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8.宿営地にて 1


「寒い、フェルゼン」


 点呼の終わった校庭で、しばしの休息時間があった。あらたまった勅令があるとかで、騎士団長の登場を待っているのだ。

 私はかじかむ手をフェルゼンの脇の間に挟んで暖を取る。

 フェルゼンは、炎の属性だからか体温が高い。対する私は氷だから、どうも冷えやすいのだ。なので、子供の頃からフェルゼンで暖を取るのが習慣になっていた。


「しょーがねーなー」


 フェルゼンはそう言いながらも、ギュッと脇を閉めて温めてくれる。


「はー……あったかい……フェルゼン最高……」


 うっとりとため息をつけば、シュテルが呆れたように笑う。


「敬礼!」


 号令がかかり、慌ててビシリと敬礼をする。


 壇上に騎士団長が現れ勅令を読む。


 臨時の大規模討伐だった。士官学生の演習参加の指示が入り、校庭がザワついた。数少ない討伐演習に、士官学生が沸き立つ。

 小規模な討伐訓練自体は、月に一度の割合で定期的に行われるのだ。討伐先は一番近い森で基本は日帰りだ。そこには、瘴気の吹き出す洞穴があるのだが、あえて封印せずにおいてある。

 訓練として定期的にそこを浄化することで、異変を事前に予知し経験も積める。定期的に浄化しているから、そもそも強いモンスターは出ないが、訓練と言いながらも実際のモンスターと闘うのだ。


 しかし、今回はいつもの定期的な討伐訓練とは違う。

 

 臨時の大規模討伐演習は、実際の討伐に軍人として参加するのだ。もちろん全員というわけにはいかない。

 三年生は全員参加だが、下級生は選ばれた者だけが参加できる。そうやって実戦の経験を積んでいく。


 先に、司令部に配置される三年生が読み上げられる。

 その後、各部隊に編成されるチームが読み上げられる。


「次、右翼! 二年生、シュテルンヒェン、フェルゼン、ベルンシュタイン」

「「「は!」」」


 返事をしてチーム分けの場所に集まる。一年生はすでに集まっていた。

 士官学校に上がってくるものは、優秀なものばかりだ。一年生とはいっても、体格も良く堂々としていた。今回選抜されたチームが既存の各部隊に加えられ、討伐場所を目指す。




 今回は大規模討伐ということで、騎士団が王都の中を行進した。

 騎士団のマントのついた礼装の軍服で、自身の愛馬に跨って王都を軍行するのだ。

 騎士団のマントは階級所属によって違う。士官学生は黒。騎士団に入って初めてもらうマントは白。それから階級によって色が変わる。

 ちなみに元帥閣下は緋色のマントに黒い裏。内側に金色の刺繍のエンブレムがある。



 白馬のシュテルが、士官学校の黒いマントを翻して頬笑むだけで卒倒する町娘。その横では、フェルゼンが、赤毛の馬に乗り白い歯を輝かせて手を振る。黄色い声と、低い声の歓声が上がる。 

 私たちが討伐で一緒になったのははじめてだったから、私は静かに目眩を感じた。


 すごい、なにこれ。怖すぎる……。


 私はそれを見ながら、鉄仮面のように前を向いた。青い扇は見えないふりをした。


 しらない、見えない、私には関係ない!


 隣で馬を駆る下級生が、わざとらしく呟いた。


「ちょっとくらい人気があるからって気取ってるんですか」


 緑の髪、緑の瞳の彼はクラウトという一年生だ。一年生の首席らしい。秀才と名高く、シュテルを信奉していて、私が側にいることを快く思ってない。

 トゲのある言い方も、実はこれがはじめてではない。彼はなにかと食って掛かってくるのだ。以前から、色々な勝負事を挑まれている。負けはしないが、コテンパンに打ち負かすわけじゃないから、舐められているのだ。


 たしかに、我が家は侯爵家ではあるが、お父様は引きこもりなんて言われていて、私自身も乗馬以外は何をやっても三番目だ。190センチでマッチョなフェルゼンと、180センチの細マッチョなシュテルと並べば、170の私など貧弱そのものだろう。釣り合わないと思うのは当たり前だ。

 私自身もそう思ってる。だけど、だからといって、友達を止めるつもりはない。


 私はそれを無視した。

 定期的に、シュテル過激派やフェルゼン過激派に絡まれる。あとは、女の子がらみでも絡まれるから、受け流す方が楽だと慣れてしまっていた。


 面倒くさいけど仕方がない。討伐が終わるまでの我慢だ。

 どこへ行ったって、この手の人はいるものだし、そういう手合いともチームを組むのも仕事の内だからだ。

 

 私はため息をのみこんで、鉄仮面を厚くした。

 

 



 宿営地について、準備を始める。もう空は夕焼けに染まっていた。

 今回の宿営地は、アイスベルクと王都の間に跨る森だ。私の庭でもあるその森だが、実はモンスターの出現率は案外高い。フェルゼンなどは気さくにあの森を通ってくるが、それは力があるからこそだ。慣れないものは護衛をつける。そもそも、アイスベルクは田舎だし、それほど重要な地でもないため、商人ぐらいしか行き来はしないのだ。

 だからこそ、アイスベルクがあるともいえる。王都とアイスベルク両側から管理するのだ。その為、アイスベルクは騎馬隊という名の私的な騎士団を持つことが例外的に認められているのである。


 一番下っ端の、士官学校のチームがテントを張る仕事と薪集めを命じられる。テントグループと、薪などを調達するグループの半分に分かれる。

 私は森に詳しいということで、自動的に薪を調達するグループに指名された。


「だったら、僕も森へ行こう」


 シュテルが立候補すれば、フェルゼンも手を上げる。


「ベルンほどじゃないが、俺もこの森に詳しいからな」


 張り合うように睨みあう二人に、リーダーがため息をつく。


「二年全員で行かれると困る。フェルゼンは残れ、あと一人は一年からだ」

「私が行きます!」


 名乗りを上げたのは、先ほど嫌味を繰り出してきた一年生のクラウトだ。


 うわぁ。メンドクサイ……。私が嫌いなら来なきゃいいのに。私が嫌いよりシュテルが好きが勝ったか、そうか。


 私はため息を飲み込んだ。クラウトの面倒はシュテルに任せよう。


「では、クラウトで決まりだな」


 フェルゼンは不服そうな顔をした。


「気を付けろよ」

「うん、そっちもね」


 私が先頭になって森の中へ入っていく。さすがに大規模討伐が出るくらいだ。森の中がいつにもまして禍々しい。チラチラと森の奥で動物の赤い目が光っている。いつもとは違う、気の立った気配がする。モンスターの瘴気の影響を受けているのだ。

 私は小さな川に沿って歩いた。この小川は、アイスベルクの湖が水源になっている。清らかな水で、瘴気の影響を受けにくい。私はいつもこの小川を目印にする。よく知っている道だ。

 少し行くとポッカリと空いた自然の広場にでる。


「ここで薪を拾おう」


 声をかけると、クラウトがムッとしたように私を睨む。


「なんでアナタが仕切るんですか?」

「当たり前だろう? 彼が一番ここに詳しい」


 私が答える前にシュテルが答えて、クラウトはむっつりと押し黙った。


「あんまり森の奥へ入らないで。お互い見える範囲で。今日はなんだか動物の気配がおかしいから」

「わかった」


 シュテルは短く答えて薪を拾い始めた。

 私は近くの草を集めて、小川の水で手を濡らし、縒り合わせる。


「殿下に薪を拾わせておいて、アナタは草遊びですか」


 厭味ったらしくクラウトが突っかかってくる。


 さすがに私はため息を吐き出した。


「いいから見てなよ」


 縒り合わせてつくった草の縄に石を結び付けて、木に向かって投げた。

 止まっていた鳥の足に絡まり、鳥が落ちる。

 私はそれを拾い上げ、鳥の足を縄で縛った。


「夕飯、肉食いたくない?」

「は?」


 それを聞いたシュテルが噴出して笑った。

 クラウトが顔を真っ赤にして小刻みに震えている。

 私は何をやっても彼を怒らせてしまうらしい。


「な、弓には自信がないんですね? 背の弓を使わずにワザワザそんなやり方をするなんて、さすが田舎者ですね」

「弓は戦に使うんだ。勿体ないでしょ」

「物資は重要だ。現地で調達できればそれに越したことはないね」

 

 シュテルがフォローを入れるから、さらに彼の怒りに火が付いた。


「私だったら、鳥じゃなくもっと大きな獲物を狩ってみせます!」


 叫ぶや否や、剣を抜いて、独りで森の奥に向かって駆けだす。


「クラウト!!」

「ダメだ!!」


 すぐに追って森へ入る。獣の目が高い位置で光る。熊だ。振り上がっている大きな手。もう、クラウトは捕食圏内にある。

 私はクラウトをつかんで、来た道へ投げ飛ばす。同時にシュテルが近くの木に向かって弓を射た。熊の顔ギリギリに通過する矢に、熊の気がそれた瞬間、獣の懐に入り込んで剣を突き立てる。


 私は熊から離れて、クラウトに近寄った。

 血まみれの剣を持った私を見て、青ざめた顔をしている。


「クラウト。なぜ、離れた」

「……」

「君が私より森の知識があったとしても、個人行動は軍紀に反する」

「……はい」

「しかも、作戦前に攻撃魔法を使えばどうなるか分かっているか」

「敵を刺激します」

「そうだ、最悪作戦が無駄になるな。君は魔法の力なく熊を狩った経験はあったか」

「ありません」

「根拠のない自信は自然の中では死に直結する。以上」


 私は剣を振って血を払い、鞘にしまった。

 シュテルは、木の幹から矢を外しながらニヤニヤと笑う。


「クラウト。ベルンは怒れないんじゃないよ、怒らないんだ。怒ってみせないからといって、怒っていないわけじゃない。さぁ、熊を背負え」


 シュテルの言葉にクラウトは素直に頷いた。彼は重いはずの熊を背負い、帰りは文句も嫌味も言わずに黙々と歩いた。

 少しだけ彼を見直した。





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