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第六話 夏樹、望みます。

 「青くせぇ」


 山道の中、僕は、茂みの中に、気配を消して隠れる。


「仕方ないですよ。相馬君。さて、早々に驚かせて、早く帰りましょう」

「そんな事ができる仕事じゃないんだよなぁ」


 陽菜の寝ぼけたたわごとを流しながら、無線による通信を待つ。まぁ、入念に下準備したから、会長には無断でだけど。大丈夫だ。多分。


「相馬くん、一組目、出発したよ」

「おーけー。よし、じゃあ、打ち合わせ通りに頼む」


 人数分の了解を聞き流して。後は、陽菜とその時を待つ。驚かせる側の陽菜がガタガタ震えているのが気になるが。まぁ、良いや。仕事はするだろう。陽菜なら。

 来た、一グループ目だ。

 会長の計画なら、ここで驚かせるつもりだが、ここは何もしない。目で陽菜に合図して、わざと足音を潜めて移動する。

 気配は完全に消して無いから、わかる人は、何かがいる事だけはわかる。グループの誰かが足を止めさせすれば、それで良い。

 僕は少しだけ先回り、そして、一組目を待つ。

 夜の闇に紛れて、木の上でじっと息を潜める。気分は、父さんとやった夜の山の闇の中での鬼ごっこだ。

そして、一グループ目のすぐ後ろに、ひっそりと飛び降りる。その時、仮面をつける事は忘れない。般若面だ。本当は和服を用意したかったけど、諦めた。虫に刺されたくない。

 一番後ろの人の肩を叩く。


「えっ?」


 僕は無言で、そこに佇む。そして、鎌を振り上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 一番後ろの人の悲鳴に合わせて、残りの班員も大混乱。山道を駆けて行く。すっころんでもすぐに立ち上がり、猛ダッシュだ。


「さて、急いで戻らないと。陽菜がこっちに移動してきてしまう」


 これを陽菜と交代交代で繰り返すのだ。身体能力的に僕らがこれを担当する。会長の計画では普通に驚かせるだけだったけど。勝手にこうした。受け付け係を希望していた陽菜を、勝手に連れてきて。鬼畜とでも言うが良い。

 怪我人だけは出ないことを祈る。



 「お疲れ様です。あと一班、入口で渋っているそうですよ」

「そうなんだ」


 あまりに遅いからトランシーバーで確認したのだろう。

 茂みの奥で二人で、じっと息を潜める。


「陽菜、もう怖く無いの?」

「……全く怖くありません」

「今の間は?」

「怖くないです」

「嘘だな」

「嘘ではないです」

「嘘ではないというのは?」


 陽菜は、暗闇の中でもわかるくらい、澄んだ目でこちらを見る。


「ただの強がりです」


 いつだったかも、同じ答えを聞いた気がした。気のせいだろうか? いや、違うか。

 まぁ、強がりなら、嘘とはまた違うか。そんな納得も、した覚えがある。


「どうしますか? 最後の班は」

「良いや。普通の驚かせ方にしよう。出発を渋るくらいの子に、本気は可哀そうだ」

「そうですか。では、私は戻りますね」

「一人で大丈夫?」

「子どもじゃないのですから」


 夏樹のところまで戻れば大丈夫だろうし。陽菜なら道中万が一も無いだろう。だから、送り出すことにした。うん。大丈夫だろう。

 しかも、この道、ちゃんと人が通る道だから、結構安全だ。




 本当に何もハプニングは起きなかった。つまらない。

 泣いている子もいたけど、まぁ、怪我とかも無かったみたいだし、成功ということで良いだろう。


「お疲れ、会長」

「あぁ」


 会長は、髪をかき上げて、こちらを流し見る。


「お前、また随分勝手な真似をしてくれたな」

「結果的には成功だろ」

「そうだな。本当に。お前は有能だ。有能過ぎて、いや、これはただの嫉妬か」


 会長は、奥底から、黒く、鈍く、にじみ出るような声で呟くように。


「俺は、正しいのか」


 そう呟いた。


「お前が正しいと思うなら、そうだろ」


 答えを求めてないのはすぐにわかったけど、でも、そう答えざるおえなかった。


「だが、真に正義を決めるのは、民衆であり、その正義を執行するのはまた民衆の代表だ。俺一人の正義では、なんの意味も無い」

「珍しく、弱気だな」

「あぁ。お前に教えられたからな」


 会長は、仇敵を見るような、そんな目だった。


「お前は、正しいよ。本当に」

「正しさなんて、人それぞれだ」

「あぁ、そしてその正しさも、一方的に振りかざせば、ただの悪だ」


 握り拳を握りしめ、会長は部屋に戻って行く、今日はこれで終わりだ。この合宿における息抜きだ。

 そんな中、一人、息が詰まりそうな殻に籠っている男だ。彼は。

 自分の正しさを貫こうと、走ろうとしている男だ。そんな男が、道を見失った。それもまた、必要だろう。彼が再び道を見つければ、今度は真っ直ぐに走れるはずだから。僕はそう信じている。

 僕は約束した。高校にいる間は手伝うと。だから、僕は、あいつを自分の道に叩き込む。何なよなよ迷っているんじゃい、ってな。

 でも今は。


「さーて。夏樹はどこかな」


 ご意見番から、片付けの指示を伺わなければ。あっ、僕はご意見番って呼んじゃいけないんだっけ? まぁ良いや。




 「そ~う~ま~く~ん~」

「何、相撲の審判? 行司って言うんだっけ? 僕いつから力士になったのさ」

「知らないよ!」


 夏樹は、怒っていた?


「いや、疑問形で言われても」

「地の文読むな」


 夏樹はプイっとそっぽ向いた。


「私、相馬くんに負けた。恐怖に負けて泣いている人数、相馬くんが驚かせ方を考えた方が多かった。ちぇ、さらっと勝たれたら悔しがり方もわからないや」


「はぁ」


 いや、よくわからん。


「まぁ、場所違うし。夏樹がこの場所を踏まえてしっかり考えたら僕より怖いもの作れただろうし」

「……ちっがーう! そうじゃない。私が欲しいのは。『ごめんよ、夏樹。ほら、ハグするから』だよ」

「似合わねー」


 なにそれ、僕のキャラじゃない。


「はぁ、しゃあないなぁ」


 夏樹を木に押し付けてキスした。こっそりと、周りの気配を探りながら。夜の山。生徒会はお化け屋敷の片付けとして、外にいる。

 別に片づけるものがそこまであるわけじゃないけど。深い事は考えない。今は目の前の女の子の事だけを考えていたい。


「ねぇ、この合宿の時、全然二人きり慣れていなかったね、そういえば」

「そうだけどさ」

「それに、相馬くん、今、会長の事、気にしているでしょ」

「そうだね」


 夏樹は、からかうように、楽しそうに笑う。


「でも、今は、私と色々したいこと、あるでしょ?」

「そうだよ」


 背伸びをして、夏樹は優しく、唇で噛むように、啄むように唇を合わせる。


「でも、いざという時に、相馬くんは決まって陽菜ちゃんにお願いするよね?」

「否定はしない」

「私、頼りないかな?」


 その質問は、どう答えるのが正解なのか。さっぱりだ。

 暗闇の中で、僕らの体はぴたりとくっついて、段々体が邪魔になって来た。もっと、全身で彼女を感じたい。そう強く、思った。


「大好き」

「大好き」


 だから、言葉に乗せて、心を通わせようとして、でも、足りなかった。全然足りない。

 あぁ、全く。僕も変わってしまったなぁ。今までの僕なら、もっと平然としてられたのに、本気で好きになれてからというもの、こんなのばかりだ。馬鹿になったのかな? 

 



 連れ立って戻ると、丁度僕らの班のお風呂の時間だった。だからさっさと汗とか青臭さとか流してしまう。温泉に身を沈めれば、体の細胞という細胞が新しくなっていく、そんな気がした。

 湯から上がって、恒例、自販機アイス。やっぱり夏はフルーツ系アイスが美味しいと思います。コーヒー牛乳自販機とか、無いのかなと思いながら、葡萄のアイスをぺろぺろ舐める。


「はい、ドーン。夏樹だよ!」

「さっき振り」

「うん。さっき振り」


 横から顔を寄せて、僕のアイスを夏樹も舐め始める。


「うん、美味しいね」

「そう」

「頑張ってね。会長の事、わかってあげるの、相馬くんだから」

「無茶言うな」

「でも、やるんでしょう?」

「そりゃ、やるけどさ」


 難しすぎて、正直投げたい。

 意味ありげに笑って、夏樹は部屋に戻って行く。

 頼っても良いよ、という事なのかな……?




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