12 勇者アキラ
魔王城に四大将軍が集合していたその頃、テグリス王国の王城では、転生者アキラの実力を試す訓練が行われていた。
「はああッ!!!」
城内に設けられた広々とした中庭で、アキラは両手持ちした木刀を目の前の男に向けて振り抜く。
すると、アキラより頭ひとつ大きい屈強な男は、木刀を受けとめた衝撃で勢いよく後方へ飛ばされた。
「ぐぁッ! さすが勇者の称号を授かるだけのことはあるな……その華奢な体からは考えられないようなパワーだ」
そう告げた大男は、肩で息をしながら両手を上げて降参のポーズをとる。
短い頭髪に薄黒い肌を持つその男の体は見事に鍛え上げられており、堂々とした男らしい雰囲気を纏っている。
顔には大きな傷があり、いかにも実戦慣れした剣士といった風体だ。
だが、そんな彼もアキラの実力には圧倒されてしまったようだ。
アキラは自分でも驚いた様子で、じっと己の手のひらを眺める。
(剣道なんてしたことないのに、戦い方がわかる。それに、腕力も凄い……これも、召還の儀の恩恵なのか?)
アキラがそんなことを考えていると、一人の女性が傍らに駆け寄ってきた。
「凄いです勇者さま! 王国一の剣士ライン様に勝っちゃうなんて、これで勇者様が王国一ですよ!」
そう告げてアキラに近づいたのは、綺麗な赤髪を結い上げ、白いローブを纏う女の子だ。
瞳は透き通るようなコバルトブルーで、笑みの似合うその表情は美麗と称して相違なく整っている。だが、無邪気そうに振る舞うその姿には、どこか子供っぽさが残っていた。
そんな彼女の言葉に対し、ラインと呼ばれた大男は不満げな苦笑いを見せて口を挟む。
「おいおいユフィ。俺だってまだ本気を出しちゃいないんだ。こんな手合わせで王国一の座を奪われちゃ、たまったもんじゃないぜ」
「フフ、わかってますよ。でも、勇者さまの実力は、ライン様も十分おわかりになりましたよね?」
「そりゃあ、まあな……」
そんな中、ユフィに称賛を受けたアキラは恥ずかしそうに謙遜する。
「ユーフラティアさん。王国一は言い過ぎだよ。俺だって、ラインさんには何度もやられてるし、まぐれで勝っただけだから……」
すると、ユフィはわざとらしく不満げな表情を見せる。
「勇者様。私のことはユフィと呼んでくださいってお願いしたじゃないですか。歳も同じなんだし、そんなにかしこまらなくていいですよ」
「ええと、じゃあ、これからはユフィって呼ぶんで、俺のことも勇者様じゃなくてアキラって呼んでよ。なんかこう、勇者って呼ばれるのは恥ずかしくて……」
「いえっ、私なんかが勇者様を気安く名前でお呼びするのは憚られます! 勇者様は勇者様です!」
ユフィは割と気さくなタイプのようだが、意外に頑固者らしい。
だが、そんな彼女も王国一の剣士と称されるラインと並び、華々しい経歴を持つ人物だ。
テグリス王国の魔術師アカデミーを首席で卒業したユフィは、上級魔女の称号を最年少で獲得した、言わばとても優秀な魔術師だ。
そんな経歴もあって、勇者の称号を与えられたアキラと行動を共にしている。
いずれは、この場に居合わせる三人でパーティーを組み、魔王軍と対峙することになるようだ。
王国一の剣士ラインに、王国随一の魔術師ユーフラティア、それに勇者アキラを加えた三人は、まさにテグリス王国の切り札になるべくして構成されたメンバーと言えるだろう。
なりゆきで勇者として祭り上げられたアキラにとっては不本意な事だが、こればかりは己の運命を呪う他なかった。
すると、そんなアキラの不安を助長させるような言葉をラインが放つ。
「ま、木刀なんかで戦っても本当の実力はわからねぇよ。噂によると、もうすぐ魔王軍を相手取った総攻撃が始まるようだし、そこでアキラの実力もはっきりするだろうな」
魔王軍との決戦が近いという話は、アキラも聞いている。
その日に備えて一通りの訓練は受けていたが、それが実戦で通用するかはわからない。
しかも、相手は恐ろしい魔物達だ。
それを思うと、アキラは自信など持ちようがなかった。
「勇者様、やっぱり不安ですか?」
ふと、アキラの表情から心情を読みとったユフィが声をかけてくる。
ここで虚勢を張っても仕方ないと感じたアキラは、苦笑いを浮かべて素直に己の不安を打ち明けた。
「そうだね……魔物となんて戦ったことないし、いくら訓練してもやっぱり自信は持てないよ」
すると、ユフィはどこか自嘲するような笑みを見せる。
「実は、私も同じです。どんなに訓練や勉強でいい結果が出せても、それが実戦で生かせるかどうかは、戦場に出てみないとわからないですもんね」
ユフィも同じ気持ちだと知り、アキラは少し気が楽になる。
すると、そんな二人の間にラインが割って入ってきた。
「おいおい、今からそんな調子じゃ本当に戦えなくなっちまうぞ。そんなに不安なら、ちょっくら近くの森でゴブリン退治でもしてくるか? 実際に魔物と戦ってみれば、少しは勝手がわかるだろうしな」
ゴブリン退治とは、本当にRPGのような世界観だ。
ゲームではそういうクエストじみたイベントはつきものだが、リアリティーを持って考えると、なかなか想像が及ばない部分がある。
「ゴブリン退治って、つまり殺しに行くってことですか?」
「そりゃ殺さないと退治にならないだろ」
その言葉を聞いて、アキラは複雑な気持ちになる。
魔物が人類の生活を脅かす悪い生き物だと理解はしているが、自ら進んで生き物を殺しに行くのだと意識すると、どこか後ろめたさがある。
「おいおい、まさか魔物を殺すのがかわいそうだなんて考えてないよな?」
図星だったアキラは頭を掻いて誤魔化すような苦笑いを浮かべる。
すると、ラインはどこか真剣な表情でアキラに迫った。
「ゴブリンを放っておけば、そのうち食い物を求めて村を襲うようになる。当然、罪も無い人達が殺されるんだ。いや、すでに何千何百という連中が、ゴブリンに殺されてきた。だから退治する必要がある。つまりは人助けだ。そう考えるといい」
魔物を退治することが人助けになる。
アキラは、とりあえず己が戦う理由をそれで納得させることにした。
「……わかりました。俺の力がどこまで通用するか試してみたいし、ゴブリン退治に行きましょう。それで、助かる人がいるなら努力してみます」
「そうこなくっちゃ! ユフィはどうする?」
ユフィはしばし迷いを見せたが、アキラにちらりと目配せをし、何かを決心した様子で頷く。
「勇者様が行くなら私も行きます! 私も自分の力を試したいし、いい経験になると思います」
「決まりだな。お上に許可を取ったら、明日にでも行こう。善は急げって言うしな」
善――はたして、魔物を退治することが本当に善なのか。
アキラの心には、そんな疑問がほんの少しだけ残り続けた。