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15 エレナードの思惑

 森の中から見えざる敵が迫る中、初動の采配を終えたエレナードは野戦軍司令部の中央テントにて友軍の報告を待ち続けていた。


 椅子にもたれ腕を組んだエレナードは、じっと卓上の戦略図を睨み静かに時を過ごす。

 一方で、形式上は全軍の統括指揮を任されているヴォルガは、テント内を無為に歩き回り、どこかそわそわした様子だ。


「あの、エレナード様。己は前線に行かなくてよろしいのでしょうか……」


 そんなヴォルガの言葉に対し、エレナードは呆れた様子でため息をつく。


「戦いに参加したい気持ちはわかるけど、アンタは指揮官なのよ。勇敢に戦うだけが幹部の務めじゃないってことを理解しなさい」


「も、申し訳ありません……」


 露骨に落ち込むヴォルガを見つめたエレナードは、再びため息をついて言葉を続ける。


「アンタは、つまるところ我が軍にとっての切り札なのよ。いざとなれば前線に向かってもらうつもりでいるから、今は我慢していなさい」

 

 ヴォルガは気を取り直して威勢よく返事をしたが、やはり戦いが起きているのに自分だけ後方にいるのは心苦しい様子だ。

 エレナードはそんなヴォルガの気分を紛らわすため、適当に話題を振る。


「アンタは、私の考えた作戦についてどう思う?」


「そうですな……いささかリスクのある作戦ですが、やはり多勢を相手にするなら目標を一点に絞るというのは合理的かと」


 ヴォルガは脳みそまで筋肉でできているようだが、単なる能無しではない。

 こと戦いに関しては、それなりの勘と洞察力が働くことをエレナードも理解していた。


「そうね。戦いの基本は戦力の集中よ。前回の戦いで、私は主力を二分させたけど、あれは二部隊が同時に攻撃を仕掛けられる保証があったからよ。だけど、森のせいで見通しが悪く部隊間の連携が困難になる今回は、セオリー通り戦力を一点に集中させた。後は、その一点を打ち崩せるかどうかね」


 そんな会話を交わしていると、主力の先鋒で待機するトヴェルツァから入電が入る。


『ご報告申し上げます。前線に展開する偵察部隊により、敵の布陣は大よそ把握できました。敵は両翼に差し向けた囮にはつられず、現在も横隊を維持している模様です』


 報告を受けたエレナードは、卓上の駒で敵の横隊を再現しつつ独り言を呟く。


「敵もバカじゃないわね。囮部隊に引っかかって主力を二分させれば儲けものだったけど、あくまで平押しを維持するつもりね」


 まるで戦況が思惑通り推移していないような口ぶりだが、当のエレナードは冷静沈着なままだ。

 むしろ、何度も頷きながら状況に満足している。


 その理由を理解するヴォルガは、エレナードの抜かりない策を称賛するかのように声をかける。


「見え透いた囮を放って挟撃や迂回をちらつかせ、敵に横隊を強要させるとは見事な采配です」


「もとより、私の考えた作戦は敵の横隊を打ち破る方針だものね。変なタイミングで陣形を変えられないよう、囮をうろちょろさせておいて正解だったわ」


 エレナードがあえて戦場の端に囮を放ったのは、なにも敵を釣り出すだけが目的ではなかった。

 最大の目的は、端からの攻撃や迂回攻撃を意識させることで、敵に「今の横隊は戦略的に妥当だ」と思わせることにあった。


 そして、エレナードの思惑通りテグリス王国軍は、まるで自分達が主導権を持って決めた選択だと思い込んだまま、横隊を維持するという選択をした。

 まさに敵の一手先を行く見事な読みだ。


「まっ、こんな駆け引きはただの前哨戦でしかないわ。もちろん、本番で勝つための布石ではあるけどね……さて、いよいよその本番を始める頃合かしら」


 エレナードは既に固まりきった強い決意を胸に、席を立って鋭く声を張り上げる。


「全軍に通達! これより、電撃作戦の開始を宣言するわ! 各位、打ち合わせ通り総攻撃を開始しなさい! いかに敵が強大なれど、私の策を持ってすれば必ず勝利がもたらされるわ! 全員、奮励努力しなさい!」


 エレナードの命令と共に野戦軍司令部は一気に慌しくなり、テント内に並ぶ通信手のリザードマン達は己に宛がわれた共鳴水晶を操り、各部隊へ次々と命令を伝達していく。

 

 そんな中、後は結果を待つだけとなったエレナードは静かに椅子へ腰を下ろし、先ほど己が放った言葉を頭の中で反芻していた。


(私の策を持ってすれば必ず勝利がもたらされる、か。そんな保証なんてどこにもないのに、無責任な言葉ね……だけど、それを現実にしなければ勝利は得られない。お父様は、いつもこんな責任を背負っていたのね……)


 それに気付いたエレナードは、父親が己を指導者としての立場から遠ざけていた理由を、なんとなく理解できた気がした。

 


 * * *

 


 共鳴水晶によってエレナードから指示を受けたアムールは、翼をはためかせて大地を飛び立つ。

 そして、木々の開けた小さな平原に集結する配下の翼竜達を空中から一瞥し、威勢よく声を放った。


「我らあるじエレナード様より命は下った! これより、我が空軍は全力をもって敵本隊に対する強襲を実施する! 我らの翼は、汚らしいスライムを運ぶためについているのではないことを、この戦いをもって証明するのだ!」


 総司令官アムールの言葉に呼応し、集結したドラゴンやワイバーンは耳をつんざくような雄叫びをあげる。

 同時に、整然と隊列を組む竜人族ドラゴニュートは一斉に槍を地面に打ち付けた。


 飛行能力を持つ翼竜は、魔物達の中でもとりわけ希少な存在だ。

 彼らには、ゴブリンやオークにはない高いエリート意識とプライドがある。

 

 それを最も理解するアムールは、部下達を煽りたてるかのように言葉を続けた。


「さあ、我が戦士達よ。今こそ大地から解き放たれるのだ! 愚かに地を這う人類種ヒューマン共を恐れおののかせろ! 我らが空の支配者であることを思い知らせるのだ! 全軍、離陸!」


 そんな言葉を合図に、翼竜達は激しい風を巻きあげつつ空へと飛び上がる。

 そして、瞬く間に統率のとれた大編隊を大空に形成した。


 綺麗な逆V字を整然と並べたその編隊飛行は、長らく培われた技術と高い練度によって成せる技だ。

 そんな空軍を育て上げた総司令官のアムールは、部下達を率いるように先頭を飛び、ぐんぐんと高度を上げていく。


 すると、低空に浮かぶ複数の影を発見した。


「敵の魔女ウィッチ隊か……魔法を使わねば飛ぶことも叶わぬとは、粗末なものだ」


 長らく空中偵察といった地味な任務に勤しんできたアムールは、己のテリトリーである空に繰り出してきた敵を前にして、久しく血を昂ぶらせる。

 そして、迎撃に向かおうとする仲間の翼竜達をおもむろに制止させた。


「手出しは無用。決戦の前に、少しウォーミングアップをさせてもらおう」


 そう告げたアムールは翼を小さく畳み、低空を飛ぶ魔女ウィッチに向けて一気に降下する。

 その様子に気付いた魔女ウィッチ達は、己の跨る『空飛ぶ箒』を操り、一斉に散開して回避行動をとる。

 だが、そのうちの一人は降下によって増速したアムールにすぐさま追いつかれてしまった。

 

 黒々としたローブを纏いブロンド髪を風に靡かせる若い魔女ウィッチは、アムールに背後を取られたことで驚愕と絶望の入り混じった表情を浮かべる。

 彼女と目を合わせたアムールは、まるで蛙を前にした蛇のような強者の嘲笑を浮かべる。

 そして、容赦なく槍を振り下ろした。


 アムールは、彼女を八つ裂きにすることもできた。

 だが、哀れな少女の命運を掌握したアムールは、彼女の跨る箒を狙った。


 瞬時に振り下ろされた鋭利な槍先は、干し草の束ねられた箒の穂を一瞬で斬り落とす。

 すると、箒はすぐさま浮力を失い、乗り手の魔女ウィッチごと地上に向けて落下を始めた。


「さあ、死地へ赴く恐怖に彩られた歌を聴かせてもらおうか」


 まるでその言葉に従うかのように、落下する魔女ウィッチは大空に響き渡る壮絶な悲鳴を上げながら地上へと吸い込まれていく。

 その様子を目の当たりにした他の魔女ウィッチ達は、かたや怒りに燃え、かたや恐れおののき、激しく感情を乱されていた。


 人類種ヒューマンである魔女ウィッチは、魔力を注いだ箒なくして飛ぶことはできない。

 今しがたアムールがとった行動は、その事実を見せつけ、翼を持つ己の優等さを示す残酷な示威に他ならなかった。


「我は気高き魔王四大将軍が一人、愉悦のアムールである。さあて、次は誰が私の相手だ? せいぜい、その可愛らしい悲鳴で我を楽しませてくれたまえ」


 挑発された魔女ウィッチ達は、仲間の敵討かたきうちとばかりに次々と攻撃魔法を放ってアムールへと飛びかかる。

 だが、そんな彼女達が空から姿を消すまで、さほど時間はかからなかった。

<空軍>


 ライト兄弟が航空機を発明して以来、内燃機関を搭載し空を飛びまわる航空機は目覚ましい発展を遂げ、第一次世界大戦においては航空機が兵器として投入されることで陸海に次いで空も戦場となった。

 元々、航空部隊は陸軍や海軍を支援する兵種として組みこまれていたが、戦略爆撃や制空作戦といった航空部隊のみによる作戦行動が活発になるにつれ、空軍として独立するようになった。

 また、現在では航空機に次いで核兵器を搭載した戦略ミサイル等が特別な役割を担っており、それらを統括する部隊を『戦略空軍』や『戦略ロケット軍』として独立させている場合もある。更に、米国では陸海空に次いで『宇宙軍』を独立させる動きもある。

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