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15.アイスベルク騎馬隊長 ウォルフ


 モンスターを追って森を駆けていく。後ろからついてくるのは、アイスベルクの騎馬隊だ。オレはウォルフ。アイスベルクの騎馬隊長だ。

 ベルン様とは幼馴染で、赤ちゃんの頃から知っている。乗馬も一緒に教えたし、アイスベルク家の愛犬オブリは、オレが初めて躾けた犬でもあった。

 だから、ベルン様を様つきで呼ぶけれど、それ以上に近しい仲だと自負している。


 初めのころは、味噌っかすだと思っていた。エルフェン様を追いかけて遊んでいたころ。小さなベルン様は、明らかに足手まといで、わがままで、泣き虫で、甘えん坊で、邪魔なガキ、そう思っていた。

 だんだんと乗馬を覚え、一緒に遊べるようになって来れば、女の子なのに負けず嫌いで面白いと思うようになった。欲しいものを諦めない、そういうところが素直で可愛いと思った。


 ベルン様に特別な思いを抱いたのは、あの泉での出来事だった。みんなが諦めようとしたフェルゼン様のブーメランを、ベルン様だけが諦めなかった。

 初めて見たベルン様の魔力。すべてを凍らせて、欲しいものへの道筋を作る力。道がないなら作ってしまえ、そういう考えが、それをできる力が、キラキラと輝いた。

 結果は皆が怒られて、散々だったけれど、あの出来事は俺の中では一本の道筋になった。


 ベルン様の行く道を守りたい。選ぶ道を一緒に歩きたい。そう思った。





 今日は王都の騎士たちと合同でモンスターの討伐をおこなっている。

 アイスベルクと王都の間には、大きな川と森がある。いつもはアイスベルクの騎馬隊たちが見回りをして、王都へ続く道を守っているのだが、ここ最近モンスターが活発化している兆しがあり、王都の騎士団と合同で討伐することになったのだ。


 森の奥から、大きなどよめきが聞こえた。撤退の怒号が響く。オレ達はそちらに向かう。

 たぶん、王都の騎士団がいると思ったのだ。数の多いモンスターを弓で射ながら先へ進む。地響きと雄叫びが聞こえた。

 氷の壁に火を吐くサラマンダー。その前にはわが領地のお嬢様ベルン様。その上に庇うように、一人の騎士が重なっている。


 オレはそれを見てカッとした。

 オレたちは一斉に矢を射る。

 雨のように降り注ぐ弓矢に、サラマンダーが怯む。その隙を狙って、ベルン様に魔法を分け与えてくれるよう願う。


 キラキラと光る氷の粒。武骨な矢じりを覆い、美しいものに変えてしまう。何度見ても惚れ惚れとする。ベルン様だから産み出せる魔法。憧れて恋焦がれる、オレには決して手に入らない大きな魔力。


 炎を吹き出すサラマンダーに、氷の矢が降り注ぐ。次々とその肉に矢が刺さり、サラマンダーは悶える。

 そして、ベルン様を庇っていた男が、息も絶え絶えに起き上がり、矢をつがえた。銀色に光り輝く矢じりに、ベルン様の氷がまとわりつく。幻想的な美しさに息を飲んだ。

 この男もベルン様と同じだ。美しい魔力を持っている。


 ヒュンと音を立てて風を切る弓矢、サラマンダーの額に矢が撃ち込まれ、炎と氷と共にサラマンダーは倒れた。


 倒れ込んだ騎士を抱きかかえ、ベルン様が必死に助けを請うた。我を忘れる姿など、ここ数年見たことはなかった。

 美しくきらめく金糸の髪。熱のために赤らんだ顔は、それでも恐ろしいほどに整っている。

 チリリと胸が焼けるのを感じた。知らない男がベルン様の腕に抱かれている。

 そして、その騎士がスノウの主だと知り、息を飲む。


 彼は、この国の第二王子、シュテルンヒェン・フォン・ミルヒシュトラーゼ殿下であった。

 そう、ベルン様をこの領地から奪った男、愛らしいベルン様をあろうことか男に間違え、フェルゼン様と一緒に幼年学校へと連れ去った男だったのだ。



 ベルン様を庇って受けた背中の傷は重症で、治療のために騎馬隊本営に連れ帰った。重症ということや、王子ということもあり、特設のテントを用意した。予断を許さない状況で、ベルン様が付きっ切りで看病をした。

 その様子を見れば、この王子がベルン様にとって、ただの騎士団仲間ではないことが想像できた。

 ベルン様だったら、誰にでも等しくそうしたかもしれないが。あの取り乱しようは並ではなかった。

 

 あのベルン様が泣いていた。

 めったに泣くことのないベルン様を泣かせた。


 オレは激しく嫉妬した。

 図々しくもベルン様の御手を煩わす男に。

 弱ったふりをして、必要以上に触れる男に。

 

 ベルン様を男だと思いながらも、欲しがる男に嫉妬した。


 だって、不幸にしかならないではないか。

 領地に戻ってさえ来れば、ベルン様はありのままで生きていける。

 騎士の格好でいようとも、淑女のドレスを纏おうとも、誰も何も言わない。

 だけど、コイツがベルン様を拘束するのなら、彼女はずっと男と偽り続けなければいけないのだ。

 それは、結ばれないことを意味する。男としても、女としても、幸せになれない。



 二人を宿舎に送り届ければ、たくさんの見物人が窓から顔を出していた。王子とベルン様の帰りを待っていたのだろう。


 これだけ歓迎されるのだ。

 わが領地のお嬢様は幸せ者だと思った。


 でも、ベルン様はわが領地のお方だ。


「ベルン様、もっと領地に帰って来いよ。レインの足ならひとっ飛びだろ?」


 ベルン様は屈託なく笑って答える。

 オレは見せつけるように、ベルン様と拳を合わせた。この人は、本来なら我らがアイスベルクの騎馬隊の先頭に立つお方だ。





 宿舎の窓が、割れるほどの歓声が鳴る。


 アイスベルクの騎馬隊たちは、それを背に領地へ帰る。


 必ず、迎えに来ると心に決めて。





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