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第三話 夏樹、もっと甘やかします。

 目が覚めたら家だった。

 服は着替えさせられていた。気にしたら負け。


「どうやってここまで来たんだ……」


 おでこには冷えピタが貼られ、さらに冷やしたタオルが乗せられている。

 まだ体に怠さが残っている。


「……トイレ」


 体を引きずるように廊下に出ると、ちょうど鉢合わせるように夏樹が扉の前に立っていた。


「……おぉ、生きてる」

「勝手に殺すな」


 用を済ませて部屋に戻ると、夏樹が盆を持って入って来た。


「はい、ベッドに寝て」

「うん」

「摩り下ろしたリンゴを持って来たよ。乃安ちゃんが今、お粥作ってるから」

「うん、ありがとう」


 スプーンで掬って、差し出してくれたリンゴを、僕は素直に食べた。リンゴの瑞々しい甘さと酸味が口に広がった。摩り下ろされて飲み込みやすい。

 お椀に入ったものが食べ終わる頃に、階段を昇る音とともに、乃安が現れた。


「お粥、持って来ましたよ」

「ありがとう」

「では、夏樹先輩。食べ終わったら持ってきてもらっても良いですか?」

「任せて」


 ふと、考えた。


「はい、夏樹。あーん」

「んー? あーん。……あっ、美味美味。塩加減も絶妙」


 ……もう一口差し出す。


「ありがとう」


 ……口をもぐもぐさせて、幸せそうに笑顔を作る様子は、物凄く可愛い。餌付けしたくなる。

 もう一口、差し出す。


「……駄目だよ。後は相馬くんの分」

「今一瞬迷ったよね?」

「……何のことかな? 私は、迷ってなんかいない。さぁ、そのれんげを渡しなさい」

「はいはい」

「絶対信じてない!」


 大人しく食べる。既に目の前には夏樹がワクワクした顔でもう一口分差し出している。


「わんこがゆかよ」

「どんどんいこー」


 楽しそうに容赦の欠片も無く、お粥が目の前に差し出される。一応病人なのだが。でも、少し怠いだけで、あとは良くなっていて、頭も回る。


「うふふふ」


 そして、時たま出てくる、夏樹の不気味な笑い声。


「実は、夏樹の中身おっさん説が僕の中で、むぐっ!」

「うーん? 何か言ったかな? 聞こえなかったなぁ」


 口にれんげが突っ込まれた。きっちりとまだ熱いお粥が舌の上に降ろされ、しばしの地獄、やばっ、あつ!


「は、はふっ。陽菜と負けず劣らずの事してくれるね」

「ほめてる? それ」

「ほめてる……のかな?」

「私に聞かれても」


 なんだろう、この、間合いを測り合ってるような感覚。そう、それに似ている。飛び込むタイミングを伺っているもどかしさ。

 夏樹は何かを待っている、そんな気がした。

 最近思う、僕の考え、読まれすぎじゃね? と。


「なぁ、夏樹」

「はいはい」

「学校で署名って集められたっけ?」

「まぁ、できるよ。それが?」

「いや、先生方に署名集めて提出するってどうかなって。会長のやり方よりずっと好感持てると思うんだ」


 頭がぼんやりした状態で考えた案だが、口に出して見ると意外とすんなりと受け入れられそうな、悪くない提案だと思えてきた。


「それよりもね、相馬君が心配すべきは、蹴破った扉だと思うんだ?」

「あっ、そういえば、僕、どうやってここまで?」

「んー、どうやってだと思う?」

「え、三人で担いで?」

「いえいえ、私のパパだよ。今日、たまたま休みだったから」

「そ、それは、お世話になりました」


 今気づいた。夏樹はもう制服ではなく、おしゃれな、大人っぽい雰囲気を漂わせるロングスカートの普段着になっていた。


「ちなみに、扉は、桐野君、直してくれました」

「えっ? まじ?」

「なんか手慣れてた。中学生の時以来だとか言ってたよ」

「はぁ」


 ありがたい。本当。助けられたとは、ここまで。考えなしの行動は本当に、駄目だね。





 「そんなわけで、二人にも手伝って欲しいんだよ」

「わかりました。恐らく、賛成多数だと思うので、特に心配はしていませんが」

「三年生の話なので、二年生は、……でも、来年無くなるかもしれないという危機感から、集まるとは思いますけど」

「他学年まで行っちゃう?」


 そこまで大規模に、でも、学校全体となると無視もできないか……。不当な退学させられたら、ってそこまで深く考えなくても良いか。

 変な高揚感を感じる。なんで作戦を考えるだけでこんなにワクワクするんだ?


「とりあえず、何枚必要かな?」

「名前を書く枠一枚二十枠、一クラス二枚程度ですね。各学年七クラスなので、恐らく、枚数はそこまでかかりません」

「だね」


 しかし、会長はどこからその提案が出される情報を手に入れたんだ……? 会長なら盗聴器の一つや二つ用意してそうだけど。

 まぁ、世の中知らない方が良い事もあるか。


「明日は土曜日ですが、夏樹さん、どうしますか?」

「そろそろお父さん迎えに来るから、帰らなきゃ」

「そうですか。では、お気をつけて」

「うん。相馬くんは早く寝ること、OK?」

「OK」


 移さないように気をつけているから、そこまで近くでは喋っていないし。夏樹も陽菜も乃安もマスクをつけている。三人がマスクを付けて並んでいる様子は、とても面白い。

 外で車が止まる音がした。僕の家の前で止まる車は、とても少ない。


「それじゃ、またね? 明日来るかも?」

「お待ちしております」

 






 「……ふむ」


 よく考えれば。会長は演出が好きな人だ。署名って、地味か。えっ、地味? これ地味?

 生徒全員もれなく署名してくれた。それを、会長に持って行く。


「これは、作戦の下固め、武器の用意と考えてくれれば、どうぞ」

「うむ……」


 会長は、どこか微妙な表情している。


「どうしたよ、会長」

「いや、何でも無い。そうか」


 会長は、どこか元気が無い。萎れた植物を彷彿させる、そんな雰囲気だ。


「そうか、手伝ってくれるのか」

「いや、会長のやっていのやる事は正しいのか、確かめただけだよ」

「そうか」


 実際、これで全然集まらなかったら、僕は会長を放っておいただろう。しかし、こうして生徒たちの総意が取れてしまった以上、やらねばならない。


「というわけで、武器が用意できたので、突撃でもなんでもしてください」

「良いだろう。そこまで言うのであれば、正義は我々にある!」


 よし、エンジンがかかってきた。煽り方は大事だぞ。会長みたいな人には。

 会長は生徒会室を飛び出していく。基本的に会長は、大事な局面は自分から飛び出していく。自分を一番信用しているから、大事な部分は自分でやりたいのだろう。

 さて、あとは待つだけで良いな。


「相馬くん」

「んー?」


 顔を固定して、舌をねじ込んで、そのまま体ごと密着して。二人しかいない生徒会室。学校で僕らは何をやっているんだと思うけど、でも、何でかやめられなかった。

 足音が聞こえる度、一緒に静かにするのも何だか面白くて。段々頭がボーっとしてくる。


「いけないことしてるね」

「そうだね」

「でも、良いかな。楽しいや」


 そして、椅子に座る僕に、馬乗りになって、また密着する。柔らかくて、良い匂いだ。ただの柔軟剤の匂いの筈なのに、どうしてぼーっとしてしまうのだろう。




 「入れません」


 直感でわかる。今、入ったら絶対に気まずい事になると。


「朝野の直感は恐らく間違いない。布良は恐らく、欲求不満だ」

「ですよね」

「ふむ、帰ろう。鍵は基本布良が管理しているから、大丈夫だ。二人の事が済んだらお前から報告してくれ」

「はい」


 さて、どこで待ちますか。乃安さんがいないと、暇です。とりあえず。図書室で本でも読んで待ちますか。恐らく連絡くれるでしょうし。


「何だか、変なポジションですね。私」



 陽菜に連絡したところ、図書室にいることがわかった。合流した時、どこか呆れられたような視線を感じたのは、気のせいだと思いたい。思いたい!




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