16 一点突破
アムール率いる空軍主力が戦場へ向けて出撃したその頃、エレナードから指示を受けたトヴェルツァも攻撃準備を整えていた。
小型恐竜のようなリザードに騎乗したトヴェルツァは、紺碧に染まる甲冑を木漏れ日で煌めかせ、颯爽と魔物達の先頭に躍り出る。
森の中に集結するトヴェルツァ率いる部隊は、リザードに跨ったゴブリン・ライダーを先鋒に、雑多な武器と鎧を装備したゴブリン、オーク、リザードマンといった魔物達が続いている。
そんな部下達を前にして、トヴェルツァはその手に握るロングソードを高々と天に掲げ、声を張り上げた。
「これより、我が軍は全力をもって敵の本隊へと斬り込む! 我らの目的は、敵と矛を交えることではない! 立ち止まらぬことである! 落伍者は見捨てよ! 恐怖に怯える者は斬り捨てよ! 果敢なる者は我に続け! 今こそ、我らが主エレナード様に忠義を見せるのだ!」
トヴェルツァの激励に対し、魔物達は声を揃えた雄叫びで応じる。
彼らは、トヴェルツァが憎っくき人類種であることを忘れてしまうほどに、高い忠誠を示している。
なぜなら、幾多の戦場でトヴェルツァと共に戦ってきた彼らは、指揮官としてのトヴェルツァがいかに優れているかを、十分に理解しているからだ。
戦場でのトヴェルツァは常に最前線で戦い、そして味方が窮地に陥る前に的確な指示を飛ばす。
人類種だからといって敵に情けをかけることはなく、共に戦う魔物達を時に激励し、時に叱咤し、仲間として尊重している。
そしてなにより、トヴェルツァに付き従えば負けることはないという事実さえあれば、種族など取るに足らない要素でしかなかった。
そんなカリスマを持つトヴェルツァは、ふと顔を上げて木々の隙間から空を見上げる。
すると、敵の布陣する方角より一筋の狼煙が上がっていた。
それは前線に展開する味方が出した合図に他ならない。
更に、後方の空よりアムール率いる空軍の大編隊が姿を現していた。
それらを確認したトヴェルツァは、いよいよ命を下す。
「今こそ決戦の時だ! 全軍、私に続けッ! 第一師団、突撃!」
号令を放ったトヴェルツァは、手綱を打ってリザードを颯爽と走らせる。
その後方には精鋭のゴブリン・ライダーを始めとする騎兵が続く。
木々が生い茂る森林は騎馬での移動に適さない土地だが、トヴェルツァは持ち前の感覚で最適な道筋を選択し、同行する騎兵を先導していく。
類稀な才能と、長年積み重ねた経験が成せる技だ。
そんなトヴェルツが部下を率いてしばらくリザードを走らせていると、いよいよ敵の前衛らしい兵士達が正面に姿を現す。
突如現れた騎兵隊に驚いた彼らは、一斉に槍と盾を構えて防御態勢を取る。騎兵突撃を受けたくらいで怖気づくほど、敵も軟弱ではないらしい。
当然ながら、防御陣形を取っている敵陣に正面から突っ込めば、相応の被害が出る。
だが、勇猛果敢なトヴェルツァも勢い任せに突っ込むほどの考え無しではなかった。
「ファイヤーボールッ!」
トヴェルツァはリザードを突進させながら、無数のファイヤーボールを敵の前衛に向けて放つ。
魔法は高い集中力を必要とする技だが、それを杖や魔導書を用いず、騎乗しながら行使できるトヴェルツァの技は、高位の魔術師とて容易に真似することはできない芸当だ。
トヴェルツァの放った火球は敵陣のど真ん中に命中し、爆炎に巻き込まれた者達は反撃する間もなく防御態勢を乱していく。
その一点に生じた隙に、トヴェルツァ率いる騎兵隊は一挙に雪崩れ込んだ。
勢いをつけたリザードは強靭な前脚で立ち塞がる兵士を蹴散らし、騎上から放たれる斬撃と刺突は、逃げ惑う者を容赦なく討ち取っていく。
その先頭を進むトヴェルツァは、次々と攻撃魔法を繰り出し、敵中を突破しながら道を切り開いていった。
そして、騎兵隊によって切り開かれた空間には、いつの間にか徒歩の魔物達が押し寄せていた。
綺麗な横隊を維持していた主力のテグリス王国軍は、まるで楔を打ち込まれたかのように切り裂かれ、左右に分断されていく。
だが、テグリス王国軍もされるがままではない。兵士達は混乱を治めるべく周囲に声をかけ、槍を突き出して襲い掛かる魔物達を抑え込もうとする。
更に、彼らにも切り札があった。
隊列を組む兵士達の後方で、黒いローブを纏った魔術師達が杖と魔導書を構え、打開の一撃となる攻撃魔法の準備を手早く始める。
狙うは、戦場の中心で暴れ回る騎兵隊とその指揮官トヴェルツァだ。
「目標! 前方騎兵隊! 詠唱始め!」
集中力を高め、詠唱をほぼ終えた魔道師達は、攻撃開始の号令を待つ。
だが、待ちわびた号令の代わりに聞こえてきたのは、背後から放たれる断末魔のような叫び声だった。
「なんだっ! や、やめ、あがあああぁぁああぁあああぁぁぁぁぁ!!!」
何事かと驚いた魔術師達が一斉に振り向くと、彼らを統率すべき指揮官の体は、いつの間にか黒々とした巨大な物体に咥えられて宙を舞っていた。
「ど、ど、ドラゴンだあああああぁぁぁぁぁっ!!!」
どこからともなく、そんな叫び声が放たれる。
魔術師達の背後に突如として現れたのは、浅黒い鱗を持つ小型のドラゴンだ。
鋭い牙で指揮官の頭を咥えたドラゴンは、まるで不味い食べ物を吐き出すかのように指揮官の体をぽいと投げ捨てる。
そのまま地面を転がった指揮官は、無残な姿でぴくりとも動かなくなってしまった。
あまりに突然の出来事に、魔術師達は一挙に騒然となる。
ある者は無暗やたらに攻撃魔法を放ち、またある者は逃げ出すようにその場から離れていく。
もはや、整然と騎兵を迎え撃てるような状況ではない。
そして、いったんは上空へ飛び去ったドラゴンは、しばしの間を置いてから再び木々の隙間から姿を現し、位の高い兵士を咥えて空へと消えて行く。
兵士や魔術師達にとって、その光景は悪夢でしかなかった。
神出鬼没に空から現れ頭を喰らうドラゴンは、さながら気まぐれに命を奪う死神だ。
そして、びくびくと頭上を気にする兵士達は、いつの間にか近づいていたゴブリンやオークの剣と槍に討たれていく。
もはや、彼らに逃げ場はなかった。
もちろん、そんな空間でも武器を手放さず果敢に戦う兵士達は大勢いる。
だが、彼らは必死に魔物と矛を交えながらも、どこか違和感を覚えていた。
攻め寄せてきた魔物達は、戦線を押し広げようとする一部を除き、あまり率先して戦わずに戦場を走り去っていく。
まるで、戦うことが目的ではなく、移動することが目的であるかのようだ。
だが、死に物狂いで剣を振るう兵士達がそんな光景を目の当たりにしたところで、上官に報告する余裕などない。
彼らは必死に目の前の魔物を討ち払い、そして圧倒的多数の戦力を持つ友軍の救援を待つことしかできない。
たとえこの場が混乱に陥っていても、全体の戦力差では圧倒的しているという事実を、テグリス王国軍の兵士達は忘れていなかった。
ここで耐え抜けば、いずれ事態は好転する。その希望だけが、士気を維持する支えとなる。
だが、この攻勢を指示したエレナードは、魔王軍が戦力的には劣勢だということを重々承知している。
エレナードの目的は一体何なのか、その全貌は戦いが進むにつれて、徐々に明らかになっていった。




