第十六話 文化祭二日目
「大きな欠伸ですね」
「眠い。滅茶苦茶眠い」
時刻は朝の六時。いつもより早い出発。今日は一般開放日。ある程度事前準備を整えるために早めに出たのだ。
電車は、車両が少ない割に、朝練で鞄が大きいしガタイも良い人達で結構窮屈だ。
いつもより早く起きて、そしてこの電車。毎日乗っている人たちの精神状態が心配になってくる。それは置いておこう。今は。うん。
とりあえず夏樹との冷戦状態というか、臨戦態勢は無くなった。でも、ときめかせるという最重要課題はまだ残っている。と思う。
彼女の言っていることは理解できる。それはずっと好きだと言っていた相手と一緒に暮らしている男が、唐突に自分の事が好きだと言ってきたのだ。最初から全幅の信頼を預けろという方が無理な話だろう。
「乃安って朝弱いの?」
「弱いですね。休みが与えられるときっちり寝坊します」
「そっか」
学校までの道も、まだ明るくなり始めたばかり。空気がどこかひんやりとしている。ようやく、いつも活動を開始しているくらいの時間になった。
生徒会室に入ると、既に黒井と東郷さんが仕事を始めていた。文化祭の片付けだった。
「早くない?」
「早いなんてことはない。撤収は早くできることに越したことは無いからな。捨てられるものは早めに捨てておく」
「そっか」
運営側って考える事が多いな。
「先輩が他人事って顔してます」
「東郷さんもお疲れ様」
「まだ早いです」
「早いなんてことは無い。ねぎらいの言葉は言えるに越したことないからな」
「会長の物真似、あまり似てないです」
会長が滅茶苦茶笑いをこらえていた。
それから、続々と人が集まり、いくつか確認を終えて、僕らは仕事に向かう。
そして、早速トラブルが起きた。
「キャンプファイヤー中止?」
「あぁ。今朝の緊急の職員会議の内容がそれだ。去年から議題には上がっていたらしいのだが、年配の先生方が伝統だからと抑えていた所、急に手のひらを返したとのことだ。まぁ、夜中火が消えているかを確認しに行くのが面倒なのだろう」
「なるほど……んで、元会長である黒井琉瑠はどうするつもりなんだ?」
「無論、ここで反抗せずして俺の一年は何だったんだという話だ。それに、ここで文化祭に水を差させるわけにはいかない。幸い、一般の人も来場する祭りだ、この程度はすぐに盛り上がり直せるだろうが、こちらでどうにか無理矢理開催にこぎつけたい。まっ、退学は免れないだろうな」
会長はニヤリと笑う。
「どうする? 乗るか?」
「……あぁ、良いぜ。乗ってやる」
ここでキャンプファイヤーが中止になっては困る。困るから。利害の一致ってやつだ。燃やしてしまえばこっちのものだ。
そう、何となくキャンプファイヤーは絶対にやらないといけない気がするんだ。
むしろ、こちらで自発的に行えると言うなら、都合が良い。やってやる。
「直前までやる予定ではあったから、薪はある。燃料もある。後はタイミングだ。全教員は閉会式では体育館に集まる。つまり、準備できるのは閉会式の時間の間だけだ」
「あぁ」
「グラウンドは職員室から見えるというのが難点だが、こちらでどうにかしよう」
「うん。組むのは任せてくれ」
「頼んだ」
しかし、二人じゃ厳しいよなぁ。
「なんだ、面白そうな話してるじゃねぇか」
「……京介」
「俺も混ぜろ」
「良いのか? 桐野京介。最悪退学だぞ」
「んなもん、今更怖がるかよ」
京介は余裕癪癪と言った感じだ。
「それによ、ダチがやりたいことを手伝うのは俺にとって一番大事なことでな。いいぜ会長さんよ、ついでに手伝ってやる」
「……そうか」
会長は素直に受け入れることにしたようで、それ以上何も言わなかった。
そうなると、僕らの一日の動きに変化が出てくるわけで。
まず、先生方の位置をなるべく把握するように努める。次に職員室の扉に軽く細工をしておく。などなど。これ退学なったら夏樹に何て言われるんだろうなと思いながら準備していた。
陽菜なら怒らないとか思ったりして、僕は準備を進める。
準備を進める中で、時折感じる視線がある。不思議なことに陽菜は何も言わない。僕らは三人で準備を進めた。
「体育用具室に全て集め終えた。後はこれをくみ上げて火をつけるだけだ」
「放送室は?」
「既にいつでも俺の声明を流せる状況にある」
文化祭すらまともに過ごせない三人は、とにかく自分の目的のために時間を過ごす。
「後十分後に閉会式だ。俺は閉会式に出なければならないが、頼むぞ」
「あぁ、任せろ」
そして、玄関に、その人は立っていた。
「……夏樹」
「やぁ、相馬くん、何してるの? 今から閉会式だよ」
「うん。行かなきゃいけないからね」
「……また蚊帳の外?」
「委員長がクラスにいないと目立つだろ」
「そういう話じゃないんだよなぁ」
京介は既に外に出てる。僕はギリギリまで生徒会にいた。だからこの先回りを許した。
「夏樹、僕は僕のためにやり遂げるから」
夏樹の横を通り過ぎる。でも、捕まった。手を握られた。普段の僕なら絶対にそんな事は許さないはずなのに。なんで。
それは無意識のうちに感じていた罪悪感だ。
「夏樹」
「いやだよ。私も巻き込んでよ」
「……夏樹が、待ってくれているから、僕は帰って来れるんだ」
これはエゴだ、勝手な押し付けだ。でも、事実、僕にとってはそうだから。夏樹は、待っていてくれる人だから。
「嫌なものは、嫌だけど、でも、ふぅん。そっか。相馬くんは私に待っていて欲しいんだ。よく、私が待っていてくれるって信じられるね」
「そうだね。本当。そう思うよ」
「私を巻き込む気は無いんだ」
「……ない、でも、信じて欲しい」
「そっか。それが私の役回りか」
夏樹は僕の手を離した。そしてそのまま、何も言わずに体育館に向かって歩いて行った。
「遅いぞ」
「ごめん、手間取った」
僕が良く頃にはほとんど組み終わっていた。
「後は火をつけるだけだな」
「あぁ」
「着けて良いぞ」
「良いのか?」
「あぁ」
「よし」
火をつけて、僕らはダッシュで逃げる。気がついたらついていた。そんな構図にするためだ。後は、勝手に生徒達が盛り上がってくれる。と思いたい。
「黒井、先生方が気づいた」
「よし」
僕の合図で、校内放送のスイッチが入る。
「ただいま。グランドにてキャンプファイヤーがついていることを確認した。水をかけて火を消すのもありだが、我々はこのまま決行するべきと判断した。よって、生徒諸君は校庭に集まり、各々時間を過ごしてもらう。以上だ」
生徒会という単語を一度も使わないのは、彼なりの配慮だ。職員室の扉は今は開かない。全て滑りの悪い古い扉に交換して、その後放送する前に会長がレールをずらしておいたのだ。
高々と燃え上がる炎に生徒たちが集まって行く。戻りなさいという放送も職員室にしか流れない。放送室は会長が占拠している。
社会構造の一つに一矢報いた瞬間だ。
「会長、職員室の扉が開いたよ」
「呼び名が戻っているぞ」
「会長は会長だよ。さっさと逃げろよ」
「あぁ」
現生徒会も戸惑っている事だろう。彼らはどちらに着くのだろうか。
まぁ良いや。
僕も会場に向かって歩き出す。炎を見るのは好きだ。見ていてどこか落ち着く。
後は、僕の都合だ。僕の時間だ。
こうなったらもう止まらない。蜂起した民衆は手強いし、決壊したダムの水はある程度まで行かないと止まらない。
だから、その勢いが止まらないうちに、僕はやり遂げなければならない。
群がる生徒たちの中、僕はその姿を探す。来ているだろうか。ポケットに入れたスマホが震える。
「教室で、待ってる?」
僕はその言葉を信じることにした。




