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18 紺碧の騎士

 トヴェルツァ率いる先遣隊が敵の司令塔らしき部隊を発見したという情報は、野戦軍司令部の中央テントにて指揮を続けるエレナードの下にも入っていた。


 卓上に広げられた戦略図に視線を落とすエレナードは、敵の本陣をかたどった駒を指で弾き、口端を吊り上げて笑みを見せる。


「我ながら電撃作戦がここまで上手くいくとは思わなかったわ。トヴェルツァが敵の総大将を討ち取れば、この戦いは一瞬でケリがつく。まさに快勝ね」


 傍らに立つヴォルガも顔をほころばせ、称賛の言葉を送る。


「さすがはエレナード様。数に勝る敵の横隊をあえて突き抜けるとは、まさに逆転の発想ですな」


「障害物のある要塞や砦を突破するのと違って、会戦で遭遇した敵中を突破するのはそんなに難しくないとは思ったけど、想像以上の成果ね。これもトヴェルツァとアムールが連携して奮戦したお陰ね。後で褒めてあげなくちゃ」


 上機嫌なエレナードをよそに、今作戦の立役者であるトヴェルツァのことが話題に上がると、ヴォルガはどこか複雑な表情を見せる。


「しかし、こんな時に何ですが、トヴェルツァは本当に不思議な男ですな。実力もあり部下達にも慕われているようですが、己は人類種ヒューマンが魔物を率いているというのが、どうも引っかかりまして……」

 

 ヴォルガの口ぶりに疑問を覚えたエレナードは首をかしげる。


「アンタはトヴェルツァのことよく知ってるんじゃないの? 私が生まれる前からアンタは四大将軍だったんでしょ?」


「それはそうなんですが、トヴェルツァが四大将軍に抜擢されたのは先代魔王様が逝去せいきょされる数カ月前のことで、それ以前も常に戦場に出ているような男でしたので、己も仲間になった経緯までは聞き及んでいません」


 エレナードは卓上の駒を弄りつつ「ふーん」と呟く。

 そして、少し突っ込んだ質問を投げかけてみた。

 

「アンタはやっぱり、トヴェルツァのことが信用できない?」


 ヴォルガは「むふぅ」と鼻を鳴らし、しばし間を置いてから口を開く。


「いかんとも言い難いですな。己は人類種ヒューマンを憎んでおりますが、トヴェルツァを引き立てた先代魔王様の判断を疑ってはおりません。同志とは認められないが、少なくとも仲間だとは思っている、そんなところでしょうか」


 正直に言えば、エレナードも似たような感覚だ。

 いかにトヴェルツァが忠誠心のある優秀な部下だったとしても、彼が人類種ヒューマンであるという事実は覆せない。

 だからこそ、エレナードは己の父である先代魔王がなぜそのような男を仲間に引き入れたのか、その点に興味があった。


「いい機会だし、この戦いが終わったらトヴェルツァが魔王軍に加わった理由を直接聞いてみようかしら。とりあえず、今はこの戦いを勝ちいくさで終わらせることに集中しましょ」


 そう告げて雑談を切り上げたエレナードは、再び戦略図に視線を落として戦況を見守ることにした。



 * * *



 一方その頃、今まさに矛を交えている魔王軍対人類連合軍の一大会戦は、決定的局面を迎えようとしていた。


「敵だ! 騎兵が突っ込んでくるぞ!」


 どこからともなく放たれたその言葉が、この会戦の命運を分ける戦いの始まりを告げる。

 ドナウ将軍を擁するテグリス王国軍本陣の正面に現れたのは、ゴブリン・ライダーを中心とする魔王軍の騎兵隊だ。


 数はそれほど多くないが、木々の間を縫うように突撃してくる騎兵の迫力は、兵士達に恐怖を喚起させる。

 だが、事前にドナウの指示を受けていた彼らは、無策のまま敵を待ち受けていたわけではない。


 槍を構えた兵士達の前には、突撃してきた騎馬を串刺しにする尖った杭――馬防杭が無数に設置されている。

 加えて、木に登って身を潜めている弓兵達は静かに獲物を見定め、槍兵の後方には魔術師達が控え、万全の迎撃態勢を整えている。


 テグリス王国軍の本陣は、今考えうる中で最善と思われる防御態勢を整えていた。

 だが、そんな策は騎兵隊の先頭を進む青い甲冑を纏った男――四大将軍トヴェルツァによって瓦解することとなる。

 

 敵の騎兵を引きつけ弓と攻撃魔法の斉射指示が下されようとしたその刹那、トヴェルツァは馬上から無数のファイヤーボールを放つ。

 狙いは、歩兵と魔術師が密集する中央だ。


 魔法に対する防御手段を持たない兵士達は、命中したファイヤーボールの爆炎によって無残に吹き飛び、隊列を乱していく。

 驚いた弓兵は急いでトヴェルツァへ向けて矢を放ったが、命中しそうな矢はことごとく剣で斬り払われた。


 頼みの綱は、地面に突き立てられた馬防杭だ。

 杭の前で立ち往生した騎兵を一斉に迎え撃つ。そう意気込んだ兵士達は、襲い来るファイヤーボールにもめげず、槍を構えて迎撃態勢を整える。


 だが、騎兵は勢いを殺すどころか、更に速度を増して突っ込んでくる。

 そして次の瞬間、兵士達は目を疑った。

 正面から突っ込んできた騎兵は、トヴェルツァを先頭に勢いよくリザードをジャンプさせ、なんと馬防杭を飛び越えてきたのだ。


 無論、全てのリザードがジャンプに成功したわけではない。

 あるリザードは直前で怯えて馬防杭の餌食となり、またあるリザードは着地に失敗して騎乗するゴブリン共々地面を転がる。

 それでも、かなりの数の騎兵が馬防杭を乗り越え、本陣へと斬り込んできた。

 

 その結果、本陣は大混乱に陥った。

 敵が陣地内に踏み込んできたため、味方への誤射を恐れる弓兵と魔術師は迂闊な攻撃ができなくなり、おろおろと状況を傍観する。

 その一方で、士気を維持する兵士達は果敢に剣と槍で迎撃を試みたが、騎上から放たれる斬撃と刺突しとつに次々と討ち取られていく。


 少数の騎兵突撃でここまでの混乱が生じた理由は、トヴェルツァが一騎当千の立ち回りを見せているからだ。

 疾走するリザードから振るわれる鋭い斬撃は次々と兵士達の首を刎ね、時より放たれる攻撃魔法は密集した兵士や魔術師を薙ぎ払う。果敢に立ち向かう者の刃は瞬時に弾かれ、四方八方から迫る弓矢はことごとく斬り払われる。


 そして、怒涛の快進撃を続けるトヴェルツァは、いよいよ将軍ドナウの下に迫ろうとしていた。

 ドナウは密集した親衛隊に守られていたが、それが目立つ形となってしまった。


 目ざとくドナウを発見したトヴェルツァは、ファイヤーボールの次弾を詠唱しながら突撃を敢行する。


「将軍閣下をお守りしろ!」


 どこからともなく放たれた掛け声と共に、周囲の兵士は自ら壁となって立ちはだかる。

 だが、即席の障壁はトヴェルツァ操るリザードの華麗な機動と巧みな剣技によって、いとも簡単に突破されていく。

 左手で手綱を操り、右手で剣を振るい、そして魔法詠唱を継続するその技術は、まさに曲芸だ。

 

 もはや、圧倒的な実力を見せつけるトヴェルツァを阻むことはできない。

 その様子を驚愕の表情で見つめるドナウは、突然の窮地に成すすべなく絶望に近い表情を見せている。


 そして、ドナウに向けてファイヤーボールが放たれようとしたその刹那、どこからともなく鋭い声が響き渡った。


「エアスラッシュッ!」


 それは、アキラの放った一声だ。

 ドナウから少し離れた位置に立つアキラは、魔法詠唱と共に素早く剣を振るう。

 すると、刃となった風の塊が剣先から放たれ、目にも留まらぬ速度でトヴェルツァの下に迫った。


 ドナウを注視していたトヴェルツァは瞬時に身を翻し、咄嗟に何もない空間へファイヤーボールを放つ。

 その瞬間、灼熱の火球はアキラの放った風の刃に命中し、激しい爆炎を上げて互いを打ち消し合った。


 トヴェルツァは、攻撃用に詠唱していたファイヤーボールを即座に防御へ転用し、アキラの放った攻撃魔法を相殺したのだ。

 思わぬ方法で攻撃を防がれたアキラは軽く驚きつつも、冷静に剣を構える。

 そして、爆炎によって生じた黒煙が薄らぐにつれ、アキラとトヴェルツァは視線を交わしていた。

 

 剣を構えたアキラは、トヴェルツァの放つ圧倒的なオーラを肌身で感じ取る。

 青光りする甲冑は斬り伏せた者の返り血によってコントラストを奏で、流れるような黒髪の間から覗く鋭い表情は、容赦のない冷血さを帯びている。

 まさに、戦い慣れした強者の貫録だ。


 だが、『人間味』というワードを思い浮かべたアキラは、ふと違和感を覚えた。


(魔物、じゃない? アイツも人間なのか?)


 リザードに騎乗するトヴェルツァは、他のゴブリン・ライダーとは異なり、どう見ても人間としか思えない様相をしている。

 そんな疑問が、アキラに追撃を躊躇ためらわせた。


 すると、耳をつんざくような怒号が突如として戦場に響き渡った。


「よそ見してんじゃねええええええぇぇぇぇっ!!!」


 そんな雄叫びを放ったのは、戦場を駆けまわっていたラインだ。


 騎馬を全速で走らせたラインは、トヴェルツァへ向けて突撃を敢行する。

 そして、重量のあるバスタードソードに己の腕力と馬の速度を乗せ、渾身の横薙ぎを放った。


 だが、その一閃がトヴェルツァの体を捕らえることはなかった。

 騎上で器用に身を引いたトヴェルツァは、バスタードソードに乗せられた力を受け流すように剣を滑らせ、巧みに斬撃の軌道を逸らす。

 擦れた剣と剣が嫌な金属音を立て、互いの騎馬は瞬く間に交錯する。


 一見すると、ラインの突撃はトヴェルツァに防御を強要し、優位を取ったように見える。

 だが、実際には真逆の事が起きていた。


 それを示すかのように、一直線に駆け抜けていったラインの騎馬は、おもむろに暴れ出して制御不能に陥る。


「クソっ! なんだってんだっ!」


 状況の飲みこめないラインは焦りを見せているが、よくよく見ると彼の騎乗する馬の臀部でんぶから血が噴き出している。

 先の一瞬で何が起きたのか、アキラはその光景をしかと目に焼き付けていた。


 攻撃を受け流したトヴェルツァは、そのまま剣を下方に振り抜き、ラインの騎馬に斬撃を与えたのだ。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ、という格言がある。

 そんな言葉に倣ったような抜け目ない攻撃に、アキラは息を飲む。

 だが、今は感心している場合ではない。


 アキラは再び剣を構え、いつでも攻撃魔法が放てる姿勢でトヴェルツァを見据える。

 その様子に気付いたトヴェルツァは、馬を翻しアキラと対峙する構えを見せた。


 再び視線を交わした二人は、互いがこの場で戦う運命にあることを悟る。

 アキラはテグリス王国の勇者としての使命を背負い、トヴェルツァは四大将軍第二位としての矜持を胸に、二人はその手に握る剣に力を込める。


 そして、ここに勇者と四大将軍の戦いが幕を開けた。

<馬防杭>


 馬防杭とは、敵の騎馬を迎え撃つため、戦端の尖った杭を敵側に向けて地面に打ち付けたものである。資材の用意と設置が容易なため、騎馬対策として様々な戦場で活用されてきた。

 敵の侵入を妨げる障害の設置は、主に防御側が弓や火器による攻撃を効率よく運用するために用いられるものであり、現代においても有刺鉄線を敷設する『鉄条網』が同様の目的で広く利用されている。

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