11 四大将軍トヴェルツァ
先の決戦によりラプタリア王国と不可侵条約の締結に成功したエレナードは、次なる戦いに備えて忙しない日々を送っていた。
そんな中、政務に勤しむエレナードの下に、一人の男が謁見を求めた。
様々な資料が散乱し雑多になりつつある玉座の間にて、その男はエレナードを前に恭しく跪く。
「魔王エレナード様、お久しゅうございます。四大将軍トヴェルツァ、遅ればせながら推参いたしました」
トヴェルツァと名乗ったその男は、肩まで伸びた長い黒髪と端正な顔立ちを持つ、大人びた青年だ。
他の幹部達と異なり、彼は一見すると魔物らしい特徴を一切備えていない。
青光りする甲冑を纏い、立派な剣を携えるその姿は、人類種の剣士か騎士としか言いようのない見た目をしている。
そして、細められた黒い瞳は不穏な輝きを放ち、顔は美形でありながらどこか油断ならない雰囲気を帯びていた。
そんなトヴェルツァを前に、手元にある資料から顔を上げたエレナードは、普段通りフランクな態度で応じる。
「アンタと直接顔を合わせるのは久しぶりねトヴェルツァ。これでようやく、四大将軍が全員揃ったわね」
エレナードの告げた通り、トヴェルツァの両脇には他の四大将軍である第一位ヴォルガ、第三位アムール、第四位ドヴィナの姿もある。つまり、トヴェルツァは残る第二位だ。
久しく魔王軍最高幹部が全員集合した場で、飄々としたドヴィナはトヴェルツァに声をかける。
「アナタがこの城に来るのは本当に久しぶりねぇー。先代魔王様の大葬以来じゃない? 今回だって、戦いに夢中で一人だけ来るのが遅れたんでしょー? そんなに同族殺しが好きなわけぇ?」
いささか挑発じみたドヴィナの言葉に対し、トヴェルツァは淡々と応じる。
「私は、趣味嗜好で同族殺しをしているわけではない。我が主エレナード様の覇道を阻む者がいれば、私は誰であろうと斬り伏せる。ただそれだけだ」
同族殺し――それは、トヴェルツァの複雑な立場を示す言葉だ。
なぜなら、トヴェルツァは他でもない人類種そのものだからだ。
なぜ、魔物でなく人類種のトヴェルツァが、四大将軍ナンバーツーという地位まで上り詰めたのか。
実のところ、エレナードは彼が取り立てられた経緯を詳しく知らなかった。
それでも、トヴェルツァはエレナードにとって優秀な部下の一人だ。
常に冷静沈着で知謀に長け、命令には忠実で武術や魔法の心得もあり、四大将軍としての責務を十分に全うしている。
だが、純粋な魔物達から見ればトヴェルツァが憎むべき人類種であることに変わりはない。
その事実を示すかのように、ドヴィナに続いてアムールが挑発じみた言葉を投げかける。
「なるほどなるほど。貴殿は魔王様への忠誠心から同族殺しをしていると。素直に私怨だと言われた方が我は納得できるのだがね……まあしかし、いかに魔王様へ忠誠を示そうと、貴殿の本質が我らの敵であるという事実と、そこから生じる疑念があることをお忘れなく」
さすがに言葉が過ぎると思ったエレナードは、アムールの言葉を遮る。
「アムール、それくらいにしておきなさい。少なくとも私は、トヴェルツァが四大将軍第二位に相応しい働きをしてると思ってる。それに文句があるなら、アンタも彼以上の働きをしてみせなさい」
「我としたことが、魔王様を前にいらぬことを申してしまいました。お詫び申し上げます。しかし、トヴェルツァ殿の参集が遅れた理由を、我はまだ聞いておりませんが」
「それについては私から説明するわ。トヴェルツァは、私達がラプタリア王国軍を迎撃している間、北部にあるテグリス王国からの侵攻を抑えてくれてたのよ。私達が先の決戦に集中できたのも、トヴェルツァの功績よ。この場で改めて褒めてつかわすわ」
エレナードの言葉に対し、トヴェルツァは深々と頭を下げる。
「勿体なきお言葉にございます……して、今後は魔王様ご自身が戦の采配を取られると伺っております。なにとぞ、ご遠慮なく我が身をお使いください」
「元よりそのつもりよ。アンタには、魔王軍の陸上部隊を統括する陸軍総司令官の任を与えるわ。階級は大将よ。新しい組織と階級制度に関する資料には、もう目を通しているわね?」
「拝見しております。まことに素晴らしい方策かと」
エレナードは普段からひと癖もふた癖もある部下達ばかりを相手にしているため、生真面目で実直なトヴェルツァを前にすると、どこか固くなってしまう。
それでも、トヴェルツァのような振る舞いこそが、魔王軍幹部のあるべき姿だとは常々思っていた。
他の幹部達を見てみると、ちょっと脳みそ筋肉ぎみのヴォルガ、無駄にプライドが高いアムール、真面目さの欠片もないドヴィナと、それぞれ性格に多少難がある。
だが、トヴェルツァだけは、その能力や性格に欠点らしい欠点が一切見当たらなかった。
強いて欠点を上げるとすれば、それは彼が人類種であるという点だろう。
魔族のエリートとも言われる竜人族のアムールは彼に対して敵意をむき出しにしているし、人類種に恨みを持つヴォルガとて内心では快く思っていないだろう。
それを考えると、エレナードもトヴェルツァが何らかの魔物であれば、と考えてしまうことが時よりあった。
しかし、秘密裏に彼の動向を密偵した部下の報告によれば、今のところトヴェルツァに怪しい動きは一切ない。
ならば、先代魔王の意思を受け継いで今はトヴェルツァを信頼しておこうというのが、エレナードの判断だった。
そんなことを考えていると、玉座の間に来訪者が現れる。
いそいそと部屋に入室してきたのは、魔術師のエニセイだ。
「ご機嫌麗しゅうございますエレナード様。いささか気になる情報を入手しましたので、ご報告をと思い参上いたしました」
四大将軍が集う前で跪いたエニセイは、少し高揚した様子で報告の中身を告げる。
「人類種の地で密偵を行っていた部下の報告によりますと、どうやらテグリス王国にて転生者召喚の儀が行われた模様です」
エレナードはその言葉に首をかしげる。
「転生者召喚の儀? 聞いたことないわね」
「異世界の人間をこちらの世界に転生させる儀式でございます。私が以前、異世界の書物を転移させた魔術の、人間バージョンだとお考えください。まあ、転移と転生は中身が若干異なりますが、些細な違いですな」
「へえ、そんなこともできるのね。で、それは私達にとって何か不利になりえる話なの? たかが人間一人を転生させるだけなんでしょ」
エレナードの疑問に対し、なぜかトヴェルツァが応じる。
「恐らく、テグリス王国は大量の生贄を用いて転生者を召還したのでしょう。命を捧げて得られる多量の魔力を注ぎこまれた転生者は、強大な力を内包する戦士となりえます。連中は、その者を秘密兵器に仕立てるつもりなのかと」
そんな言葉に対し、エニセイは嬉々として応じる。
「さすがはトヴェルツァ様! ご明察でございます。要するに、テグリス王国は人為的に一人の人間兵器を生みだしたのです。きゃつらは、その者に勇者なる称号を与え、もてはやしているとか」
「勇者って、それはまたざっくりとした称号ね。それにしても、人間兵器ねぇ……」
強大な魔力を内包する人類種――もはやそれは、上位の魔物に等しい存在だ。
いかに戦況が苦しいからといって、そんなモノを人為的に生み出すとは、人類も随分と業が深いようだ。
エレナードがそんなことを考えていると、アムールが再び口を挟む。
「おやおや、トヴェルツァ殿は人類種だけあって彼らの事情にお詳しいですな。しかも、強大な魔力を内包する人間兵器とは、まるでトヴェルツァ殿のようではありませんか。何か、因縁でもおありですかな?」
その追及にはエレナードも興味があったが、当のトヴェルツァは何の反応も見せず沈黙で応じた。