17 電撃作戦
魔王軍の主力が攻勢を開始したという情報は、テグリス王国軍の司令塔であるドナウ将軍の下にも知らされていた。
いったん行軍を中止したドナウは、伝令から寄せられた情報を整理しつつ、冷静に考えを巡らせる。
「敵の攻撃はプラット隊に集中している……つまり、両翼への攻撃は囮で、敵の目的は中央への集中攻撃か。まあ、奴らが劣勢であることを考えれば、順当な判断だな」
魔王軍の作戦に目星をつけたドナウは、各伝令に命令を伝える。
「ハドソン隊には右方へ転進を、ジェームズ隊には左方へ転進するよう指示を出せ。敵が中央に攻撃を集中しているなら、我が軍は鶴翼陣形で敵を包み込みながら包囲を目指す」
すると、一人の参謀が新たな情報を付け足す。
「ハドソン及びジェームズ隊についてですが、上空に現れた翼竜によるブレス攻撃を受けている模様です。幸いにして木々が枯れていないので火の手は回っていないようですが、多少の混乱をきたしております」
「露骨な足止めだな。これで敵の目的は明白になった。ハドソン隊とジェームズ隊には上空の敵に構わず全速で転進するよう伝えろ。プラット隊にはすぐに援軍が来ると伝えて士気を維持させるんだ」
命令を受けた伝令達は、すぐさま共鳴水晶を取り出して友軍と通信を行う。
すると、話を横で聞いていたラインが不意に口を挟んだ。
「中央への集中攻撃か……仮にだが、敵の目的が一点突破だとしたら、プラット隊を突き破ってここへ来る可能性があるんじゃないか」
ドナウは「ふむ」と唸り、ラインの意見を思案しながら顎髭を摩る。
「なるほど。その可能性は考えられるな。となると、横隊にしていたことが仇になるか……プラット隊はそこまで軟ではないと信じたいが、我々も迎え撃つ準備をした方がいいだろう」
そう告げたドナウは、部下達に向けて手早く指示を飛ばす。
「槍兵は正面に展開し、馬防杭を立てるように。木登りができる弓兵は、手近な木に登るよう指示しろ。魔術師隊は、少し後ろに下げた方がいいな。輜重隊は速やかに後方へ退避だ」
次々と下される指示により、周囲の兵士達は慌ただしく動き始める。
そんな中、アキラとユフィに視線を送ったラインは不敵な笑みを見せる。
「さて、いよいよ俺達にも出番が回ってきそうだぜ。作戦はどうする?」
話を振られたアキラは、当惑した様子で頭を掻く。
ユフィもどこかピンときていない様子だ。
「いやあ、作戦と言われても、なにぶん初陣なもので、なにをどうすればいいやら……」
「そうですね。よく考えたら私達、連携の方法をあまり考えていませんでしたね」
「よし、それじゃあ俺達の作戦は、敵が見えたら何が何でも打ち倒す。これで決まりだな」
そう言い放ったラインは、愉快そうに高笑いを上げる。
もはや作戦とは言い難い方針だが、アキラとユフィもそれくらいしか考えが浮かばなかったので、苦笑いで応じることしかできなかった。
そんな会話を交わしていると、戦場の方角から不意に大声が轟く。
「敵だ! 騎兵が突っ込んでくるぞ!」
それは、戦いの始まりを告げる合図に他ならなかった。
ドナウもこれほど早く敵が進撃してくるとは予想外だったらしく、慌てて親衛隊を集結させ、乱戦に備える。
そんな中、和やかな雰囲気から一変して真剣な表情を取り戻したラインは、アキラとユフィに向けて鋭い声を放った。
「アキラ、お前は下馬して戦え! そっちの方が好きに動けるだろ? ユフィは俺とアキラの後ろでサポートだ。近づいてきた敵は俺達に任せろ!」
急な指示に驚いたアキラは、すぐさまラインの言葉に従って馬から飛び降りる。
一方ユフィは、どこか不満げな様子で馬上から言葉を返した。
「もう! ちゃんと作戦考えていたんじゃないですか! 今になって急に言わないでください!」
「わりぃわりぃ。だが、戦場で必要なのは臨機応変さだ。しっかり覚えとけよ!」
そんな軽口を放ちつつ、馬上でバスタードソードを構えたラインは、視線を戦場の方向へと固定させて戦闘モードに入る。
アキラも倣って腰に下げたロングソードを引き抜いたが、これから戦いが始まるという状況に、どこか実感を持てていなかった。
(だけど、ここに来た以上はやるしかないんだ。敵が見えたら何が何でも打ち倒す。ラインさんの言う通り、それだけのことだ)
そうして無理やり覚悟を決めたアキラは、両手で構えたロングソードを強く握り込む。
そして、アキラが一呼吸おいたその刹那、視線の先に己の『敵』である魔物達が姿を現した。
* * *
兵士達を薙ぎ払いつつ戦場の最前線を突き進むトヴェルツァは、敵の抵抗が弱まりつつあることを肌身で感じていた。
それが意味する所は、敵の集中する前線を突破した結果に他ならない。
敵中突破――それは、エレナードが考案した『電撃作戦』の第一段階だ。
数に勝る人類連合軍は巨大な横隊を敷くことで、挟撃や迂回を無効化する態勢を整えていた。
戦域を広くカバーできるその陣形は一見隙が無いようだが、大きく横に広がった横隊は一点に攻撃を集中されると、戦力の集結に時間がかかるという欠点がある。
しかし、一点に攻撃を集中させて一時的な優位を獲得したとしても、時間が経てば左右に広がる部隊の応援が到着し、状況は逆転してしまう。
そこでエレナードは、敵部隊を攻撃するのではなく、突破してしまおうと考えた。
厚い布地を無理やり引き裂くのではなく、細い針で貫いてしまおうという発想だ。
トヴェルツァ率いる主力部隊は、正面の敵を打ち崩すために攻撃を行ったわけではない。突破を最優先し、敵陣の背後に出ることを指向したのだ。
たとえ大きな戦力差があっても、いったん背後に回ってしまえば正面を向いたままの敵は大混乱に陥る。ともすれば、敵の総大将を討ちとれるかもしれない。
そんな思惑があり、エレナードは敵中突破に全てのリソースを注いだ。
敵に目的を悟らせないよう囮を放ち、騎兵を空軍に支援させて強硬突破を図る――そんな作戦を、エレナードは己が学んだ地球の知識に倣い、『電撃作戦』と称した。
そして、敵中突破に成功したトヴェルツァは、続いて電撃作戦の第二段階に移行する。
突破が成功したところで、勝ち戦にはならない。
現状の優位を生かし、何らかの決定的な戦果を上げる必要がある。
だが、その先鋒を進むトヴェルツァは、敵中を突破した際にかなりの魔力を消耗していた。
今は顔色ひとつ変えず颯爽と敵を討ち払っているが、長期戦となれば力を使い果たしてしまう。
故に、迅速に戦果を挙げて短期に決着をつけたいところだった。
そんなことを考えつつ、トヴェルツァは次なる目標を探してリザードを走らせる。
すると、正面に新たな敵が出現した。
堅牢な防御態勢をとったその部隊は立派な甲冑を纏った騎兵が密集しており、テグリス王国軍の所属を示す大きな旗が掲げられている。その様相は、ただの後詰め部隊には見えない。
となれば、敵の司令塔を擁する本陣である可能性が高い。
そう看破したトヴェルツァは、これを決定的な好機と判断し、後方に振り向いて部下達に檄を飛ばす。
「正面の新手は敵の本陣である可能性が高い! このまま打ち崩すぞ! 私に続け!」
そう言い放ったトヴェルツァは、一抹の躊躇いも見せず、部下を引き連れて敵中へと突っ込んでいった。
<電撃戦(電撃作戦)>
電撃戦(Blitzkrieg)は、第二次世界大戦においてドイツが連合国に対して行った迅速な侵攻を評して誕生した言葉である。具体的には、自動車化された部隊(主に戦車)と航空機の共同運用によって戦線の突破を続け、迅速に作戦目標を達成させる戦術を指す。1940年に行われたドイツによるフランス侵攻作戦(黄色作戦)が代表例であり、その中心を担ったドイツ軍人ハインツ・グデーリアンは、あまりに侵攻が迅速なことから『韋駄天ハインツ』の異名をとった。
より少ない被害で最大の戦果を上げる電撃戦の画期的な発想は、現代の軍事教義においてもそのエッセンスが色濃く残っている。