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第2段階 ならず者との決闘

 ハッチを出ると、何故だか、大通りへの入口の広場へ出た。

 入口のアーチには「思い出横町」と書いてある。

 左右の店々の二階からは日章旗が突き出してあり、海軍旗や、中には鯉のぼりや吹き流しもあった。

 壁に描かれた背景の絵は、西岸良平の『三丁目の夕日』のようだ。

 歩いて行くと、タスキがけをした割烹着のおばちゃんが、袖を引いた。

「軍人さん、景気づけに一杯飲んでってよ。ウチのカフェで飲んでく特攻隊員は、みんな大手柄よ」

 タスキにはこう書いてある。

『パーマネント禁止』

 善行は、ふと、いたずら心を起こして、今出てきたばかりの壁の前に戻り、イ号潜水艦のハッチを開けてみた。

 艦長も乗組員達も、タバコを吹かしながらの雑談をやめて、呆気にとられた顔で善行を見た。

 艦長が口を開く。

「何か忘れ物ですか?」

「末期の煙草を一本くれないか?」

 と善行。

 艦長はマルボロライトを箱ごと差し出して言った。

「敵国産ですが、まだ十本以上残ってます。これをお持ちになって下さい」

 それから声を潜めて言った。

「オーデコロンの事はどうぞ内密に。今日はもう、シャワー浴びられないんで、仕方がないんですよ」

 善行は片目をつぶって見せる。

 ほっとした顔の艦長が言った。

「あっ、それから、うわっ大失敗! 忘れてたあ! 軍刀と拳銃を持ってって下さい」

 すかさず乗組員が奥の倉庫へ走って行った。

 さっそく軍刀とナンブ拳銃を持ってきた。

 善行は懐に拳銃をしまって、軍刀を手に、「思い出横町」へ戻って行く。

 晒しを細く裂いて巻き付けてある軍刀が、ずっしりと重く心地よい。

 そして、タスキのおばちゃんに導かれて『歓迎! 特攻隊』と垂れ幕の出ているカフェに入って行った。

 カフェの中は、テーブルと椅子という具合に、洋風の内装なのだが、女給達は皆、着物にエプロン姿であった。

(任侠映画で見た、昔の横浜の洋風女郎屋みたいだな。あの映画を見て作ったのかもな)

 蓄音機からはキイキイと、SP版の音が流れる。

 善行の知らない歌謡曲だ。

 昭和初期の物なのだろう。

 女給の一人がやってきて言った。

「どお? オジさん、この恰好似合う?」

 なんと、映子じゃないか。

「あれ? どうして映子ちゃんが? 君は『電脳開発室』じゃないのか?」

「女の子の一人が急に休んじゃって、代理で引っ張り出されたの。だけど、オジさん、軍服はともかく、そのハチマキは爆笑しそう」

 映子の目がまんまるになっている。

「そりゃそうだ。なんせ、オジンの特攻隊だもんな」

 それにしても映子の着物姿は、やけに色っぽいのなんの。

 もう、「モニター」の約束なんかどうでもよくなってくる。

 そうそう。このイベントはまだ、リハーサル中と言ったところなのだ。

 だから此処はまだ、都心にある「ニャンコロ・タウン」じゃなくって、郊外の「ドリーム社」の敷地内だ。

 勿論、敷地内にはドリーム社の「人工知能研究所」があり、「電脳開発室」はその一部門との事である。

 ともあれ、女給姿の映子の酌で酒を飲んでいると、善行はムラムラしてきた。

 何しろ映子は、縁あって現在、付き合っているのだが、自分でも信じられない程の、奇跡のガールフレンドなのだ。

 まさに、棚からボタモチ的に、偶然知り合ったのだが、若くて、美しく聡明な映子に、もうメロメロなのだ。(超電導美那子Y・復活編・おせっかい)参照。

 明確な規定こそできないが、年の差を考えると、やはり一種の、愛人と呼ぶしかない関係なのである。

 何でも命名してしまう事が趣味の、不謹慎男の善行は、こっそり、「失禁美女」と名付けていた。

 まあこれは、セックスの際の映子の体質に由来するのだが。(超電導美那子Y・復活編・失禁美女)参照。

(これからは「天才失禁美女」と呼ぶべきだろうな)

 と、相変わらず不謹慎な男である。

 ともあれ、無性に桃色ごっこを繰り広げたくなってしまった。

 善行の声が上ずってきた。

「映子ちゃん、一緒に抜け出せないか? モニターは次の機会という事にして」

 笑いながら映子が言う。

「あら、駄目よ、オジさん。これから次のお芝居が始まるのよ」

「へ? 次の芝居?」

「うん。ヒロイックな感情を盛り上げる為なの」

 その時であった。

 着流しの男達が店内に、づかづかと入ってきた。

 兄貴分と思われる、片頬にザックリと大きな傷のある男が言った。

「おいアケミ! 親分がおまちかねだ。さっさと一緒にきやがれ!」

 映子が下手くそなセリフを言う。

「嫌よ。借金はもう返し終わった筈よ」

 頬傷は凄む。

「バカヤロウ! 利息ってもんがあるんだぜ!」

 例のフレグランスの香りが漂ってきた。

 やはり。

 頬傷は艦長であった。

「おう! 特攻隊だかなんだか知らねえが、この娘、連れてくぜ」

 と言うなり、映子の腕をつかむ。

 振り払った映子が、善行に抱き着いてきた。

「きゃあ、軍人さん、助けて」

「おっ嬉しい展開だな」

 と善行は映子の肩を抱くのだが、その手はムズムズと動き回り、背中や脇腹を撫でさすっている。

 貼り付けたシールである頬傷を歪めて言った。

「おう! 軍人さんよ、邪魔だてすんのか。いい度胸だぜ」

 映子が小声で言う。

「もお! オジさんのエッチ! 今度は、お店の外へ出るのよ」

 善行は大見えを切って言った。

「おい艦長! じゃなかったヤクザ! 外へ出ろ! ここじゃ皆さんにご迷惑だ」

「にゃにおー!」

「この野郎」

「いい恰好しやがって!」

「てめ、ぶっ殺してやる!」

 着流しどもが口々に凄んだ。

 大通りへ出ると頬傷がドスを抜いた。

「へっへっへ軍人さんよ、腕にゃちょっとばかし自信があるらしいな。だが俺だって、こんなチンケなドスで、その軍刀と渡り合う程、馬鹿じゃねえんだぜ」

 こう言うなり、ドスをカランと棄て、懐から拳銃を抜いた。

「俺の本当の得物はこのルガーって事よ。おう、観念しな!」

 善行も懐からナンブ拳銃を抜く。

 頬傷の芝居は続く。

「くそ! てめえも持ってやがったのか! こうなったら決闘だ。やってやろうじゃねえか」

 と言いながらも頬傷の目線は、善行のナンブ拳銃の、火薬の装填状態を確認している。

 ちょっとウププな展開だが、背中合わせに立ち、ゆっくり5歩歩いた所で、振り向いて撃ち合う事にした。

「軍人さん頑張って」

「ヤクザをやっつけて」

「頼むぞ」

「落ち着いて」

「負けないで」

 ギャラリーが口々に叫ぶ。

 押さえ気味の映子の声も聞こえた。

「オジさん、後でね。……頑張って」

 1・2・3・4・5。

 振り向き様に撃った。

「バアーン」

「ダアーン」

 ルガーとナンブが同時に火を噴いた。

 火薬の匂いがする。

「ぐふう! ぐほっぐほっ」

 頬傷は、口からトマトジュースをほとばしらせて、どおっと倒れた。

 熱演だ。

 ギャラリーの拍手が沸き上起こる。

 ――パチパチパチパチ〜

「ヤッター」

「偉いぞ軍人さん」

「ざまあみろ」

「悪党め!」

 歓声の中、兄貴分を戸板に乗せて、運び去る子分共の中の一人が言った。

「アニキ、しっかりしてくだせい。軍人さんが、急所を外してくれなすった」

 戸板の上で頬傷が、臭いセリフを叫んだ。

「軍人さんにゃ負けたぜ! おめえは本物の男だぜ。日本の国を頼むぜ」

 あまりにもチープで、あざとい演出に、開いた口の塞がらない善行なのだが、

(とりあえず主人公に、殺人は犯させないって訳だ)

 と、納得するしかない。

 ワイワイと、ギャラリーに囃し立てられながら誘導されて、「思い出横町」を通り抜けると、突き当たりは、間仕切りで塞がれた壁になっていて、行き止まりであった。

 そして、壁には扉があり、またしても『回天への扉』と書いたプレートが貼りつけてあった。

 ギャラリーの「万歳」の声に送られて、善行は『回天への扉』を開けた。


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