21 勇者の実力
その後、周囲のゴブリン・ライダーを掃討したアキラ、ライン、ユフィの三人は、負傷した将軍ドナウの下に集まっていた。
地面に寝かせられたドナウの脇で、介抱を続けるユフィは表情を曇らせる。
「傷はそれほど深くありませんが、短剣に毒が塗られていたようです。悪い血は出したので、治癒魔法をかけ続ければ回復すると思いますが……」
だが、指揮を継続できる状態ではない。
もちろん彼の代わりになる指揮官は他にもいるが、総大将の負傷は士気の低下と混乱を招いていた。
毒に苦しむドナウは、唸りながらも懸命に口を開く。
「敵は、我が軍の分断と、各個挟撃を、狙っておる……斬り裂かれた戦線を、立て直すんだ……」
その様子に、たまらずラインが声をあげる。
「オヤジはもう休んでろ! 戦いは俺達に任せておけ!」
「とに、かく……中央の敵を……」
それでもドナウは、戦況を案じ続けている。
これが、執念というものなのだろう。
そんな意思をくみ取ったアキラは、おもむろに立ち上がってラインに真剣な眼差しを向ける。
「ラインさん。今は、俺達にできることをしましょう。ドナウさんの言う通り、中央を突破してきた敵をやっつければいいんですよね?」
アキラの告げた言葉によって、ラインも我に返った様子だ。
「そうだ……俺達には、やるべきことがある。こんな所で油売ってる場合じゃねぇな」
「早く味方の救援に行きましょう。ユフィは、ドナウさんを頼むよ」
ユフィはどこか心配そうな面持ちを浮かべながらも、素直に頷く。
「わかりました。勇者様、ライン様、無茶しないでくださいね」
そんな言葉に見送られ、アキラとラインは一頭の馬に相乗りし、颯爽とその場を離れていった。
* * *
ものの数分と経たないうちに、アキラとラインを乗せた騎馬は主戦場へと辿りついた。
その空間は、まさに阿鼻叫喚だ。
鬱蒼と木々の茂る森の中で、怒号と悲鳴が飛び交い、兵士と魔物達が死に物狂いで剣を交えている。
アキラはその勢いに気圧されそうになったが、なんとか理性を保って己の役目を見いだす。
「ラインさん。俺の持つ最大威力の魔法を使えば、近くにいる味方を巻き込むかもしれません。だから……」
すると、ラインは続く言葉を先読みしたかのように応じる。
「はっ、敵中に突っ込めて言いたいんだろ? 望むところだ。それくらいの刺激がなきゃ、俺も退屈しちまうぜ」
頷き合った二人は、息を合わせるように魔物のひしめく戦場の中心部に目を向ける。
そして、手綱を勢いよく打ちつけたラインは、雄叫びを上げながら馬を一気に加速させた。
「オラオラオラァ!!! 王国一の剣士ライン様と勇者アキラ様のお通りだ! 踏みつけられたくなけりゃ道を開けろッ!」
アキラとラインを乗せた騎馬は、一気に戦場へと突っ込んでいく。
すると、颯爽と現れた二人の姿に勇気を貰った兵士達は一気に沸き立ち、すかさず道を開けてくれた。
「援軍だ!」
「ライン様だ! ライン様が救援に来たぞ!」
そんな声援を受けながら、ラインの操る騎馬は敵の先陣を蹴散らすように突撃を敢行する。
突如現れた騎馬に驚いたゴブリンやオークは一斉に槍を突き立てたが、その刃先はことごとくラインとアキラの剣によって弾かれていく。
己の体だけではなく、馬も守りつつ戦場を駆けるその様は、見事と言う他無い。
だが、単騎の突撃はすぐさま限界に到達する。
四方を敵に囲まれ、長い槍を持った魔物達がじわじわと距離を詰めてくる。
「アキラッ! そろそろ潮時だ! やっちまえ!」
そんな言葉に促され、剣を水平に構えたアキラは静かに目を閉じる。
己の持つ力をフルパワーで発揮する――それだけを考え、意識を集中させた。
そして、時は満ちる。
開眼と同時に剣を振るったアキラは、腹の底から呪文を叫んだ。
「エクス、プロオオオオオオォォォォドッ!!!」
すると、アキラの剣先から目が眩むような閃光が放たれる。
一筋の光は戦場を瞬時に突き進み、最も多くの魔物がひしめく空間へと着地する。
そして次の瞬間、まるで全てを焼き尽くしてしまうような爆炎が戦場を覆った。
* * *
その頃、丘の上に設けられた野戦軍司令部にて戦況を見守っていたエレナードはテントから飛び出し、驚愕の表情で戦場の方角に目を向けていた。
「ちょっと……なんなのよアレは!」
エレナードが指差す先には、炎に彩られた巨大な雲が立ち昇っている。
その様子はまるで、赤い幹と黒い葉を持つ邪悪な大木が勢いよく成長しているかのようだ。
突如戦場に現れたその雲は、自然現象で生じたものではない。
とてつもない規模の爆発が生み出す、キノコ雲だ。
そんな光景を目の当たりにしたエレナードは、すぐさま司令部内のテントに戻って通信手のリザードマン達に向けて声を荒げる。
「誰でもいいわ! あの爆発の原因を報告できる者を呼び出しなさい!」
すると、通信を行っていた一人のリザードマンは、わなわなと手を震わせ憔悴した表情でエレナードに向き直る。
「だ、第二師団より報告です……先ほど、何者かが放った爆炎魔法により、敵と交戦中の第一及び第二大隊が壊滅したとのことです……」
「はぁ!? 二個大隊が壊滅!? 二千体の魔物達があの中にいたって言うの!?」
「いえ、その、前線は先の爆発により未だ混乱中のようで、正確な報告ではないと思いますが……」
「正確さなんてどうだっていいの! 今は、すぐにでもあの爆発が起きた原因を特定しなさい!」
すると、露骨に焦りを見せるエレナードの下に共鳴水晶を抱えたエニセイが駆け寄ってくる。
「エレナード様! ドヴィナ様より通信が入っております! 先の爆発騒ぎの件についてだそうです!」
エニセイから無理やり共鳴水晶を奪い取ったエレナードは、水晶に何が映っているかも確認せず声を荒げる。
「ドヴィナッ! あの爆発の原因はなんなの!?」
すると、人類種の女に化けたドヴィナが悲壮な面持ちで応じた。
『落ちついてエレナちゃん。私は敵の本陣に紛れて偵察をしてたんだけど、あの爆炎魔法を放ったのは、例の勇者とかいう奴よ。トヴェルツァと互角に渡り合っていたのは見てたけど、まさかここまでの力があるなんて……』
ドヴィナの報告を聞き終えたエレナードは、わなわなと膝を震わせて鬼のような形相で目を見開く。
「勇者……勇者勇者勇者! 何が勇者よ! こんなの、戦略もクソもないじゃない! たった一人の人類種がこれをやらかしたって言うの!? そんなの信じられるわけないじゃない!」
そう叫んだエレナードは、たまらず共鳴水晶を地面に叩きつけようとする。
すると、ごつごつとした色黒い肌をしたヴォルガの手がそれを制した。
「エレナード様、落ちついてください。戦いはまだ終わっておりません。今は速やかに情報を集約し、善後策を考えるのが先決です。その勇者とやらの魔力も、無尽蔵ではないやもしれません」
聞き慣れた低い声によって我に返ったエレナードは、肩で息をしながら高鳴る動悸を抑えようと努力する。
だが、いくら深呼吸を繰り返しても、全身を駆け巡るような鼓動は治まらなかった。
それでもエレナードは、己に課せられた責任を思い出し、必死に冷静になったフリをする。
「そう……ね。とにかく、今は情報収集と混乱した部隊の立て直しが先決だわ。今すぐ、全軍に現状を報告させなさい」
震える声でそう言い切ったエレナードは、そのまま頭を抱えて事切れたかのように椅子にもたれた。
<師団>
師団とは、軍隊の編成において用いられる単位である。国や時代によって規模や構成は異なるが、近世以降では基本的に『最小戦略単位』となるよう編成される場合が多い。
最小戦略単位とは、戦闘を行う主力部隊の他に、補給、衛生、工作、通信、事務、はたまた軍楽など、様々な役割を持つ部隊を内包することで、ひとつの組織として独立しつつ多用な作戦を遂行可能にした編成のことである。大規模な戦争をチェスや将棋に例えるなら、ひとつの駒が一個師団であると考えればわかりやすい。
なお、平均的な師団は一から二万人程度の兵員を有するが、本作における魔王軍は全体数が少ないため、エレナードは三から四千体程度の魔物を集めて一個師団として編成している。




