「一撃必殺」のハチマキ
施設の入口にある警備員の常駐ブースのガラス越しに、映子に渡されたカードを見せると、すぐ近くの、体育館のように大きな倉庫へと案内された。
警備員は非常口を開けると、善行を残し、ブースへ戻って行った。
さっそく非常口から入っていくと、そこは、2メートル程の高さの間仕切りで囲まれた小部屋になっていた。
艶ややな緑色のコンクリート床の上に、L字フレームのスチール棚が数列、整然と並んでいるだけの殺風景な空間だ。
棚の上には衣裳や道具類が、ちょぼちょぼと並べられているだけだ。
衣裳とは、旧日本海軍の軍服であり、道具類とは、日本刀と拳銃の事だ。勿論、モデル刀とモデルガンに違いない。
部屋の隅には、小机の上に設置されたパソコンに向かっている、眼鏡顔の若い男がいた。
立ち上がって善行からカードを受け取ると、パスポートチェックのような顔をして確認している。
それから、棚の上に並べられた軍服のサイズを選びながら言った。
「モニターの小野寺善行さんですね。『電脳開発室』からのご紹介ですね。本日はお忙しいところ、ご苦労様です」
私鉄全立線沿線の、「国立電マ大学」の学生である中沢映子は、最近通っているアルバイト先の「ドリーム社」が開発した、「擬似体験システム」のモニターになってほしい。
と善行に頼んだのだった。
この「擬似体験システム」は、都内のアミュージメント施設である「ニャンコロ・タウン」が、八月に行う予定の「終戦記念フェア」のイベント用のもので、
『鳴呼・こうして男達は散った・人間魚雷・回天』
こんなタイトルがつけられていた。
3段階のシナリオで構成されている。
――第1段階。特攻隊員となって潜水艦の中で敵艦を発見。
艦長や乗組員と水サカズキの別れ。
そして、回天へのハッチを開ける。
――第2段階。回天へ乗り込むと思いきや、その前に「思い出横町」なる飲食街を通る。
つまり、ここで飲食をする。
――第3段階。いよいよ人間魚雷回天に乗り込む。
回天の操縦席に座って、ドリーム社が開発した電脳シュミレーション装置により、特攻の擬似体験をする。
というものだった。
映子は言った。
「このイベントが成功したら、『電脳開発室』のメンバーにもボーナスが出るんですって。私にもよ」
善行が尋ねる。
「へえ。電脳って? もしかして、映子ちゃんが作ったの?」
照れ臭そうに映子が答えた。
「うん、この電脳システムの中の、感情高揚パルス発信機は、私の設計なの」
善行は今更ながら、映子の優秀さに舌を巻く。
「へえ、凄いな。流石は国立電マ大だ! いよっ映子ちゃん、やっぱり天才」
「オジさん、恥ずかしいから変な褒め方しないで。うふふふ」
と、照れ笑いの映子なのだが、嬉しそうだった。
「ボーナスって、いったい、いくらくらいなの?」
と、尋ねると、
「うん。百万円って聞いたよ。せっかく完成させたんだもの、イベント、成功してほしいなあ」
と、答えた。
ぶったまげる善行であった。
更に映子が言う。
「ボーナス出たら、オジさんにも、何かプレゼントしたいな。リクエストありますか?」
さっそく善行。
「そりゃやっぱり、NASAが開発した『最高級ST棒』でしょう」
(超電導美那子Y・復活編・アクメである)参照。
映子が赤くなった。
「あーん! もお、馬鹿馬鹿馬鹿あ」
映子のこの顔が、たまらない善行なのだ。
それから映子は、真面目な顔をして言った。
「あのね、1段階と2段階のお芝居での感情移入が大きい程、第3段階での電脳擬似体験の効き目が強いのよ。だから、オジさん、お芝居、よくチェックして、後で感想聞かしてね」
「成る程、前戯が丁寧な程、本番では深く感じるって訳だな」
「もお。オジさんったら! ……でも、理屈はその通りかも」
と、映子は妖しく睨んでから、言ったのだった。
「よーし! 映子ちゃんのボーナスの為にも、厳しくチェックしなくっちゃな」
と張り切って、此処へ来た次第であった。
「どうです? 帝国海軍の軍服。大鏡でごらんになって下さい。とてもお似合いじゃないですか」
と、眼鏡の男はお世辞を言う。
大鏡には、特攻隊員の海軍少尉となった善行が映っていた。
「ちょっとこりゃ、とうが立ちすぎてて、気持ち悪くないかい?」
善行は笑いながら「一撃必殺」と書いてあるハチマキを、キリリと締めた。
眼鏡の男は、おそらく考え抜いた末の言葉なのだろう、
「それでは小野寺少尉、ご武運を」
こう言ってドアを開けた。
「さて次のドアか。ここまでは『注文の多い料理店』みたいだな」