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【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
本編

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18/40

17.アイスベルクの春休み 1


 春休みを迎え、皆寮から自宅へ戻る。とはいっても、王都はまだ社交シーズン中だから、タウンハウスに戻る者が多い。

 私はいつも通りアイスベルク領へ帰る。そもそも、ひきこもり侯爵の父は社交シーズンであっても特別なことがない限り、カントリーハウスにいる。私も社交をする必要がなかったから、当然領地へ戻ることにした。

 兄のエルフェンバインは王国騎士団に所属しているので、普段から王都にいる。姉のリーリエも、今年の社交シーズンはタウンハウスにいるらしい。私以外のエスコート役を見つけたのだ。


 私は、長期の帰省時にやるべきことがあったから、ワクワクとして家に戻った。


 愛馬のレインと共にアイスベルクに戻ってくれば、厩舎ではウォルフが馬を磨いていた。


「おかえり」

「ただいま!」


 小さな子供がオブリと一緒に顔を出す。領地の子供だ。もう馬の世話を覚えに来たようだ。


「こんにちは」


 声をかければオズオズと下がってしまう。私は無理に話しかけずに微笑めば、子供もぎこちなく笑い返す。


「ベルン様、一休みしたら町へ行くんだろ? 一緒に行こうぜ」


 ウォルフが提案してくる。ウォルフは領地のことを良く知っているので、私がいない間の説明もしてくれるのでありがたかった。


「うん」

「だったら、めかしこんで来いよな! オレの隣に並ぶんだからさ」


 尊大な言い方に笑ってしまう。


「了解! ウォルフもね」


 そう答えて、家に戻った。オブリが当然のようについてくる。

 

 

 懐かしい部屋に戻って、きつく縛った髪を解いた。窮屈な制服を脱ぎ散らかして、バスンと自分のベットに飛び込めば、懐かしい匂いがした。


 はぁぁぁ、安らぐ……。


 しばし休息を満喫してから、自分のクローゼットを開けた。色とりどりのお気に入りのワンピース。今日はいったい何を着よう。そう考えるだけでワクワクする。

 士官学校の制服はかっこいいけれど、毎日では飽きてしまうのだ。それに私服の紳士服は色のバリエーションも少なくて、少々つまらない。


 いつも着られないピンクの花柄を選ぶ。デザインはシンプルなフレアスカートだ。


 髪はハーフアップにしてもらい、リボンを結んでもらった。


 フワフワとしたスカートの感触に、心までフワフワする。

 

 階段を降りていけば、ホールには紳士然としたウォルフがすでに待っていた。

 作業服姿もたくましくて男らしいが、余所行きのウォルフは年上だと実感させる粋な装いだ。


 ウォルフは眩しそうに目を細める。


「似合ってるぞ」

「ありがとう。ウォルフも大人っぽいね」


 褒め言葉に気分を良くして歩き出した。

 

 アイスベルクの町はこじんまりとした田舎町だ。領地はだだっ広いが町は小さい。王都のようにきらびやかな豊かさはないが、かといって貧しいわけではない。珍しいものはないかもしれないが、必要なものはきちんとある。そんな町だ。

 新しくできた店に案内してもらったり、馴染みの店に立ち寄ったり、ふらふらと町の様子を見て歩いた。

 


 王都ではできない買い物にも、ウォルフは嫌な顔せず付き合ってくれる。可愛らしい便箋やリボンを買って、甘いお菓子も買った。自分がしたいように振る舞えることが、これほど自由で楽しいだなんてすっかり忘れてしまっていた。


 馴染みのカフェに行けば、いつもの店員がいつもの席を用意してくれる。ウォルフはいつものようにブラックコーヒーを頼み、私はいつものように季節のパフェを頼んだ。そして、いつものようにそのパフェにはスプーンが二つと小さな取り皿がついてくる。このパフェはもともと大きすぎて、シェアして食べる人が多いからだ。

 何もかもがいつもと同じ町の空気に安心する。


 パフェをいつも通り取り分けて、小さな皿のほうをウォルフに渡した。これもいつものことだ。


「アイスベルクは変わりなくて安心した」

 

 そう言えば、ウォルフは笑った。


「ベルン様はどうなんだ? 殿下の傷はもう良くなったか?」

「うん。処置が良かったみたいで綺麗だよ」

「……見たのか?」

「うん、見たよっていうか、私が薬を塗ってたから」

「なんでそんな使用人のようなこと。アイスベルク家の人間としての自覚が足りないんじゃないのか」


 むっつりとする様子に笑ってしまう。アイスベルクは侯爵家だけど、あまり貴族らしくないのは承知のはずだ。だからこうやって町歩きしているわけだし。


「シュテルは友達だし、私の傷だから当たり前じゃない?」

「ベルン様の傷……」


 ウォルフはそう呟くと、私のパフェの苺を乱暴に手でつまんだ。


「あ! ウォルフのは取り分けたのに!!」

「そっちのが、苺多くないか?」

「いつものことでしょ」


 プンとしてウォルフの皿から奪い返せば、ウォフルは、しょうがねぇなと笑う。


「ベルン様は……士官学校を卒業したらどうするつもりだ?」

「許されているうちは軍に残りたい。だけど、ヴルカーン元帥閣下は私が女とご存じだからね。学生の内は目をつぶってくださるかもしれないけれど、どう判断されるか……微妙なところ」

「戻ってくればいいだろ? お前の女騎馬隊もここにはあるし」

「私のじゃないけど、そうだね、ダメなら戻ってくる」

「ダメじゃなかったら王都なのか?」

「うん」

「迷わないんだな」


 ウォルフはため息をついた。


「なぁ、そんなに王都は良いか?」


 ウォルフの黒い瞳が、少しの非難を交えて私を見つめた。


「王都がいいわけじゃないけど」


 住むならアイスベルクだ。比較しようもないくらいに、こちらがいい。だけど。


 だけど?


「じゃ、なんだよ」


 なんでだろう。


「あっちは苦しくないか? あそこにいる限り、今日みたいな恰好で今日みたいに店に入って、好きなものを買ったりすることはできないだろ?」


 そうだ。好きな服を見に行くことすら許されない。

 少しずつだけれど、膨らんでくる乳房をさらしで押しつぶして、本来の自分を押し殺して。

 それでも、あそこにいる意味はあるのだろうか。


 シュテルの金の髪が、瞳の奥にチラついた。


 そのことに驚いて息を飲む。


「……それでも、もう少しだけ王都にいたいんだ」


 許される間は。


「ふーん」


 ウォルフは納得していないように答えて、コーヒーを口に運んだ。



 カフェを出て、桑畑を見ながら家に戻る。夏には指先を真っ青にして、桑の実を食べた場所だ。いつでも爪の間に紫がこびりついていたあの頃。


「なつかしいよな。ベルン様はスカートまくり上げてさ」


 その一言で分かる。きっと同じことを思い出していた。


「桑の実の汁は落ちないんだよ」

「ああ」


 長く外で遊べないリーリエお姉様のために、みんながいっぱい桑の実を集めてくれた。

 私は自分のスカートを袋代わりにして、抱えて持ち帰ったのだ。つぶれた桑の実はシミになり、メイド長に怒られた。その後メイドと一緒に染み抜きをしたから、シミが落ちないのは嫌なほど知っている。

 メイド長はそんなふうに怒っても、翌日にはジャムにしておいてくれた。そのジャムでお姉さまが作ってくれたクッキーをみんなに配ったのが思い出される。


 桑の実のジャムのようになった、宵闇の空。


 もう家の前までついてしまった。


「宵闇の騎士様だっけ」


 ウォルフが小さく笑った。


「笑わないでよ」

「……楽しかったか?」

「楽しかったよ、ありがとう、ウォルフ」


 礼を言えば、ウォルフは照れたように頬を掻いた。すっと目をそらして、もう一度私を見つめる。黒い瞳の意志が強い。


「なぁ……、戻って来いよ」

「……」

「オレはお前を待ってるよ」


 答えあぐねていると、ウォルフはまるで話なんかなかったかのように、ニッカリと歯を見せて悪戯っぽく笑った。


「ああそうだ、手を出せよ」


 ぶっきらぼうな言葉に従って、手を広げる。するとそこに、無造作に冷たいものを落とされた。

 四葉のクローバーのブローチだ。


「やるよ。四葉のクローバーは戦火を生きのびるジンクスがあるっておふくろが言ってた」

「……ありがとう」


 きっと、私が買い物に夢中の間に探してくれたのだ。

 ギュッと握りしめる。


「ご武運を」

 

 ウォルフはそう言って静かに笑い、背を向けた。

 私はその背に手を振る。


 振り返らないと思っていた背中が急に立ち止まり、振り返った。 



 ウォルフは顔をくしゃくしゃにして笑うと、くるりともう一度背を向けた。その背はもう振り返らなかった。





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