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第九話 夏樹、頼られる女になりたい。

 私は思った。

 頼れる女になりたいと。



 「それは、私も思っていました」


 陽菜ちゃんは、あっさりとした反応だった。


「そうですね。確かに、頼られるとはいえ、少々出しゃばり気味だったかもしれません」


 頼られるの部分をやけに強調して、陽菜ちゃんは移動教室の準備を整える。


「そうですか。つまり」

「うん。相馬くんに頼られる女の子になりたい。だから、私を育てて欲しいの。花嫁修業!」

「それは、少し違う気がしますけど……」


 違うかは知らないけど、でもまぁ、良いや。考えるのめんどくさい。私が今重要だと思うのは、相馬くんにとって、頼れる女の子になる事だから。

 そう、人という字は、人と人が支え合ってできている。なんて、言われているくらいだし。あの歪で不安定な成り立ちをしている相馬くんと一緒にいるなら、頼り合える関係が、最適解だと思うし。


「じゃあ、まずは、考え方を教えて欲しいな」

「はぁ。では、パジャマパーティーしましょうか、今日は」


 あっ、ラッキー。陽菜ちゃんとのイチャイチャデーだ、今日は。




 「私も人ですからね」

「うん」


 陽菜ちゃんは、コーラの入ったグラスを一気にあおり。私に差し出す。注ぎ足すと、今度は唇を湿らせるように飲む。


「相馬君の事、未だにどうして好きになったのか、わからないのですよ」

「はぁ」


 家に帰って来てすぐ、一階で待っていたら、両手に買い物袋を抱えて陽菜ちゃんが現れた。

 家に上がると、料理するのかな、それとも私が作ろうかなと思っていたら、台所に直行。小さめなパーティーが開けそうな量の料理が出てきた。

 夏なのに、台所に立つのがそこまで苦ではないみたいだ。流石メイドさん。


「人馴れしていなかったのだろうなって今なら思います」

「うん。お互い、そう見えたよ」

「メイドとして、相馬君には、不満はあります! 奉仕させろと」


 さりげなく、陽菜ちゃんの飲み物の匂いを嗅ぐ。普通のコーラだ。お酒は混じっていない。


「そもそも、彼、本当、頼れるようになっただけ成長なんですよ」

「うん」

「今までなら、熱出したことも黙って……あれ? 今回も、私に指摘されるまで黙っていたような……いえ、倒れる時も気合いで粘ってそのまま無理して帰ろうとする人だから、私にあとは頼むとか言わないですね」

「そうだね」


 陽菜ちゃんは、自分に言い聞かせるように、頷きながらそう言う。


「あぁ、乃安さんもここに呼びたかったです。彼との恋人時代、何を思ったのか、ここで洗いざらいぶちまけさせたかったです」

「あはは、あは」


 苦労したの、かな……?


「なので、修行するのは良いですが、彼自身の成長も気長に待って欲しいなとも思います。えぇ、本当、あの、甲斐性無しは……あれでもこんな女の子は中々現れないとちゃんとわかっているから腹立つ。自分にはもったいないとか考えていそうだからなおさら……」


 毒多めな陽菜ちゃんはサラミを口に放り込んでレモン炭酸水をぐびっといく。お酒強そうだなぁと思ってしまう。


「なんで、夏樹さんは相馬くんの事が好きになったのですか?」

「なんでかなぁ」 


 そもそも。好きになる事に理由なんて無いだろう。好きは好きだし、きっかけなんて、これと言ってある人の方が少ないだろう。


「でもね、私、最初は恋でもなんでもなかったんだよ」

「それは、いつの話ですか?」

「陽菜ちゃんに宣戦布告した時」


 おぉ、陽菜ちゃんがとても驚いてくれている。嬉しい。手に持っていたバタピーをポロリと落としたことにも気づいていない。


「あの日から、私の女磨きは加速しました。誰も気づいてはくれなかったのですけど……」

「そりゃあ、陽菜ちゃん、見た目少女の中に女感じるもん」

「見た目少女言わないでください!」


 よしよしと頭を撫でると噛み付いてきそうな雰囲気を放ってくる。

 はあ、可愛いなぁ。


「中身おっさんの夏樹さんに言われると、何となく説得力が増すのも嫌な話ですね」

「中身おっさん……相馬くんにも言われた……」

「デリカシー無いですね。あの人。それは慣れでどうにかしてください」


 あはは、陽菜ちゃん、慣れちゃったんだ。慣れちゃうくらい言われたんだ。


「本当、相馬君という人は……心配するこっちの身にもなってください見送るのも辛いのですからね本当乃安さんが羨ましいです多少は自由に動けてついてくるなと言われたらついて行けない私の立場も考えて欲しいです命令なんてそんな時くらいしかしてくれないし女の子ばかりと仲良くなってもっとクラスの男子と関わってくるなりして人間関係の経験をもっと磨いて欲しいです」


 早口で息を継ぐことなく一気にまくしたてる。


「溜まっているんだね」

「はい」


 普段の陽菜ちゃんから想像もつかない。その様子。

 でもそれでも彼女は。


「好きなの?」

「はい」


 はっきりと頷けるんだ。

 結局、嫌な所も含めて、彼女は彼を好きになれる。だから、一番手強い。いつ相馬くんがふらふら~と陽菜ちゃんの所に行っても、私は納得できなくても、予想はできた事だと言える。


「最初は、優しくされ慣れていなくて、優しくされて、それで、ふら~っと好きになって、それがどんどん深くなる」

「育った気持ちは中々無くならない」

「気がつけば駄目な所も愛おしくなって」

「弱い所を見れば守りたくなる」

「放っておけないと思い思われ」

「結局持ちつ持たれつ支え合い」

「そんな日々の中で気持ちを真っ直ぐ向けられては」

「好きになっちゃうよね?」


 無意識にグラスをぶつけ合った。その時に飲んだのはただの水だけど、でも、どうしてか美味しかった。




 一つの布団に二人で横になる。


「なんで、相馬君は陽菜ちゃんに手を出さなかったのか」

「あの人はヘタレなので」

 即答された。もう少し議論したかったけど。

「多分、それで正解なのかな」


 暗闇でも、見つめられているのがわかる。

 抱き寄せて、そのままギュッと抱きしめると。優しい気分になった。良い匂いがした。金木犀の匂いだ。どうしてか、相馬くんが頭に浮かんだ。

 夏の夜、秋の香り。夏の終わり、秋の始まり。


「夏樹さん、暑いです。まだ残暑厳しいのになんで密着するのですか? 私は床でも良いと言ったはずです。というか、床で寝させてください。暑いです」

「だめ」


 胸の中で、陽菜ちゃんがため息を吐いたのに気づいた。だから、さらに力を強める。


「あの、痛いです」

「柔らかいでしょ~」

「なっ……!」

「うひゃー、やめてー」


 十分後、無駄に暴れて汗だくになり、シャワーを浴びる私たちの姿があった。防音性の高いマンションで良かった。ベッドの上で良かった。

 



 「どうしても一緒に寝るのですか?」

「うん。相馬くんは、陽菜ちゃんを抱きしめて寝るとものすごく落ち着くって」

「あの人、彼女に何を言っているのですか……今はしていませんけど、浮気を疑われても文句言えませんよ」

「本当、妬いちゃうよ」


 そんな存在に、彼を安心させられる存在になりたい。だから、こうして陽菜ちゃんに学ぼうと思ったんだ。


「夏樹さん。夏樹さんに私はなれませんし、私に夏樹さんはなれません。だから、あなたはあなたでいて欲しいです。別に、頼られる立場を奪われたくないわけではありません。ただ、彼にとって、夏樹さんが必要になる時が絶対に来ます。だから、焦る必要は無いですよ」


 陽菜ちゃんは、そう言って、もぞもぞと私から抜け出すと、そのまま目を閉じた。

 流石に、しつこいと思ったので抱き着きはしなかった。私も目を閉じた。

 朝になって、私は陽菜ちゃんの腕の中にいた。なんでかスッキリ目覚められた。 







 



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