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第3段階 いよいよ特攻!

 回天の操縦席に入ると、映子が待っていた。

 先回りしたのだろう。今度は白衣を着ている。

「映子ちゃん。来てくれたのか。嬉しいよ」

 さっそく抱きしめたい善行であったのだが、ちょっと様子がちがう。

 待てよ? なんと、もう一人、口髭を生やしたメタボリック体形の、中年男がいるではないか。

 こちらも白衣を着ている。

 操縦席は狭いのだが、回りの壁が取り外してあった。

 だから映子とメタボ髭は、本来ならば壁の向こう側にいる事になる。

 二人とも、装置の最終点検に余念がない。

「中沢クンの知り合いの人なんだって?」

 と、計器をいじりながら、メタボ髭が言った。

「ええ。そうなんです。私がお願いした小野寺さんです」

 と言うと映子は、

「このヘルメット被って下さい」

 と、フルフェイスのヘルメットを差し出した。

「注射はしなくていいのかい?」

 と、善行は軽口を叩く。

「注射! 何故、その事を?」

 と言って、メタボ髭は映子の顔を凝視した。

「あ。博士、誤解しないで下さい。研究内容は誰にも喋ってません。もお! オジさん! 変な冗談、言わないで!」

 映子は怒っている。

「いやあ、なんかまずい事言っちゃったみたいで……ええ、まいったな。注射ってのは、単なるジョークですよ。私しゃ、まるっきりの門外漢でして。電子と電車の区別もつかん男ですから」

 と善行。

「そうですか。……実は、小野寺さん、でしたね。……半月前まではこの装置、実際に注射が必要だったんですよ。今になってみると笑っちゃいますけどね。何しろ脳の××の為の××効果を導き出すには、××因子を活性化しなければならず、その為には××受容体を、不活性化する事が必要でして、つまり、これは××現象の中の××が……」

 博士は何やら難しい説明をしているらしいのだが、善行に解る筈がない。

「博士、もう時間が……」

 と映子が助けてくれた。

 ほっとする善行である。

「そうか。とにかく、この中沢映子クンの開発した、アルファ・パルス選択式高速発信装置。つまり平たく言えば『感情高揚パルス発信機』のお陰で、注射も内服薬も不要となり、やっと実用化にこぎつける事が出来たのです。ああ、科学の進歩に栄光あれ。それじゃ」

 こう言って、外してあった回天の外装を、元の位置に取り付けていく。

「オジさん、万一気持ち悪くなったら、すぐ、ヘルメット脱いで下さい」

 と映子が言った。

 そして完全に外装が閉じられた。

 善行は回天の狭い操縦席に一人残された。

 ヘルメットにはヘッドホンも内蔵しているのだろう。かすかなメロディーが聞こえてくる。

 取り付けていった外装にはなんと、計器類の絵が描いてある。

 松本零士調のメカニックなタッチの、コントラストのくっきりした絵である。

 してみれば、このシュミレーション装置の要は、コクピットのほんの一部分と、このヘルメットなのだろう。

 何故ならコクピットの計器類もほとんど、絵に描いた物だからだ。

(笑っちゃいけないな。こんな物でも、映子達が一生懸命作った物なんだし、どうせニャンコロ・タウンのイベント用だろ? 擬似体験ったって、どうせ、たいしたもんじゃないさ)

 座席から弱い振動を感じる。

 何となく、肩の凝りがほぐれていくような気がする。

(最近ちょっとひどいな。やっぱり五十肩だろな。ああ、この装置、リラクゼイションには、わりかしいいじゃないか)

 座席の振動が強くなった。

 ゴトン・ゴトン・ゴトン・

 ボッシューン!

 ぐんと海中に飛び出した感じ。

《回天発射!》

 と、野太い男の声で、説明的インフォメーション。

 それと同時に、BGMのメロディーがだんだん鮮明になってきた。


 〜う〜さ〜ぎ〜お〜い〜し〜か〜の〜や〜ま〜


 タバコが吸いたいのだが、コクピットの上には大きく貼紙がしてあり、こう書いてある。

 ──絶対禁煙! 吸った人の煙は高性能センサーがキャッチして、すぐに守衛が駆けつけます。

 センサーらしき金属のバーが、天井から善行を睨んでいた。

(ちくしょーめ! 発射された回天に、守衛が駆けつけてくるなんて、そんな阿呆な話があるもんか!)

 仕方のない善行は、尻の振動を味わいながら、腕組みをして目を閉じる。

(しかし、あのメタボ髭がこの研究所のエライさんなんだよな。ありゃまだ四十そこそこじゃないか。とにかく、よかったよかった。あれがハンサムな上司だったら、映子ちゃんにしたって、ぐらぐらっと。……うん。やっぱり心配だもんな。はっはっは。おいおい、まったくこのオジンは! 自分の方がよっぽどメタボのくせに、よく言うよってか。しかし、あの劇団の団長も大活躍だったな。……みんな、一生懸命なんだよ。……そうだ。日本人だもんな。……日本人は元来が真面目なんだ。……何だか・私も・日本の・国の・為にってか? ありゃありゃ、私は一体どうしたの? って、潜望鏡・そうだ・覗く・潜望鏡・覗きたい・潜望鏡だ・覗かなきゃ・潜望鏡・潜望鏡が必要だ)

 善行の願いが通じたように、潜望鏡がするすると下りてきた。

 覗いて見ると戦艦アリゾナが見える。

 なんだか訳の分からない闘志がみなぎってくる。

 これこそ、映子の開発した『感情高揚パルス発信機』の威力なのだろう。

 潜望鏡にしがみつき、顔をくっつけながら善行は、戦艦アリゾナの、どてっ腹目指してアクセルを踏み込む。

 何故だか自動車のアクセルと同じ物なのだが、そんな事はこの際、どうでもいい事なのだ。

 日本の国の為に。地域社会の為に。家族の為に。愛する者達の為に。やってやるぜ。

 花と散ってやる。

 涙が溢れる。

 鼻水も出る。

 気合一発の善行である。

「や〜ると〜おもえば〜どこまで〜やるさ〜アリゾナめ! 絶対沈めてやる!」


 〜こ〜ぶ〜な〜つ〜り〜し〜か〜の〜か〜わ〜


「くそ! このエンドレスのBGM。邪魔くせえな! おい、メタボ髭、この曲どーにかなんないの? ちくしょーめ!」


 〜わ〜す〜れ〜が〜た〜き〜ふ〜る〜さ〜と〜


(あ〜あ、せっかくの気分が殺がれちまう。文部省唱歌の『ふるさと』か。こいつあイタダケナイな。誰だって、せめて好きな曲聴きながら死にたいよな。うん。そうに決まってる。くそっ。すっかり萎えちまった)

 思わずアクセルを緩めた不謹慎善行は、中腰となり、潜望鏡を回し始めていた。

(どうなってんのかな? なんだ、周りは海ばかりか。後ろは? お! イ号潜水艦の潜望鏡が見える。回天の特攻の成果を、確認してるってことだ。あれがなきゃ、つじつまが合わないもんな)

 そして善行は、どうせゲームだとばかり、潜望鏡を180度回転させて後ろに向けたまま、かかとでアクセルをふんだ。

(お! 後ろに進むよ。進んで行く。進行方向は潜望鏡に対応してるんだ。ま、追いつくわきゃないだろうが)

 回天はイ号潜水艦を追いかけ始めた。

 イ号潜水艦の潜望鏡が波頭を切って逃げて行く。

「うひょー。こりゃバグだよ。バグ発見ってか? イ号潜水艦を追い回す回天なんて、面白いじゃないか!」


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