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もしも異世界の魔王様がクラウゼヴィッツの『戦争論』を読んだら  作者: 八十八
第1章 魔王エレナードが始める大戦略
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2 エレナードの決意

 エニセイから『戦争論』を受け取ってからというもの、魔王エレナードは異世界の書物に夢中になっていた。


 エレナードが特に興味を示したのは、『地球アース』と呼ばれる異世界の歴史と戦争に関してだ。

 どうやら、地球アースには人類に対抗できる魔物や亜人といった種族が存在しないらしく、人類同士が長い歴史の中で争いを続けているらしい。

 そして、地球アースでの戦いには、歴史が進むにつれて様々な『兵器』が登場するようになる。

 人類が発明したとされる千差万別な兵器は、まるで魔法のように強大な破壊力を持つようになり、時代が進むにつれて戦争は激化の一途を辿る。

 そして、最終的にはたった一つの兵器が世界を滅ぼすまでの威力になることがわかった。


 エレナードは心底恐怖した。

 今敵対している人類は、いずれ地球アースで用いられたような強力な兵器を続々と発明し、立ち向かってくるだろうことに気付いたのだ。

 同時に、この世界がいかに遅れているかを強く実感した。


 そして、エニセイから『戦争論』を受け取ってから約一カ月後、様々な書物を読みふけり戦争に関する知識を深めたエレナードは、ある決意を胸に配下の重鎮を一斉招集した。



 * * *



「さて、皆集まったようね。これより、人類との戦争に関する緊急会議を開催するわ」


 魔王城大食堂の上座に鎮座するエレナードは、同じく大食堂に集まった部下達を前に堂々と口を開く。

 だが、国家元首の魔王が主催する大事な会議だというのに、その場に集まった者達は腹心のヴォルガを除き、さしたる実力も権力も持たない若輩者ばかりだった。


 さっそく出鼻をくじかれたエレナードは、眉をひそめて集まりの悪い理由をヴォルガに問いただす。


「なんで幹部がアンタしかいないわけ?」


「己以外の幹部は、現在各地で人類種ヒューマン相手に奮戦中でして、参集は叶いませんでした」


「幹部自ら戦いに赴かなきゃならないほど、戦況は逼迫ひっぱくしてるってこと?」


「恐れながら、左様にございます」


 エレナードは薄々気付いていたが、現在の魔王軍は人類の連合軍相手にかなり苦戦しているようだ。

 そこで、ヴォルガのように高い戦闘能力を有する魔王軍幹部達は、自ら戦場に赴いて戦線を支えざるを得ないのが現状なのだろう。


 しかし、ここに例外が一人いる。


「アンタは戦場に行かなくていいの?」


 噂によると、ヴォルガはひとたび戦場に出れば千の兵士が相手でもたやすく蹴散らせるほどの実力者らしい。

 だというのに、エレナードが知る限りヴォルガが魔王城を長らく不在にしたことはなかった。

 

「己は、先代魔王様よりエレナード様の警護を任されておりますゆえ」


 エレナードにとっては初耳の話だ。

 しかし、多少は城に戦力を残しておくのも悪い事でないか、と勝手に納得しておくことにした。


「それはそれとして、とりあえず今の戦況をまとめましょ」


 エレナードは大食堂のテーブルに地図を広げさせ、図上に敵と友軍の位置関係を示した駒を配置していく。


 そして、状況を改めて視覚的に確認したエレナードは、大きくため息をついた。


「それで、私の知らぬ間に戦況は散々な有様ってわけね」


 そんな言葉に促され、ヴォルガが情報を補足する。


「我が軍は各地で奮戦しておりますが、なにぶん数に押されておりまして、現状は敵の進軍を止めるのが精一杯です」


「私の記憶が正しければ、アンタ達の報告はそんなに負けいくさばかりじゃなかったと思うけど」


「一応、入念な準備を整えた総攻撃で何度か勝利を収めておりますが、こちらの休息中や補給中に戦線を押し返されることが相次ぎ、気付けばこのような状態に……」


 エレナードはたまらず頭を抱える。

 そもそも、戦争において目的のない攻勢は無意味だ。必死に敵地を占領しても、その地を維持する用意がなければ簡単に奪還されるどころか、いたずらに戦力を消耗してしまう。これも地球アースの書物で学んだ知識だ。


「つまり、行き当たりばったりだったってわけ?」


 エレナードの追及に対し、ヴォルガは鼻から「むふぅ」と息を吐き、露骨に焦りを見せる。


「いえ、その、先代魔王様がご存命の頃は的確な采配をなされていたのですが、現状は各地に分散した幹部達が独自に指揮を取っている状態でして……」


 その瞬間、エレナードは渾身の力で大テーブルを殴打する。


「なんでもっと早く私に言わなかったのよッ!!!」


「そ、それが、生前の先代魔王様は一人娘のエレナード様に余計な心配をかけるなと常々申しておりまして、我々もなるべくお手を煩わさないようにと……」

 

「お父様が……だから私に、戦争のことは何も教えて下さらなかったのね……」


 その言葉を最後にエレナードが黙り込むと、食堂はしばしの沈黙に包まれる。


 深く俯いたエレナードは、今までいくさまつりごとに無関心でいた己を呪う。


(お父様……私に心配かけるなって、それで私の知らない間に国が滅んだら、何の意味もないじゃない! お父様の代わりは、私なんだから……)


 今代魔王として己の立場を自覚したエレナードは、まず何をすべきか考える。

 そして、この一カ月で書物から学んだことを思い出した。


(『戦争論』には、こう書いてあった)


――戦争は、相手に己の意思を強要させるための暴力行為である。だからこそ、戦争の目的は、相手の抵抗力を粉砕することにある。


(人類共は、私達の持ちうる抵抗力を完全に粉砕し、この地を全て自分達のモノにしようとしている……その意思に抗うには、戦争に勝つしかない。なら、この国のためにも、皆のためにも、私がやるべきことはひとつだ)


 ゆっくりと顔を上げたエレナードは、不意に自嘲のような笑みを見せる。

 まるで、自身の不安を誤魔化すかのような、不敵な笑みだ。


「今の私は、この前までの自堕落な私とは違う……私は、知識を得た。こことは異なる世界――地球アースで、人類共が血なまぐさい歴史と共に培った戦争の知識を、私は得た……」


「エレナード様……?」


 狼狽したヴォルガが声をかけたその刹那、エレナードは深紅の瞳を鋭く細め、その場にいる全員を一瞥する。

 

「安心しなさい。今この瞬間より、私がお父様の跡目を継いで全ての采配を取るわ。いかに数が劣っていようと、勝つための手段はいくらでもある。私には、それを実現するための知識がある。全てはインダリア帝国のため……この戦いを勝利に導く私こそが、第三代魔王エレナードよ!」


 そんなエレナードの唐突な宣言を受け、しんと静まった食堂は次第に大きな拍手に包まれていった。

――戦争とは、相手に己の意思を強要するための暴力行為である。


――戦争の目標は、敵の抵抗力を粉砕することにある。


カール・フォン・クラウゼヴィッツ『戦争論』より

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王とクラウゼヴィッツ『戦争論』という着想が素晴らしい [気になる点] なんか、実直な牛男さんが不憫。いつか報われる日が来るといいですね [一言] ジュリオ・ドゥーエの「制空」も読んで飛行…
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