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4.ベルンとフェルゼン


 お姉様をタウンハウスに送り届けてから、私は士官学校の寮へ戻った。

 部屋ではすでにフェルゼンが部屋着で寛いでいた。


「珍しい。今夜はご令嬢とユックリしないの?」

「さすがに今日は俺でも疲れる」

「たしかにね」


 私もぐったりだ。髪を解き、ジャケットを脱ぎ散らかして、ソファーに体を投げ捨てて、だらけきる。

 幼年学校から、フェルゼンとはずっと同室だ。唯一、私の事情を知っている彼が、それとなくフォローしてくれるから学校生活が順調でいられるのだ。士官学校のなかで、唯一フェルゼンの前だけが、本当の自分を隠さなくていい場所である。


「あー……疲れた……」

 

 声に出したら、フェルゼンが笑った。


「それほど踊ってもいないくせに。いつだって壁の……花? ん? じゃないよな?」


 壁の花とはご令嬢に向けて言う言葉だ。


「何でもいいけど。誘われたくないし、私は出てもしょうがないからね。目立たないようにするのも結構疲れるんだよ」


 なんてったって、周りの目立つ連中が声をかけてくるから、折角壁の模様にでもなろうとしていても、嫌でも目立ってしまうのだ。


「へー。いいなーってヤツいなかった?」

「いても困るでしょ。付き合えるわけないんだし。責任も取れないのに、変な噂でも立って、相手のご令嬢に迷惑かけられないし」

「つーか、想定する相手はご令嬢、なわけだ?」

「? 何言ってんの。燕尾服だよ? これで紳士を口説くわけないでしょ」


 笑いながらタイを外し、シャツのボタンをいくつか開ける。

 フェルゼンがホットミルクを手渡してくれる。これはきっとフェルゼンの魔法で温めてくれたものだ。


「ありがと」

「ん」


 もてる男はさすがに違う。

 一口飲めば、程よい蜂蜜の甘さが広がった。


「おいしい」

「そりゃよかった」


 フェルゼンはそのまま私のだらけるソファーの背に、腰を掛けた。

 

「まぁ、なんだ、そういうのも困ったら言えよ」

「ん?」

「ご令嬢に告白されたとか、気になる野郎ができたとか?」

「ないないない」

「でも、恋愛沙汰とかあってもおかしくない年だし」

「まぁね、でも、私良く分かんないんだよね、そういうの」

「そういうの?」

「女の子を抱きたいと思わないし」

「お、おま! そういう言い方!」

「男の子も抱きたいと思わないし?」

「だから! おまえは!!」

「お嬢様方がフェルゼンとかシュテルに騒ぐの意味不明だもん」


 そう言えばフェルゼンは微妙な顔をした。


「シュテルはイケメンだろ」

「イケメンだよ。君もね」


 自覚があるくせに何言ってんだコイツ。


 呆れて突き放せば、フェルゼンは赤くなって黙った。


「どうした?」

「何でもない」

「ふーん?」

「俺寝るわ」

「うん、お休み」


 フェルゼンはよたよたと二段ベッドの下に入り込んで、ベッドのカーテンを引いた。



・・・


 

 フェルゼンと私が知り合ったのはお互い五歳のころだったはずだ


 その日も、私は馬を駆っていた。


 馬に乗るのは気持ちがいい。高いところから見渡す景色は、いつもより遠くまで見渡せて、世界の広さにワクワクする。

 風のように走るから、少し遠くたって自分で確かめに行けるのだ。

 

 南の森の方から、ガラガラとした馬車の音が響いてきた。

 王都へつながる大きな道から、仕立の良い馬車がこちらへやってくる。

 四輪の大型箱馬車ブルーアムだ。きっと王都からのお客様なのだろう。

 私は、馬車の近くへ馬を寄せた。見覚えのある家紋を確認すれば、カーテンの奥に手を振る人が見えた。

 私も手を振り返してから、急いで家に戻る。

 我が家へのお客様の到来を、お父様に伝えなくては。




 急いで厩舎に馬を繋ぎ、家に入る。


「お父様! ヴルカーンのおじさまの馬車がみえました!」

「ああ。もう着いたのか」

「西の森を抜けたところです」

「まだしばらくあるかな? ベルンは着替えておいで」


 お父様の優しい声に頷いて、私は急いで部屋に戻った。

 ばあやがはしたないと眉を顰めたけれど、いつものことだ。


「ばあや! お気に入りのワンピース、あった?」

「若草色のものですね。すぐにご用意いたしますよ」


 ばあやは柔らかく微笑んだ。


「リボンは新しいレースのものにしましょうか?」

「ええ! 可愛く結ってちょうだい!」


 乗馬用のブーツとパンツを脱いで、お気に入りのワンピースに着替える。

 簡単に一つ結びしていた髪を、ばあやが解いて丁寧に梳く。今度はハーフアップに結い直して、結び目に淡いグリーンのレースを載せた。

 鏡の前でクルリと回って確認する。


 うん、イイ感じ! 



 お兄様の部屋のドアをノックして走り去る。お兄様にはこれで十分。

 お姉様の部屋はノックして中に入る。


「お姉様、ヴルカーンのおじさまがみえられました」

「あら、にぎやかになりそうね」


 お姉様は花がほころぶように笑った。

 私は窓の近くに椅子を二客用意した。お姉様は体が少し弱いから、窓の近くで外の様子がうかがえるようにするのだ。きっとお母様はこちらに来るだろうから、椅子は二客だ。


「では後ほど!」


 待ちきれなくて庭へ出れば、牧羊犬のオブリがエスコートよろしく私の脇に寄り添った。あまりに紳士的で、思わず笑ってしまう。

 ふさふさの茶色い毛を撫でていれば、二つの影が落ちて来た。お父様とお兄様だ。


「おや、お嬢様見違えましたね」


 冷やかすようにお兄様が笑った。


「私はさっきの格好も好きだよ」


 お父様も笑う。


「私、両方とも好き!」


 ドレスアップするのも楽しいし、気楽な格好で駆け回るのも好きだ。


「ベルンは両方とも似合ってるよ」


 お父様が笑って、私の頭に手を乗せた。


「さぁ、お待ちかねのヴルカーン侯爵がお見えだ」


 先ほど見た立派な馬車が横付けされる。

 御者がドアを開けば、ヴルカーン侯爵が堂々と降りて来た。


 日に焼けた肌。厚い胸板。赤い髪には少しだけ白髪が混じっている。左あごには剣の傷が白く残って、いかにも強そうな王国の元帥閣下だ。


「おじさま!」

「やぁベルン、久しぶりだね。エルフェンは王都でも会ったな」


 ヴルカーンのおじさまはそう言ってから、お姉様の部屋の窓に目を向けて軽く手を振る。


「リーリエはますます綺麗になった」


 ヴルカーンのおじさまはお父様の昔からのお友達で、社交シーズンの終わった秋から冬にかけて、アイスベルクの領地へやってきて狩りを楽しみ、隣接するベルカーンの飛び地を見に行くのが毎年の習わしになっていた。

 王都からのお客様に会う機会の少ない私にとっては、珍しいお話を聞かせてくれる楽しいおじさまだった。


「今日はこの子を連れてきた」


 おじさまの後ろから現れたのは、おじさまにそっくりな男の子だった。

 褐色の肌、白髪混じりのおじさまの髪より真っ赤な髪。


「わあ、良いなぁ! あなた、将来おじさまみたいな可愛いピンクの髪になるのね!」


 そういえば、辺りがシーンと静まり返った。


 私は何事かと思ってキョロキョロする。おじさまは頬を赤らめて硬直し、お父様はソッポを向いて肩を震わせている。

 お兄様なんて信じられないものでも見るように私を見ていた。

 

 やらかした!?

 

 恐る恐る男の子を見れば、俯いて肩を震わせていた。


 怒らせてしまったかもしれない。慌てて弁明をする。


「あ、ごめんなさい。悪い意味じゃなくて、おじさまの髪、赤いのに白いのが混じってピンクで可愛くて。だから私もそうなりたいけど、私の髪だと無理だから……」


 青い髪は嫌いじゃないけれど、ピンクの髪はとても可愛らしく、おばあちゃんになるのも楽しいだろうなと羨ましく思えたのだ。

 男の子はブッと吹き出して笑った。


「父上を可愛いなんて言うヤツ、初めて見た!」


 そこで一斉に笑いが起こる。

 私は意味がわからなくてビックリした。


 そんなにおかしなこと言ったかな?


「さあ、おまえ達ご挨拶だ」


 おじさまがそう言うと、男の子は紳士の礼をした。


「私はフェルゼン・フォン・ヴルカーンです。今年五歳になりました」


 フェルゼンはかしこまった話し方で挨拶をした。


「私はベルンシュタイン・フォン・アイスベルク。同じ年なのね。よろしくお願いしますわ」


 私もワンピースの裾をちょこんとつまみ、淑女の礼をした。

 するとフェルゼンは、大きな瞳をさらに大きくして私を見つめた。


「ベルンシュタイン? お前がベルンシュタインなのか?」

「ええ」

「さっき馬に乗っていた?」

「ええ、先ほど馬で馬車を見に行ったのは私です」

「男じゃ……なかったのか」

「よく間違えられます」


 そう笑えば、フェルゼンはパチパチと瞬きした。

 そして、一度唇をかみしめて、地面に視線を落とした。両手が硬く握られていて、なにか怒らせたのかと不安になる。


「馬は……、すぐに乗れるようになるのか?」

「どうでしょう? やってみなくては分かりません」

「じゃあ、やる! すぐやる! 父上! 俺も馬に乗れるようになりたい!」


 フェルゼンがそういうと、おじさまはしてやったりという顔で笑った。


「ベルン、フェルゼンに付き合ってくれるかい?」


 おじさまの言葉に、私は元気よく頷いた。





 同じ齢だったこともあり気の合った私達はたくさん遊んだ。

 都会育ちで田舎を知らないフェルゼンに、自然の中の遊び方を教えた。

 代わりに私は剣やボードゲームなどをフェルゼンから教わった。

 フェルゼンの砕けた口調に私もつられて砕けた口調となり、気が付いたらベルンと呼ばれるようになっていた。

 帰るころには二人で遠乗りに行けるほどに、フェルゼンは乗馬をマスターしていた。





「なぁ、ベルンは王都には来ないのか?」

「うーん、お父様もめったに王都へは行かないしね」

「……だったら、俺が来るしかないな」

「私も王都に行くときはフェルゼンのところへ行くよ」

「約束だぞ!」

「うん! フェルゼンもまた来てね!」



 私たちはそう約束をして別れた。

 それが、フェルゼンとの初めての出会いだった。



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