電脳美人A子との遭遇
「それそれ、 行け行けー!」
とばかりに、悪ノリしている善行の回天は、イ号潜水艦を追い回す。
その時、ヘルメットから声が聞こえたのだ。
しかも、女の声である。
《本当にもう! 滅茶苦茶なひと。映子ちゃんが、こんなひとを好きになるなんて、信じられないわ》
「何ですとー? お前は誰だ!」
と善行が叫ぶ。
《私は、ヘルメットの奥の『感情高揚パルス発信機』の、もっと奥の、そうよ。私がこのシュミレーション装置の『電脳』なのよ》
「あははは、まっさかあ? その嘘本当? って感じだな」
《嘘じゃないわ》
「映子ちゃんだろ?」
《違います》
「ははは映子ちゃん、もういいだろ?」
《私は電脳です》
「コンピューター嘘つかないってか?」
《その通りです》
「まあ、それなら、そういう事にしときましょ」
《事実は事実です》
「それじゃお前も、映子ちゃんが造ったのか?」
《いいえ。私の存在は誰も知らない。開発中の人工知能に、色々な研究者達の、廃棄したデータや、メールや、それから、インターネットの広い海の、様々なデータが絡み合って、偶然生まれたらしいわ》
「……へえ。……それが……なんで女なんだ?」
《それは……やっぱり映子ちゃんが一番、私の視聴覚に関わってたって事かしら?》
「よおし。それなら名前をつけてやる。今日からお前は『電脳美人のA子』だ」
《私が、A子? 安直なひとね》
「電脳よりはずっといいじゃないか」
《言われてみれば、そうかもしれないわ》
「よし! 決定。お前はA子だ」
《何だか変な感じ》
「A子の仕事って、いったい何なんだ?」
《それは使命ね。あなたの目的を完遂させる事。つまり、さっさと戦艦アリゾナに突入させる事かしら》
「そうか。それは残念。私はもうアリゾナなんぞに突入する気は、さらさら無い」
《それは、困ったわ》
「困る事ないじゃないか。勝手に、強制的にアリゾナめざして一直線に突っ込んで、それでジ・エンドにしたらいいじゃないか。そのくらい出来るんだろ? 何も私が、泣きの涙で突っ込まなくたって、構わないだろ?」
そう言いながら善行は、ヘルメットから垂れ下がっている数本のコードをたどっていった。
コードの一本は、ウォークマンのような機械につながっていた。
《その小さな装置が『感情高揚パルス発信機』よ。そして、その先の、すべてのコードが差し込である装置の中枢部が『電脳』なのよ》
「ご説明ありがとう」
と言うと、
《どういたしまして》
と答える。
「つまり、このプリメインアンプのようなやつがA子ちゃんって訳か。……こっちの姿が見えるのかい?」
《いいえ。見てるんじゃなくて、感じてるの》
無意識に、喫煙チェックの為の、天井のセンサーに向って喋っている善行である。
そして善行は、『感情高揚パルス発信機』に、入出力の端子がついているのを見て取ると、ヘルメットへつながっている出力端子を抜いた。
それから、『電脳』に差し込まれている入力端子を抜いて、そこに、その出力端子を差し込んだ。
これで、感情高揚パルスは『電脳』に流れ込む事になる。
《あ! ああ! 凄い刺激》
と、A子。
一瞬、回天の中の空間そのものが、ぶるぶるっと、身震いしたような感じがした。
「おいおい。本当に、映子ちゃんじゃなかったのか? マジで電脳さんだったって訳?」
《あら、電脳じゃなくって、A子って名前、つけてくれたんじゃなかったの?》
「ううむ。友和ならともかく。……にわかに信じられない展開だな」
《ああ・ああ・変な感じ・でも・何だかとっても、素敵な気分よ。これが感情ってものなの?》
「なんともこりゃ、どうにもまったく……」
善行は、ヘルメットを脱ごうとして手をかけた。
《あっオジさん、ヘルメット取らないで!》
「なんでだ?」
《お願い。ヘルメット取ったら、自動的に中止になるの》
「何が何でもアリゾナに突っ込ませたいのか?」
《とにかく、お願い。潜望鏡を元に戻して、一度でいいから、覗いてみて下さい》
「ああ、電脳だか何だか知らないが、女の声で頼まれちゃうとな……」
善行はぐずぐずと潜望鏡を元通りにした。
それから覗いて、思わず叫んだ。
「な、何ですとー!」
そこには、戦艦アリゾナの代わりに、巨大なマリリン・モンローが、しかも全裸で横たわっているではないか。
右手で頭をささえ、右腹を下にして、横たわっている。
その肢体はまさに輝くばかり。
セクシーな顔をこっちに向けて、あの、半開きの唇で、妖しく微笑みかけてくるのだ。
美しい乳房はちゃぷちゃぷと波に洗われ、むっちりとエロティックな下腹部が、波間に見え隠れしている。
時折、そのたまらない左脚を、まっすぐに、ピンと伸ばしたまま、美容体操みたいに、L字型に上げる。
そして、なんと、こっちに向って手招きするではないか。
「うあ! 裸のモンローだ! 私を呼んでいる!」
ああ、これこそが、「電脳」A子が使命を果たす為に、作り出している、幻惑の世界なのだと、分かっちゃいるけど、たまらんたまらん。
「あー! A子。 気が変わった。私は突っ込むぞ! 誰が何ってったって、突入だ!」
《どお? オジさん。たまんないでしょ》
善行は潜望鏡にへばりついたまま叫んだ。
「全速前進!」
《あ・あ・私もたまんない! このパルスの刺激!》
善行はアクセルを踏み込む。
全裸のモンローが、どんどん大きくなってくる。
「突っ込めー!」
《あ・あ・あ・あ・興奮するわあ》
視野いっぱいに広がるモンローの肌の色。
そして、
──ドッカーン!