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第二話 夏樹、甘やかします。

 午後の授業は頑張って受けよう。

 その決意をして、僕は机に座る。もちろん、夏樹へ謝る事も考える。「ごめんなさい、わかりません」とはあまりなりたくない。だが、このままでは、「相馬くんは成長しないね」となりそうではある。それは是非とも勘弁したい。

 これが葛藤という奴か。なるべく自分の力でどうにかしたいけど、でも、早く解決したい。もどかしい。

 夏樹は、何で怒っているんだ。でも、滅茶苦茶怒っているという感じはしない。この、微妙な怒りは、何が原因なんだ。

 数学の授業。先生から出された問題も、本調子ではない僕の脳みそは考えることを拒否している。無理矢理考えれば、すぐに解き方の道筋が見えて、公式に当てはめるための数字を導き出す。


「ふぅ」


 でも、流石に、頭が痛い。これは、きつい。

 明らかに暑さによるものじゃない汗が出てくる。

 正直言って、ヤバいと思う。ここに来て悪化するとは。どこか寒気も感じる。でも、粘る。根性だ。そう、どんな時も、根性だけは、僕を裏切る事は無かった。今こそ、陽菜を連れ戻すために結城さんに立ち向かった、あの時の根性を。

 隣の席の夏樹の視線を感じた。シャーペンを走らせる音だけが聞こえる教室。

 息を吸って、吐く。意識が遠のいていく気がする。しがみつくように僕は目を無理矢理開けるけど、でも、苦しくなってくる。

 ふらっとする感覚があった。それだけを感じた。





 「あっ……」


 汗をかいていた。ベッドに寝ている事に気がついた。清潔な白のシーツ。年季を感じる天井。体を起こしてきよろきょろ周りを見渡すと、枕元に僕の水筒が置かれていた。僕のだ。

 でも、結構飲んじゃったはずだけど……。


「あっ、冷たい」


 スポーツドリンクだ。美味しい。補充してくれたんだ。

 今何時間目なんだろう。気がつけばここにいた。運ばれてきたのか。

 その時、保健室の扉が開いた。


「あっ、起きたんだ」


 心底安堵したような、そんな感情を浮かべて夏樹がベッドの横に座る。


「もう、そんな顔されると、怒る気失くしちゃうじゃん。弱った顔、わかりやすいね」


 おでこに手が当てられる。少しひんやりした手が、心地よかった。


「迷惑、かけたね」

「本当。そうだね」


 夏樹は否定することなく、呆れたように、小さな笑い声を零した。


「ちゃんと言っておけばよかった」

「そうだよ。それに、私、相馬くんに無理、して欲しくなかった。お見舞い、行ったのに、休んでくれれば。学校休んででも」

「それは駄目。時々サボる僕に言われたくないだろうけど」

「確かに、相馬くんのちょくちょくサボるところはあれかなー。理由が理由だけに、批判はできないけど」


 夏樹の怒っている理由は、無理したことなのか。ちゃんとはっきり言わなかった事なのか。それは多分、どっちもなのだろう。絶対これ、何ていう理由なんて、無いのだろうな。


「もう放課後だから。動ける? 家まで送って行ってあげる。まぁ、相馬くんには立派なメイドさんが二人もいるから、私が必要かはわからないけど」

「はいはい、お二人さん。保健室であまりいちゃつかないでね。特に、ベッドで色々しようものなら、その映像、きっちり録画してネットの海に流してやる」


 君島さんは、いつの間にか不機嫌そうに保健室の机に我が物顔でパソコンを広げ、ゼリー飲料の容器の飲み口をガジガジ齧っていた。


「なっ、私……まだ、経験ないから。初めてが保健室のベッドはちょっと、あれかなー」

「ふぅん。そう。つまんないの」


 一瞬で興味を失ったのか。君島さんは画面に目を戻し、キーボードをものすごいスピードで打ち始めた。

 そして、保健室の扉が勢いよく、バンと開かれた。


「あっ、ご意見番。それに参謀も。助けてください。会長がご乱心です!」

「あんた、死にたいの……?」


 保健室の静寂が破られたことを、君島さんは殺気でもって迎えた。


「あっ……すいません」

「ん、大変ならとっととどっか行って」


 学年は君島さんの方が下の筈だが、まぁ、流石といった感じか。

 ベッドから下りて、会長の所に向かうとしよう。




 会長は、職員室を占拠したとこの事だ。えっ、占拠?


「はい、数名の生徒会役員と共に占拠しました」

「会長、何が気に食わなかったんだ?」

「夏休み、三年生は勉強合宿ありますよね?」

「うん」

「その際、勉強時間を増やすために毎年恒例のバーベキューと肝試しを無くそうという案が職員会議で出されたらしく、それを知った会長がブチ切れて、職員室に立てこもり、抗議活動をしているという感じです」

「は、はぁ」


 最悪、退学になるぞと思ったが、会長は退学にならないという確信があるからやったのだろう。


「どうする? ご意見番」

「その呼び方、相馬くんは禁止」

「はいはい」


 先生が廊下で途方に暮れている光景は面白いが、ただ、今頭も体も使いたくない。帰って寝たい。


「おーい、会長ー」

「なんだ、相馬か。お前も参加しないか? 共にこの糞みたいな提案に反旗を翻そうでは無いか」

「面倒。無理」


 というか、凄いな。ここまでやられて会長を下ろすぞとか、退学にするぞとか、そんな脅しをして取り返そうとする先生や、無理矢理扉を蹴破ろうとする先生もいないな、と思ったが、あぁ、この騒ぎに生徒も集まり、写真を撮る生徒もいる。確かに、下手に暴力的な手段には出れないのか。

 つまり、冷静に話し合いをするしかない盤面に持ち込んだのだ。豪快過ぎる。


「会長、そんなにバーベキューと肝試しが取り上げられるのが嫌だったのか?」

「当然だ。生徒会でも色々用意しようと話をしたではないか」

「したけどさ。別に、無いなら無いで良いじゃないか」

「ほう、お前はそっち側か?」

「いや、無いのは残念だけど、ここまでしなくても」

「ふん。まぁ良い。お前は一度下がれ。おい、先公、理由を説明しろ。俺らの学年の平均点は歴代でもトップの筈だ」

「いや、それは黒井君や布良さん。それに朝野さんを始めとする人たちが異様に高いだけで……」

「しかし、学年全体で実績を出しているのは事実だ」

「いや……」


 うーん。困った。このまま黒井会長に任せるのもありだ。彼なら先生方を折れさせるのは可能だ。だけど、うん。


「やっぱ、やり方だよな。悪いのは」

「相馬くん?」


 水筒を一口飲んで、ワイシャツのボタンを一つ開ける。そして、僕は職員室の扉に回し蹴りを叩き込んだ。 


「会長。撤退だ。このやり方で手に入れた結果は、反感も生む。それは良くない」

「ほう、我らが参謀よ。なるほど、こういう形で一度敵対することもあるとは思っていた、行け! 我が尖兵たちよ」


 えー。待って。この体調ではこれが限界なんだけど……。

 けれど、体は反応した。机の陰から取り押さえようと飛び出してきた二人はすぐに鳩尾を殴り無力化。三人目も爪先を打ち込んで。って、まだいる……十人か。


「場所は狭い。少人数で波状攻撃を仕掛けよ! 物陰を利用するのだ」


 四人が一斉に襲い掛かってくる。一人を盾にどうにか凌ぎ、逃げようとする二人を転ばせて、次の波も凌ぐけど、そんな団子状態の中、いつの間にか、外に出ていた、三つ目の部隊に背中を晒す形になった。


「ぐわっ!」

「うぐっ」

「相馬君。助太刀に参りました」

「はいはい、先輩方、大人しくしてくださいねぇ」


 陽菜が僕の後ろから。乃安は職員室の中から。現れて、手早く動けなくしていった。


「会長、投降した方が良いよー」

「ふん。そのようだな。流石に、職員室の中に罠を仕掛けるわけにはいかなかったから。仕方あるまい。ここは撤退しよう。だが、先公どもよ、わかっているな」

「あっ、あぁ」


 会長は素早く逃げて行った。

 そして、僕もさすがに、二度目の限界を迎えた。


「……陽菜、あとは頼んだ」

「お任せを」


 僕は、あっさりと意識を手放した。 





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