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【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
本編

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36.卒業


 シュテルに連れられて士官学校へ帰る。今日は卒業式だ。卒業式に間に合うようにと奔走してくれたらしい。


 久々に袖を通した儀状服ぎじょうふくは少し胸がきつかった。胸苦しさがこみ上げてきて、指先がかじかむ。シュテルは許してくれたけど、士官学校の皆は、ずっと嘘をついていた私を迎え入れてくれるだろうか。


 門の前に立ち止まり、馬から降りる。大きく息を吐いた。誰も窓から顔を出さない。それがすべての答えのようだった。


 私を拒絶するように閉じられた寮の窓。アイスベルクからシュテルを連れて帰ったあの日は、みんな窓から顔を出して手を振っていてくれたのに。


「大丈夫だよ」


 シュテルが私の背を押した。

 大丈夫、そうだ、大丈夫。きっと大丈夫。


 高くて厚い木の扉を、震える手のひらで押した。こんなに重いものだと思わなかった。


 扉が開く鈍い音が響く。


 目の前に広がった光景に息をのんだ。

 門の両側には、ずらりと並んだ儀状服に身を包んだ士官学生たち。

 皆、外へ出て待っていてくれたのだ。


「おかえりベルン」


 フェルゼンが手を伸ばす。


「ベルン先輩、おかえりなさい」


 クラウトが笑った。


 口々におかえりの声が響く。

 熱いものが胸にこみあげてきて、思わず涙がこぼれた。


「ありがとう……!」


 許してくれてありがとう。


「なんだよ、泣くなよ」

「待ってたんだぜ」

「間に合って良かったよな」


 うつむく頭にたくさんの手が乗ってきて、グシャグシャと頭を撫でていく。そんな距離感も前と変わらなくて安心した。


「ありがとうじゃないだろ?」


 フェルゼンが私の顔を覗き込む。久々に見る焼けた肌。赤い瞳が優しく微笑む。


「おかえり、ベルン」


 フェルゼンがもう一度言った。

 私はそれを聞いて微笑む。


「うん、ただいま」


 ここへ帰って来た。ここにはまだ居場所があった。


「帰ってこれてよかった」


 ホロホロと涙が頬を伝う。


「当たり前だろ」

「俺たちみんなベルンに助けられたんだ」

「今度は俺たちが助けるに決まってる」


 当然のように帰ってくる声に胸が熱くなる。


「本当にありがとう!」


 もう一度言えば、みんな笑った。


「逆に遅くなってごめんね」


 シュテルが私の背中を撫でた。

 私は頭を振った。十分だ。卒業式に間に合っただけで、十分だ。



「卒業生は集まってください」


 クラウトが声を張り上げる。私たちはそれに従って講堂の前に集まる。卒業式が始まるのだ。




 司会者によって卒業式の開会が宣言される。卒業式は、任官式でもある。

 在校生が整列する講堂の中を卒業生が歩いていく。割れんばかりの拍手が高い天井にまでワンワンと鳴り響く。


 ステンド硝子からは柔らかい春の日差しが降ってきて、門出を祝っているかのようだ。


 国家の斉唱に続き、校歌の斉唱。優雅な国家に比べて、士官学校の校歌は猛々しい。


 卒業年度の入ったメダルと任官の証のマントの授与が始まる。卒業生全員が一人ずつ名前と在籍中にあげた功績を読み上げられる。その後、新しい配属先を任じられ各師団章を胸に付けられるのだ。


 まずは首席のシュテルからだ。シュテルの新しい配属先は第7師団、南方でお兄さまがいる部隊だ。フェルゼンは第4師団で北国へ回る。みんな離れてしまう。


 粛々と名前が呼び上げられる。出席日数がギリギリの私は、最後の最後に名前を呼ばれた。



「ベルンシュタイン・フォン・アイスベルク」

「はっ!」


 立ち上がり前へ進みでる。


「貴殿は未知なるモンスターの出現に際し果敢なる態度でこれに挑み、その退治に尽力を尽くした。この功績を称え我が国初の女騎士として、新しく師団を設ける。王国中央即応団内、女騎士師団に任命する」


 敬礼をして、鋭角に回れ右をする。

 ワッと講堂内がどよめき立つ。


 胸に付けられた師団章は新しいものだった。見慣れない紋章は青い羽根がデザインされている。きっと新設された女騎士師団のため、新たに作られたのだろう。

 受け取った真っ白なマントは憧れの騎士のもので、士官候補生から正式の騎士になれたのだと実感した。




 校長の式辞や来賓祝辞などが終わり、在校生の送辞だ。これは首席のクラウトだ。そしてそれに答辞で答えるはシュテルである。


 閉式の宣言がおこなわれた瞬間、卒業生は立ち上がり講堂の二階のバルコニーへ駆けあがる。これは伝統だ。それに負けじと在校生は外へと飛び出す。


 講堂のバルコニーへ出てみれば、講堂の前にはたくさんの人たちが集まっていた。これから始まるハット・トスが目当てなのだ。


 卒業生が、必要なくなった士官候補生用の帽子を投げる卒業イベントだ。

 中にはメッセージを書いたメモを入れる者もある。私も学生証を簡単に破ってメモを書いて帽子に挟み込んだ。




「今年はまたスゲーな」


 フェルゼンが笑っている。シュテルも笑っている。下ではクラウトが大きく手を振って、あんなことする子なんだ、なんて意外な一面を知る。

 キラキラとした多くのまなざしが、今か今かとハット・トスを待ちわびている。中に髪を一つに結わえ、模造剣を差した少女がピョンピョンと跳ねていた。


「さあ! 投げろ!」


 シュテルの声に合わせて、たくさんの帽子が舞い落ちる。クルクルと回っていく白い帽子は壮観で、たくさんの手が伸びて花の様に綺麗だ。


 私は模造剣を差した女の子に向かって帽子を投げた。無事に届けばいいけれど。

 そう願ったけれど、その帽子は手前の少年に取られてしまう。

 あらら、と思ったらその少年は振り向いて、私の帽子を少女の頭に被せた。そして二人で頭を下げて、大きく手を振ったから、私も大きく手を振り返した。

 なんだか懐かしい姿を眩しく感じる。



「ベルンはなんてメッセージ書いたの?」


 シュテルが尋ねてくる。


「ひみつ」


 笑って答えれば、思いっきりふくれっ面される。


「ベルンの秘密は質が悪い」


 睨みつけられてヒヤリとする。


「本当だよなー」


 クラスメイトもそれに乗じるから分が悪くなって肩をすくめた。


「ああ、もう、恥ずかしいから言いたくないのに……」

「恥ずかしいこと書いたの?」


 ボヤいて見せても許してくれないらしい。


「『この帽子を受け取った人へ 出来たら君もいつの日にかここでトスして、ここは最高だよ』って書いたんだよ」


 口で言ってしまうと、なんだかすごく恥ずかしい。


「ああ本当! ここは最高だった!」


 ガシリとシュテルに肩を組まれて、その反対からフェルゼンも肩を組む。後ろからクラスメイト達が次々とのしかかってくる。


「重い! 重いから!!」


 講堂の下から歓声が上がり、ラッパ隊の校歌が響く。みんなで肩を組んで校歌を歌って、賑やかな卒業式は幕を下ろした。




 騒めく校内を抜けて、寮の部屋へ戻る。この部屋を次の世代に引き渡すため、整理しておかなければいけない。

 人気者のフェルゼンやシュテルは、まだたくさんの人に囲まれている。


 ドアを開ければ懐かしい匂いがする。フェルゼンの香り。マロウの茶葉。シュテルのオイル。離れてから嗅いでみると、部屋に沁みつくほど匂っていたのかと恥ずかしくなる。

 

 二段ベットを整える。

 並んだ机の引き出しの教科書を鞄へ詰め込んだ。

 カギのついた引き出しを開け、宝物を確認する。何一つ欠けていなくて安心した。

 占いをしたシュテルの鏡。湖の水の入った瓶の星。フェルゼンのくれたリボンと、笑ってしまうようなザントの手紙。マレーネ姫からは押し花のしおり。

 大事なそれらを鞄にしまえば、コンコンとドアがノックされる。

 

「ベルン先輩」


 クラウトの声だ。


「開けて入って」


 答えればクラウトがおずおずと顔を出した。


「卒業おめでとうございます」

「ありがとう、署名集めてくれたんだってね。シュテルから聞いたよ」


 クラウトは困ったような顔をしてユルユルと頭を振った。


「私はただ集めただけで、みんな直ぐに書いてくれました。ベルン先輩に助けられたと、世話になったと」

「……そう、嬉しいな」


 仲間だから当たり前なことだけど、そう思ってもらえるのはやっぱり嬉かった。


「ベルン先輩、記念に候補生章を交換していただけませんか?」


 士官学校に在学中は士官候補生とわかるピンをつける。それを卒業式に先輩と交換するのは伝統だ。


「良いけど、私ビリ卒業生だよ? 首席のピンと交換して大丈夫?」


 笑って尋ねる。


「一年前の私だったら想像できなかったでしょうね」


 クラウトは笑った。


「ああ、君、結構失礼だったもんね」

「……ごめんなさい」


 恐縮したように頭を下げる。ちょっと意地悪だったかも。


「うそ、怒ってない。さぁ、首を上げて」


 クラウトは顔を上げてた。照れたように目を泳がしている。私はクラウトの首に光る候補生の証を取った。そして自分のポケットにしまってあった候補生章をクラウトにつける。

 襟元に鈍く光る候補生の証。


「あと一年、楽しんで」

「はい! ありがとうございます!」


 クラウトが部屋を出て行く。机を綺麗に拭いて、窓の外を見た。まだみんな名残惜しそうに校庭にたむろしている。

 カーテンが風になびいて揺れる。


 いろんなことがあった。良いことも悪いことも知った。自分の浅はかさと弱さを身にしみて感じた。

 でも、仲間がいたから助けられた。ここへ来てよかった。


「ベルン!」


 窓の下でシュテルが手を上げた。


「降りて来いよ!」


 フェルゼンも笑う。


「今行くよ」


 私は窓を閉じ、カーテンを引いた。暗くなる部屋に向かって一礼する。


 今まで守ってくれてありがとう。


 カーテンの隙間から零れる光を受けて、フェルゼンの机が光っていた。


 部屋の鍵を閉めドアに敬礼する。軍隊式に回れ右をして、私は廊下を走り出した。



 皆の元へ行こう。


 また一緒に新しい生活を始めるために。 



 


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