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【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@お飾り側妃は糸を引く7/5発売
本編

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27.ザントの夜会


 夏休みの残りは、アイスベルクでウォルフと女騎馬隊の訓練をして過ごした。

 士官学校に戻る前に、一度タウンハウスへ戻る。

 タウンハウスの自室に戻ると、机の上に宛名も差出人もない白い封筒が置いてあった。

 不審に思って開けてみて、ぎょっとする。

 書き出しが、『マレーネたん すはすは』だったからだ。


 送り間違いだろ、っていうか、交換日記の上に手紙とか厚かましくないか? なんて思ったが、私の名前があってゾッとした。


- ベルンちゃんへ 誰にも秘密で一人で来るように 意味は分かるね -


 息が止まる。

 ザントからの脅迫状だ。

 指先が凍える。 


 相談する? 無視する? でも、だけど……。


 ザントの紫の瞳を思い出す。何を考えているか分からない瞳。

 お兄様は、信じて良いと言っていたけれど、私はまだ信じられない。


 私は手紙をグッと握りしめた。心を決める。

 

 行こう。行って相手の出方次第で、……最悪はぶちのめす、かなぁ?







 ザントの屋敷に向かえば、使用人たちがバタバタとしていた。なんとなく、脅迫するような雰囲気ではなくて気がそがれる。

 雑にザントの私室に通される。

 ザントは満面の笑みで私を迎え入れた。



「ベルンちゃん、良く来たね!」

「あなたが呼んだからでしょう」


 イラっとして答えれば、まぁまぁなんてヘラヘラしている。


「今日はベルンちゃんにお願いがあって来てもらったんだ」

「はぁ……」

「きょ、きょ、きょう、ま、ま、マレーネたんが、うちの夜会に、く来る。っていうか、夜会を開かされた、マレーネたん強引」

「ヨカッタデスネ」

「ヨ。ヨ。よくないっ! だって、無理、無理すぎる……。執事はノリノリだし、うち女主人居ないのに」

「ガンバッテクダサイ」


 棒読みで答えた。なんだ、なんで私が呼ばれるのか分からない。


「だ。だから、ベルンちゃん、ボクを助けて!」

「はぁ?」


 ザントは涙目だ。


「一人でマレーネたんとかむり。マレーネたんは王太子殿下と一緒にいらっしゃる。挨拶の時だけでも、ボクと一緒にいて!」

「意味が解りません」


 ザントが説明を始めた。

 ザント曰く、私を代理の女主人に仕立てたいということだ。もちろん、女主人としては紹介しないけれど、一対一でマレーネ姫に対応するのを避けたい、ということらしい。

 しかし、マレーネ姫を前にするとこれだけ不審者だということは、社交界には秘密にしているから、知っている私にフォロー役として白羽の矢が立ったということだ。


 正直大迷惑。速攻断る案件だ。


「そんなことしたら、身バレするのでお断りします」

「魔法をかけるから! 絶対バレないようにボクが保証するから! この国で一番の大魔道士のボクが保証するからっ!」


 確かに彼は、変態でもこの国一番の大魔道士なんである。


 その大魔道士に半泣きにすがられて、私はため息をついた。恩を売っておくのも悪くない。


「わかりました」


 答えれば、ザントはにっこりと笑った。


「左手を貸して」


 言われるがまま手を出す。

 ザントは呪文を唱えながら、手の甲に筆で魔方陣を描いた。薄紫色のインクが不思議な紋様を描く。


「!?」

「目眩ましの魔法だよ。目の色と髪の色が変わる。もうだれも君とは気がつかない。今から君はボクの作った土人形プッペだ。今夜の余興として紹介する」


 鏡を手渡されて覗き込むと、中には茶色の髪と瞳の私がいた。ストレートの髪は、柔らかいウエーブに変わっていた。まるで別人だ。


「声を出すと魔法が解けるから気をつけてね。次の間にメイドがいるから、着替えさせてもらって」


 そういって、グローブを渡された。魔方陣を隠すためだろう。


 私はグローブをはめながら次の間へ行く。

 次の間にはきらびやかなドレスと、ヤル気満々なメイドたちが待機していた。

 言葉を発っせない私は、されるがままに飾りたてられる。


「完璧! です!! 土人形などとは言わせませんわっ!!」


 鼻息の荒いメイドに戦きつつ、姿見をみれば確かに完璧なレディーがいて戸惑った。

 自分ではないみたいだ。


 私は女として社交界デビューをしていなかったから、心が躍る。

 フワフワとした華やかなドレスは、レースがふんだんに使われていて豪華であっても野暮ではない。ハーフアップに結われた髪には、リボンがあしらわれている。

 私が淑女の礼をして見せれば、メイドたちは満足げに頷くいた。


「ご主人様に恥をかかせてはなりませんよ! プッペ」


 私はコクリと頷いた。何だかメイドの気迫にのせられたかもしれない。



 夜会が始まった。私はザントの横に立ち、来場者に挨拶をする。ザントは私を皆に、『土人形のプッペ』と紹介した。ついでに、土人形だから会話は出来ないと付け加える。

 皆新しいオモチャでも見つけたように私を見た。

 特に男達は興味を惹かれるようで、ジロジロと不躾に見られるのが不快だった。



 やがてマレーネ姫が、長兄の王太子とともに現れた。ザントがピシリと固まったから、背中をつつく。ザントはハッとして私を見た。

 しっかりしろ、と目で合図を送る。ザントは深呼吸をして、マレーネ姫の前に立った。仕事用に切り替えたらしい。

 視線はひたすら王太子を見ている。マレーネ姫のことは考えないようにしているようだ。


「これが、土人形かい?」

 王太子が物珍しげに私を眺めた。

「美しいですわ……私も欲しいわ……」

 マレーネ姫が呟いたので、ニッコリと笑って礼をした。

 ふらつくザントの腕に腕を絡ませ、しっかりしろと引き立てる。

「これは余興でして。言葉も話せませんし、タイムリミットも短いので実用化は無理でしょう」

 ザントは視線をそらしたまま、ようよう答えた。

 これ以上はボロが出そうだと判断した私は、ザントの腕を引き、魔方陣のある場所をトントン叩いて見せた。


「ああ、もうタイムリミットのようです。少し魔法をかけ直してきます」

 ザントはそう言うと、逃げるようにその場から離れた。

 

「ふひっ、し、死ぬかと思った……」


 ザントが変な笑いかたで、ヘロヘロとしている。


「ボクは少し休むから、プッペは一人で適当に歩いてきて。失礼な客は逃げていい」


 ヒラヒラと手を振られて、私は会場に戻った。

 美味しそうなスイーツのタワーもあったし、ホスト側の人間(人形?)が居ないのもよくないと思ったからだ。

 どうせ、話が出来ないのだ。周りも話しかけてこないだろう。


 目立たないように戻ったつもりだったが、視線が急に集まって戸惑う。ご令嬢とはこんなに視線に晒されるもなのだろうか。

 宵闇の騎士も注目を集めるが、あれは私を見ているようで虚像を見ているのがわかるから、宵闇の騎士のふりをして受け流すけれど、こういう直接的に見られるのは慣れていない。


 スイーツのタワーを見ていれば、どこかの紳士が皿をもってやって来た。


「食べたいのでしょう?」


 手渡されたので、素直にお辞儀して受けとる。食べやすいように小ぶりに作られたショコラを口に運んだ。

 上質な甘味が口に広がる。マレーネ姫をもてなすために、気合いが入っているのだろう。思わず頬が緩む。


 紳士と目が合う。彼は驚いたように顔を赤らめ、息を飲んだ。


「?」

「甘いものはお好きですか?」


 肯定の意味で頷くと、では、と手を引かれる。

 戸惑って見つめ返せば、ニッコリと笑われた。


「あちらにケーキを用意させます。立ったままだと食べにくいでしょう?」


 小さい子供に言い含めるように言われ、中庭の東屋へ連れていかれる。

 東屋に腰かけるように促され、素直に応じると、すぐ隣に紳士が腰かけた。

 

 話も出来ないので、とりあえず笑ってペコリとお辞儀をした。親切にありがとう、それくらいの意味だ。


 すると、紳士は私の太ももに手をおいた。ビックリして、手を払う。


「本当に話せないんだね?」


 ニヤリと笑われてゾッとする。慌てて立ち上がろうとしたら、腕をとられた。

 なぎはらって良いものか、一瞬考える。ザントにとって、どんな立場の相手かわからない。


「声も出ないの?」


 顔を覗きこまれる。息が近づいてきて気持ち悪い。最悪だ。


 騎士姿だったら、間違いなく制圧してやるのに!


 遠慮なく距離を詰めようとする相手の顔を押しやったら、その手もとられる。


「!!」

「そこで何をしている?」


 静かに怒る声が響いて、紳士は硬直した。

 見れば騎士姿のフェルゼンがいた。


 慌てて俯く。


 聞いてない! 夏休みなのに、なんで警護に入ってるの!?


 目眩ましの魔法がかかっているから、バレるはずはないのだけれど、万が一を考えてドキドキする。


「何をしている?」


 もう一度、フェルゼンが問う。


「愛の語らいですよ」


 紳士がキザったらしく答えるから、私は慌てて首を振った。


「同意の上ではないようだが?」


 私を見てフェルゼンが紳士に問い直す。


「! こういう場で二人きりになるなんて、同意だろう! 常識だ!」

「嫌がっていたら離れるのが常識では?」


 フェルゼンがさらに問い質せば、紳士は慌ててその場を去った。

 私と気がついていないフェルゼンに安心して、頭を下げる。

 本当に助かった。


 フェルゼンは怒ったままの顔で、私を見つめた。赤い目がギラギラしている。本気で怒っているのがわかる。


「夜会では、本命以外の異性と安易に二人きりになってはいけない」


 フェルゼンの非難のこもった声に、シュンとして頭を下げる。


 令嬢として社交界に出たことがなかったから、その辺りの決まりを知らなかった。


「知らなかったのなら、気を付けるように」


 うなだれた私を慰めるように、フェルゼンの大きな手が私の頭に乗った。


 それにしても、フェルゼンは誰にでも紳士的で優しいんだな。


 顔を上げて、理解したと微笑んだ。

 フェルゼンが息を飲む。頭の上に乗っていた手が、するりと後頭部に下がった。耳の下に沿わせるように、もうひとつの手が頬を撫でた。


「運命の人……」


 驚いて目を見張る。見たこともないフェルゼンの顔。熱に浮かされたような瞳が潤んでいる。

 見ていられなくなって、顔をそらす。


 頬にあった手の掌が、そのまま首をくだり鎖骨をなぞる。

 

 怖い。知らない、こんな男を私は知らない。


 慌てて離れようとする。ピッとリボンを引かれる感触。


「逃げたら解けてしまいますよ」

「!!」


 私は思わず、フェルゼンを突き飛ばして、髪が乱れるのもかまわずに慌ててその場から逃げ出した。


 ビックリした。ビックリした。

 女に見せる顔のフェルゼンを初めて見て、驚いた。


 さすがに情熱の騎士といわれるだけある。気が付かなかったと言え、泥人形を口説くなんてどんだけのタラシなんだ。


 バクバクと心臓がなって、指が震える。

 ザントの引き籠り部屋に逃げ帰った。


「どうしたの? ベルンちゃん」


 ザントが不思議そうな顔で私を見た。


「話しちゃった?」

「……一声もだしてない」


 上がる息で答えれば、ザントが眉をしかめた。


「でも、そこの髪だけ青い」


 驚いて鏡を覗き込む。リボンを解かれた一筋の髪が、青く輝いている。ザントの魔力が剥げているのだ。


「うそ、なんで?」


 ザントが慌てて私のグローブを剥く。

 手の甲にかかれた、薄紫の魔法陣の一部が赤色に変わっていた。


「!」

「こんなこと、初めてだ……」


 いつから? 気づかれてた? いや、だとしたらあんなことするわけない。


 混乱する頭。


「リボン、盗られちゃったんだ?」


 カッと顔が熱くなる。


 ザントは少し考えてから、今夜はもう帰った方がいいね、そう言った。






 あれからフェルゼンは私に何も言わない。

 気が付いていなかったのか、話題にも出さないし、あの夜会のような男の顔はおくびにも出さない。

 私はそれに安心した。





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