第十二話 指導係相馬。
「あの……日暮先輩。仕事は無いのですか?」
「事務仕事はやらないからねぇ」
睨むような視線を感じたけど、ここは無視だ。
今日も僕は何もしない。動くべき時まで動く必要は無いし、むしろ動いたら邪魔になるし。そんなわけで、夏樹の横で仕事を眺める。
夏樹は夏樹で陽菜と予算について話し合っている。売り上げの何パーセントを生徒会に上納させるかとか、クラス一つ辺りどのくらいの補助を配るか。
例年通りなら予算補助は五万程度か。ただ、今年は部活での参加申請も多い、去年までは少なかったらしく補助を出していたそうだが、今年はどうしたものかと。
「もういっそ、審査しようぜ。参加に相応しいかどうか。スペースも限られているし、反発はあれど納得するしかない状況にできる」
僕はそう呟いた。
「だよねぇ。それしかないよねぇ。でも、人手が足りないよ」
「そこら辺はほら、僕はまだ出番無いし、優秀な後輩もいるし。予算に関わるから陽菜も来るでしょ?」
「そうですね」
「一応、副実行委員長だし。そう言うわけで会長、企画書出すよう、促してください」
「そうだな。指示書を用意して明日には配っておこう」
はい、今日の仕事終わり。これがいつも僕が生徒会でやっている事。
さて、企画書を作らせたわけだが。
「ふむ」
「ほう」
会長と陽菜、僕と後輩二人。
「未提出の部もありますね」
「そこら辺は問答無用で申請を破棄しても良い。こちらの作業も楽になるな。あと、追加で出されても却下で良いから」
「鬼畜ですね」
「こちらとて余裕はない。情けなんぞかけていられるか」
会長も同意する。
「ちょっと待ってください。それでは最初の話と違います。それに、これは学生の祭典です」
「だからどうした。こちらは運営だ。我々の仕事はこの文化祭を成功させることにある」
「でも!」
「学生たちの祭典、お楽しみのために、最低限の義務はこなしてもらう。そうでなくては無法の祭典だぞ。時に厳しく行かなきゃいけない。嫌われるのが怖くてこんな事やってはいられないよ。その代わり、出された企画書は真剣に検討する。違う?」
納得していない、したわけでは無い。不満げな表情を隠そうとしない東郷さんは、それでも黙って企画書に目を通し始める。
「よし」
そうしてしばらく、僕らは意見を交わす。その中で東郷さんは一言も話そうとはしなかった。
「相馬くん相馬くん」
「はいはい」
「東郷さんの事、しっかり見てあげてね」
「見ているよ」
「あは、意外と人に教えるの苦手そうだね」
夏樹は笑う。面白そうなものを見た時の子どものように。
「駄目だよぉ。みんな相馬くんと同じ価値観というわけじゃないんだから」
「わかっているよ」
「わかっているなら大丈夫、かな? 不器用なだけか。なーんだ」
「どうしたら良いのかなぁ」
学校の外はもうそろそろ日が沈み切って暗くなる。高校最後の秋もどんどん足を止めることなく、僕らの心情、事情を気にも留めず歩き去って行く。
少し肌寒いけど、別にコートが必要と言うほどでも無く、僕にとっては丁度良かった。
ため息を吐いた。
脇腹をド突かれた。
「ため息、禁止だよ」
「はーい」
夏樹の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でて誤魔化す。
どうしたら良いのか。いやはや、全くわからない。
ため息をつきそうになった。今度は堪えた。
「日暮先輩。こちらの資料は」
「陽菜に渡して。陽菜、書き方教えてあげてくれ」
「了解です」
滅茶苦茶睨まれた。
「では、貸してください。東郷さん」
「はい」
相馬君は頭を掻きながら外に出た。これは、あぁ、明後日までに先生に提出しなければいけない物ですね。
「では教えますね」
「いえ、書き方は知っていますよ。日暮先輩が知っているか見たかったので」
「彼は知りませんよ。この手の事は」
「それって、どうなのですか?」
「私ができるので。それに、私がいない状況でも、夏樹さんがいますし。他の役員ができますから」
「……なんというか、日暮先輩と朝野先輩の関係って、少し変と言うのは言い方があれですけど、変わっていますよね」
「そうでしょうか?」
「そうです」
東郷さんは、唇を尖らせる。
「なんで、会長は私を日暮先輩につけたのですか」
「ふん。気づきを求めるやり方は好きでは無いが。見抜いて欲しいのが本音だ」
「実力至上主義の会長が、相馬君を副会長のように扱う事には意味があるということです」
東郷さんは頭を下げて生徒会室を出た。
「ふん。真面目で能力はある。良い人材だから手放したくない。頼んだぞ。相馬」
「本人いませんよ」
「言ってみたかったんだよ。ツッコムな、朝野。お前のツッコミはたまに鬼畜だぞ」
「そうでしょうか?」
私は彼女が置いて行った書類を書き終えて会長に渡した。
飲み干したコーラの缶をゴミ箱に突っ込んで生徒会室に足を向ける。あの睨むような目は中々にキツイ。ようなじゃないな。ガッツリ睨んでるな。
僕のやり方をそのまま伝えても良いものなのか悩んでしまう。何と言っても彼女は僕よりも仕事をするのだ。出来ない僕にイラつくのもしょうがない。
悩んでもしたかないのか。は、駄目だ。ため息ついたらまた脇腹に攻撃だ。
「ん?」
「あっ」
「東郷さんも休憩?」
「……そんなところです」
コンビ系の探偵とか刑事物のドラマみたいに、「僕は頭脳労働が専門だから、あとは任せたよ」といけしゃあしゃあと言えたら良いのに。いや、あれはコンビ間の信頼関係に基づくものだからな。うん。
でもああいうシーンって滅茶苦茶カッコいい。
東郷さんはコーラの缶を開けて思いっきり煽る。
「っぷはぁっ」
「良い飲みっぷりだね」
「コーラは素晴らしい飲み物ですから。礼儀のようなものです」
「そうかい」
そんな清々しい表情、初めて見たよ。
「じゃあ、戻るよ。僕は」
「あっ、待ってください。あの、買い出し行きたいのですけど」
「買い出し?」
「はい。生徒会室のお茶とお菓子が尽きそうなので」
「あぁ。あれないと会長働かないからね」
「そうなのですよ。ですので、荷物持ち、お願いします」
「……おっけーおっけー」
仕方ねぇ、行くか。
めんどくさくはない。ただ、二人でいるのも、まぁ、必要だ。うん。居づらいというのは僕の都合だし。
なにより、目の前の、頼んだ本人である彼女がものすごく気まずそうに目を逸らしているのだ。先輩の僕が逃げるわけにいかない。
「早速行きます?」
「行きましょう!」
下駄箱は目の前。近くのスーパーで買い物は済ませられる。予算は後で陽菜に申請すれば良いか。
逃げられない理由を頭の中で並べ立てて、心に行けと語りかけて、僕は自分の靴を取り出し、陽菜に買い出しに行く旨を連絡した。これでもう逃げられない。
東郷さんも、しつこくなんでか深呼吸して、そして、竹刀を構えるような仕草をして素振りを始めた。
「何してるの?」
「素振りです。心が落ち着きます」
「剣道部?」
「いえ。ただ、我が家、武家とのことで、幼い頃から色々やらされました」
「そりゃまた」
根の真面目さはそれが由来か。偏見だけど。
東郷さんの儀式が一通り済んで、ようやく僕らはスーパーに向かって歩き出した。それはまだ空が茜色の時間。僕と並んで歩こうとせず。凛とした立ち姿で、長い黒髪を一つに束ね、前を歩くその姿は、さっきまでの落ち着かない振る舞いとは重ならない。
見栄っ張りとは違うか。年相応なんだな。
僕は彼女の事をよく知らない。でも、そうはいかないよな。知らないじゃ済まされないのが、先輩ってやつだよな。頑張ろう。僕。
足取りは確かになった。背筋が伸びるのを感じた。




