表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/40

16.シュテルの背中とその匂い



 なんだか最近の私はおかしい。

 自覚がある。


 討伐訓練を終えてから、シュテルの顔がまともに見られない。

 今日も約束通り、薬を塗りにシュテルの部屋へ行くけれど、それだけで心臓がバクバクと音を立てる。

 本当は行きたくない。

 でも、代わりに誰かに任せるなんて、もっと嫌だ。

 

 挙動不審になりながら、シュテルの部屋に行こうとすればフェルゼンが変な顔で私を見る。見てるのがわかるから、逃げるようにして部屋を出る。別に悪いことをしているわけではないけれど、なんなんだろう、この後ろめたさは。

 初めの頃は一緒に行こうとしてくれたけど、シュテルが怒ったので以来連れて行かない。多分、私の前では平気な振りをしているが、背中の傷など見られたくないのだろう。


 ノックをしてシュテルの部屋に入れば、シャワー上がりの濡れ髪の王子が、見目麗しく微笑んでいる。

 濡れたウエーブの金髪が無駄に光を放っていて眩しい。拭き切れていない雫が鎖骨を伝って落ちる。目の毒だ。


 シュテルって……、なんか、こんな……なんていうか、色っぽい感じだったっけ?


 自分の知っている、小さい頃の天使様とはだいぶかけ離れてしまったと、視線をそらしてため息をついた。


 子供の頃のシュテル、本気で可愛いかったんだけどな。


 初めて出会った厩舎の前で、私はシュテルを天使と見間違えたのだ。あの一瞬は忘れられない。


 フワフワにカールした金髪。それとお揃いの金の瞳は光の加減で緑にも見えて、その色を見ているだけで幸せになれた。柔らかなクリームのようなほっぺたは、食べたくなるような桃の色。控えめにこちらを伺っている様子は妖精のように可憐で、同じ人間だとは思えなかったのだ。


 それが今や……。悪魔にしか思えない。


 私は思考を停止した。鉄仮面を被る。最近シュテルは私をおちょくって楽しんでいるところがあるのだ。心を強く持たなければ!


「背中を見せて、シュテル」

「うん」


 ソファーのアームにシュテルは腰かけて背中を見せる。もうずいぶん良くなった。最近は薬ではなく、保湿剤を塗っているのだ。傷跡が残りにくくするためにと、マレーネ姫が送って来たと言っていた。

 ツンとした独特の森の香りのするオイルだ。でもなんだか懐かしい。子供の頃の幸せな時間を思い出させる香りだ。針葉樹の多いアイスベルクの森の匂いみたいだと思った。


 それを手のひらに伸ばして、シュテルの背中に塗る。確かにこれは自分では塗れないだろう。

 そっと背中に触れれば、シュテルは肩を震わせる。いつものことなのに慣れないようで、ビクビクする背中を見るのは少し楽しい。私だけが知っているのだ。


 薄く盛り上がった傷跡に指を添わせる。

 あまり目立たなくなってきたけれど、この傷が私を守ってくれたものだと思うと、胸がいっぱいになる。申し訳ないと思う罪悪感と、それを超える嬉しさがあって、その嬉しさにまた罪悪感を覚える。


「もう消えちゃいそうだよ、良かったね」


 言葉にして少し寂しく思った。そしてそのことを恥ずかしく思う。


「なんだか寂しいな」


 シュテルが答えてハッとする。同じように考えてたことが少し嬉しくて、それ以上に気恥ずかしかった。


「痕が残らなくて良かったじゃない」


 自分の気持ちを悟られたくなくて、反対の言葉を口にする。余ったオイルをいつものように、自分の手に塗り込めた。乾いた手の甲が潤って気持ちが良いのだ。


「残っても良かったのに」

「また、そんなこと言って」

「名誉の負傷だよ」

「背中の傷なんか不名誉でしょ」

「ううん 大切なものを守った証だ」


 真剣な声に驚いてシュテルを見れば、真面目な顔をして私を見ていた。


「……そう」


 思わず目をそらす。上手い言葉が見つからない。


 シュテルは小さくため息をついて立ち上がった。


「お茶入れる」

「うん」


 最近はオイルを塗った後、シュテルがお茶を出してくれるのだ。それを一杯飲んでから、部屋に戻るのが習慣になっている。

 私がソファーに座ると、シュテルがその前にお茶を置く。


 何故だか、これが緊張するのだ。


 日中学校内で会う時は平気だ。自分の部屋で、フェルゼンと三人でいるときも平気だ。それなのに、シュテルの部屋では緊張する。シュテルと二人きりになるのが、少しだけ怖い。嫌ではないけれど、訳の分からない何かが胸に押し寄せてきてちょっと怖い。


 討伐後のシュテルは、なんだか知らない人になってしまったようで緊張する。突然怒らせてしまうし、怒らせてしまう理由も分からないしで、どうしたらいいのか分からないのだ。


 シュテルは私の隣に座った。


「僕はさ、ベルンを困らせてる?」


 覗き込むようにして窺ってくる。

 いきなり核心をつかれて、ビックリする。目をそらす。


「そんなことないけど……」

「嘘つき」


 間髪入れずに否定される。

 

 だけど、私も説明できないのだ。何をされたわけでもない。理由があるわけじゃない。どうして自分が困ってしまうのか、自分でも分からないのだから。

 今までは平気だったのに。二人っきりで部屋に居たって。シュテルの裸を見たくらいで、色っぽいなんて思ったこともなかった。フェルゼンより白いな、とかそんなふうにしか思わなかったのに。


「なんか、……うまく言えないけど、困ってるのかな。だけど何に困ってるか良く分かんないし、シュテルに困らされてるわけじゃなくて、多分自分のせいだと……思う……から」


 うつむいて目をそらして、言葉を探しながら呟くように答える。


「ふううん?」


 シュテルは意地悪く笑って、ワザとらしく考えてるふりを見せる。

 

「僕といると困るの?」

「なんていうか、分かんないけど、フェルゼンと一緒なら平気」

「……フェルゼン……」


 スウっと空気が冷たくなった気がした。


 シュテルがカップをテーブルに置き、肩を組む。


「これは? 困る? いつもしてるよね?」


 確かに食堂でもよくされるし、廊下でも気さくにされる。そういう時は全然平気だ。今もまぁ、かろうじて平気だ。


「大丈夫、かな?」


 肩を組んだ手が、そのまま私の頬を撫で耳に触れる。思わずビクリと体が震える。あの時と一緒だ。二人っきりでの荷台を思い出す。キュッと胸がおかしな音を立てる。


「これは……困ってる?」

「……ちょっと、困る」


 心臓がバクバクいう。本当はちょっとどころじゃない。どうかしてる。変だ。


 シュテルの反対側の手が、私の顎を捕らえて上を向かせた。

 驚いて息を飲む。

 シュテルの顔が近づいて、鼻に鼻先をこすりつけられた。


「やめてよ……」

「これはダメ?」

「ダメ」

「なんで? 嫌なら逃げるでしょ?」

「なんか、魔法使ってるよね? その魔法やめて? 動けなくなるの、怖いよ」


 そう言えばシュテルは驚いたように目を見開いて、天使のようにニッコリと笑った。


「魔法なんか使ってないよ。体内になんて影響できない。ベルンだって、流れた血は凍らせても、中の血までは凍らせたり出来ないでしょ?」


 優しい先生のように解説してくれるけど。


「私は出来ないけど、シュテルくらい魔法が上手ければ出来るんじゃないの?」

「僕だって出来ないよ」

「でも、他に考えられない」

「よく考えてよ。違う理由があるんだよ」

「わかんないよ、そんなの」

「ヒントをあげるね」

「ヒント?」


 そう答えれば、シュテルは笑った。


「ベルン、好きだよ」

「私も好きだよ?」

「違うよ、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」


 シュテルは困ったように笑った。


「僕、君にキスしようとしてるんだけど?」


 突然の言葉に驚いて、シュテルの顎を押しやる。身体が動いた。魔法が解けた。


「ちょっと、酷くない?」

「え、いや、だって、私は男で」


 男じゃないけど、男なわけで。頭が混乱する。って言うか、バレてた?


「知ってる」

「だ、男色?」


 シュテルの瞳がきつく光る。


「ベルンが好きだって言ってるんだ」

「う、え? だからそれって、だんしょ」

「男が好きなわけじゃない。ベルンがベルンだったらそれでいい、男とか女とか関係ない」


 真剣な瞳に射すくめられる。


「わ、わかんない、私はそういうのわかんないんだよ」

「うん、知ってる」


 シュテルは呆れたように笑った。


「でも、ベルン。嫌なら逃げないとダメだよ。僕に限らず、こんなに中に入ってきたら、期待しちゃうから」


 嫌? 嫌ではない。困るけど。


 だって、私は女だし、それがバレるわけにはいかないし、それを黙って嘘ついて。


 

 そうだ、私はずっとシュテルを騙してきた。自分を偽ってきた。

 本当の自分を見せてないのに、好きだなんて言ってもらえる資格はない。

 唇を噛んで俯く。


「ゴメン、気を付ける」

「僕が嫌い?」

「ズルい聞き方しないでよ、そんなわけないだろ」

「そうだね」


 シュテルは笑う。本当にズルい。確信犯だ。


「でも気持ちには応えられない」

「やっぱりフェルゼン? それともあの騎馬隊長? 白百合のお茶会に誰かいるの?」


 なんで、フェルゼンやウォルフの名前が出てくるんだろう。


「なんで? 私の問題」


 シュテルは目を細めて悪い顔で笑う。私の手をとって、指と指の間に自分の指を差し込んだ。

 さっきのオイルが残っていて、ヌルリとした感触がする。恥ずかしい。


「わかった。もう言わない。知りたいことは聞けたから、とりあえず満足かな」

「ごめん、ありがとう」

「ううん。僕こそゴメン。今までと変わらずにいてくれる?」

「もちろんだ」


 シュテルのことは好きだ。これが、キスしたいと思う気持ちと一緒かは分からないけど。許されるなら、まだ友達として側にいたい。

 シュテルは満足げに頷いた。


「もう、就寝時間だ、帰るよ」


 結ばれた指を離そうとすれば、オイルでヌルリと指が滑る。

 その感触があまりにも唐突に艶かしく、思わずゾクリと戦いた。


「っ」


 それを見て、シュテルが笑いを漏らす。

 恥ずかしさで俯く。


「明日も来てね」


 まるで悪魔の囁きのように、シュテルが耳元に風を吹き込んだ。




 部屋に戻って大きく息を吐く。

 ホッとする。疲れてしまった。


「大丈夫か? シュテルの我儘なんか無視したっていいんだぞ?」


 フェルゼンが気遣ってくれる。


「なんでもないよ」

「そうか? なんか、最近シュテル臭いぞ」


 フェルゼンの物言いにドキリとする。


「……あ、お、オイルの臭いだよ、手に付いてるから」


 そう答えれば、フェルゼンが手をとって臭いを嗅いだ。

 フェルゼンの体は熱い。こんな距離いつものことなのに、思わず体が強張る。そんな自分が恥ずかしい。


「ほんとだ、これか」

「マレーネ姫が用意したんだって」

「……あのさ、バレてないんだよな?」


 女だとバレていないかフェルゼンが確認する。


「たぶん、バレてないはず。バレるようなことしてないし」


 聞いて確かめることはできないけれど。


「困ったら俺に相談しろよ? 一人で無理するな」


 でも、こんなこと相談できない。シュテルはフェルゼンの友達だし、フェルゼンだって間に入って困るだろう。


「うん」


 フェルゼンに笑い返せば、納得したかのように笑い返された。




 女だとバレないようにしていたけれど、それは学校にいるためでシュテルに嘘ついてる自覚がなかった。どっちだって、私は私だって思ってた。それで今まで困らなかったし、これからも良いと思ってた。


 それなのに、急に怖くなる。どっちつかずでいることが怖くなる。

 男だとか女だとか、気にしなくていいと思っていたのに。


 このまま男のふりをしていけるのだろうか。

 何時女に戻るのだろうか。

 女だと知ったらシュテルは私を軽蔑するだろうか。


 シュテルが好きなのは、騎士の私なのだ。

 令嬢としての私は、背は高すぎるし胸もなくて、顔なんて可愛さからかけ離れている。なんてったって男と思われているくらいなのだから。そんな女を、女が苦手なシュテルが好きだと思うはずがない。



 嘘つきだと、思うだろうな。


 そう思ってゾッとした。

 悪いのは自分だけど、真実を知られて嫌われるのは嫌だなんて図々しいと思うけれど。


 だったら男のままでいたい、そう思ってしまうのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ