勇者くんも魔力を使い果たしたみたいだし、今なら私でも勝てちゃうかも?』


 エレナードは、相変わらず飄々としているドヴィナにいささか心配を抱く。


「大丈夫なの? アンタ一応、四大将軍の中じゃ最弱なんだし、あんまり無理しちゃダメよ」


『もぅ、最弱最弱ってぇー、これでも一応私は四大将軍なのよぉー。でもでもぉー、()()()()でも勝てない相手と戦うなんてぇ、ちょっとわくわくするかもぉー』


 聞き慣れない仇名を耳にしたエレナードは首を傾げる。


「トベっちって、もしかしてトヴェルツァのこと?」


 すると、全員の注目を集めたトヴェルツァは、珍しくほんの少しだけムスっとしたような表情を浮かべて口を開く。


『……私をその名で呼ぶなと言っているだろ』


『えー、たまにはいいじゃない。トベっちってぇー、昔はもうちょっと可愛げがあったのにぃー、今じゃ全然私の相手してくれないんだもん。もう少し素直になった方がいいわよぉー』


 どうやら、ドヴィナとトヴェルツァは何らかの因縁があるらしい。トヴェルツァの過去が気になるエレナードにとっては、興味をそそる話だ。

 だが、今はそんな会話にうつつを抜かしている場合ではない。


 エレナードは話を戻すため「こほん」と咳払いをし、片手を振り上げて声を張る。


「とにかく、これからが正念場よ! 大まかな指示は私が出す。だけど、戦場でチャンスを見いだしたら、躊躇ためらわず行動しなさい。それでも報告はしっかりすること。皆、わかったわね!」


 エレナードの言葉に対し、各々は息の揃っていないバラバラな返事を告げる。

 だが、そんなバラエティー豊かな四大将軍達を、エレナードは心から頼もしいと思えた。

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