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11.討伐


 なぜか、ワンコがいる。正確に言えば、クラウトがワンコに見える。昨日の一件から、妙に懐いてしまったクラウトが、足元で子犬のワルツを踊っている幻想がみえる。

 昨日の寝不足のせいだ。


 シュテルから教えられた宿営地の話で、私は頭がいっぱいになって上手く眠れなかった。

 考えもしていなかった。自分が男から恋愛対象として見られる可能性があるということ。他人から見れば、シュテルやフェルゼンと付き合っているように見えること。

 何もかもがキャパオーバーで、処理できずに朝になってしまったのだ。ねむい。


「ベルン先輩、ベルン先輩!」


 子犬がきゃんきゃん吠えている。じゃなかった、クラウトが一晩明けたらベルン先輩呼びになってただけだった。明日にはパイセンとか言い出しそうだ。


「なに?」

「昨日は殿下と何をお話だったんですか?」


 問われて、ボッと顔が熱くなる。

 そんな意識するようなことはない。無かったはずだけど、耳に残ったシュテルの感触。真剣なまなざしと、言葉が今っさっきの出来事のように巻き戻る。


 不思議そうな顔をするクラウトに曖昧に笑った。


「……おこられた」

「怒られたんですか?」

「宿営地の認識不足を正してくれたんだよ」

「そうなんですね。仲が良いですね」

「うん。仲は良いよ。でも、フェルゼンもシュテルも私にはすぐ怒る。私が弱いから心配なんだろう。もっと強くならないといけないと反省した」


 力なく笑えば、クラウトが真剣なまなざしで私を見た。


「そんなことないです。ベルン先輩は強いですよ!」


 拳を作って力説してくれる。

 私はクラウトの頭を軽く叩いた。


「ありがとう」

「は、はひぃ!」


 クラウトが変な声を出したから思わず笑えば、クラウトも照れたように笑った。


「さぁ、行こう。出立だ」



 日の高いうちに森の中のモンスターを倒さなければいけない。夜になると不利になるからだ。

 森の反対側は、アイスベルクの領地。王都を守り、領地を守る。私はそのためにここへ来た。



 士官学生のいる小隊は本陣の両翼を守ることになっていた。

 クラウトは、木属性の魔法を扱い森の道を開ける。

 私は氷で防御壁を張り、炎の魔法を持つフェルゼンは、攻撃の先陣を切る。

 シュテルは金属性の魔法で、仲間の武器の強化とモンスターへの攻撃だ。シュテル自身の弓矢は、矢じりが水銀魔法でコーティングされているらしいから、正直えげつない。

 どんなモンスターも、シュテルの矢の前には敵わないのだ。


 さすがにいつもの討伐訓練とはモンスターの格が違った。

 倒しても倒しても、新しいモンスターが立ち上がる。

 討伐部隊の本陣が目指す、ボスクラスを仕留めなければ際限がない。

 徐々に怪我をするものも増え始め、私は出血を凍らせて一時的な血止めをして回ることになった。

 後方には救護隊が配備されているから、そこまでの応急処置だ。


「ベルン! サンキュ!」

「良いから下がれ!!」


 止血が終わった者を送り出す。背中のシールドに衝撃が走って振り向けば大型モンスターだ。

 氷のシールドの中央にサーベルを向けて、魔力を放出する。氷の中央が盛り上がってさらに鋭い切っ先になり、そのままモンスターを貫通した。

 霧散していくモンスター。

 でも、なんだかおかしい。

 このクラスのモンスターが、なんでこんなところにいるのだろうか。もっと中央にいるはずだった。


「わぁぁぁ!! サラマンダーだぁ!!」

「なんでこんなところに!?」

「本陣が向かってるんじゃなかったのか!?」

 

 叫び声が響く。


 ボスクラス級の炎のモンスターの出現に、周囲は恐怖に包まれる。赤々とした身体を打ち付けるサラマンダー。離れていても伝わる熱気に怯む。士官学生は軍人ではあるが、経験値も少なく強くはないのだ。


「総員退避!!」


 リーダーの号令が響く。


 最前線には道を開いているクラウトがいた。

 私はクラウトの横へ急ぐ。

 氷のシールドを張ってクラウトを防御する。


「クラウト! 進路を閉じろ!!」

「は、はい!」


 開いていた木々が、一斉に行く手を阻むように道を塞ぐ。

 自然に出来た生木のバリケードにサラマンダーが炎を吐く。

 燃えないように、木のバリケードを凍らせる。


「クラウト! 退路を拓け!! 行け!!」

「はい!」

「俺がサポートする!」


 フェルゼンがクラウトにつく。サラマンダーと同じ炎系のフェルゼンは、打ち合うには効果が薄い。氷の私が残るのが最善だ。


「フェルゼン! 困ったら小川の水だ! あの小川は主様に通じる!」

「分かった!! ベルン、無理するなよ!」

「うん!」


 フェルゼンは小川に剣を入れ、その水を熱して水蒸気に変えた。キリが立ち上がる。目くらましになる。聖なる水にモンスターは怯む。


 シュテルの矢がサラマンダーに向かう。炎に触れて音を立てて溶ける。


「シュテル! 駄目だ! サラマンダーは炎だ、金の属性は無効化される!」

「分かってる! でも、ベルンを残して行けるか!」


 退避する士官学生たちと私たちを分断するように、小物のモンスターが回り込む。

 氷の防御壁を張る私の背中にシュテルが回り、小物モンスターを振り払う。

 

「数が多い!」

「ああ」


 サラマンダーは今だ諦めずに防御壁を崩そうとしている。みんなの退避路は確保できたはずだ。そろそろ私たちも潮時だが。


退くのは難しいな。ベルン」


 シュテルが苦笑いする。


「まったく。帰ったら退却の勉強だ」


 集中を切らせば、あっという間にサラマンダーが防御壁を破るだろう。

 だからといって、このままでは、こちらの魔力が切れて負けるのは目に見えている。

 応援が欲しい。


 フェルゼンが応援を呼んでくれたら!


 ブワリとサラマンダーの炎が大きく膨らむ。

 氷の防御壁から、炎があふれる。



「ベルン!」

「シュテル!」


 抑えきれない!


 そう思った瞬間、シュテルのマントに抱き込められた。シュテルを越えて炎が舞う。熱い。

 たくさんの矢が頭上を通過する。サラマンダーはそれを見て怯む。



「ベルン様か!」


 馬のいななきが響く。

 顔を上げれば、そこにはアイスベルクの騎馬隊がいた。すでに小物は一掃されている。

 先頭に立つ黒髪の騎士は懐かしい幼馴染だ。筋骨隆々とした騎士らしい体躯に、黒く鋭いまなざし。アイスベルクの騎馬隊と言えば、この人の名を知らないものはいない。


「ウォルフ!!」


 懐かしい顔に、安堵の声が漏れる。ウォルフはヒラリと馬から降り、剣を抜いて私の側に駆け寄った。


「ベルン様! 魔力はまだ残っているか?」

「うん!」

「騎馬隊の矢にベルン様の氷の魔法を!」

「分かった!」


 再度放たれるたくさんの矢に、私が氷の魔法をかければ、サラマンダーにまで弓が届く。次々に刺さっていく。


「……ベルン、君、他の人に魔法を分けるなんてできるの?」

「? うん」

「だったら、僕の矢にも君の魔法を!」


 シュテルが苦しそうな表情で、足もとに散らばった矢を拾い、つがえる。

 銀色に輝く矢に私の魔法をかける。キラキラと輝きが増す。

 シュテルは歯を食いしばって矢を引き絞り、サラマンダーに向けて放つ。真っ直ぐに放たれ矢は、迷うことなく額に食い込んだ。


 この世のものとも思われぬ絶叫が響き渡る。

 のたうち回りながら、サラマンダーは倒れた。


「やった! やったよ! シュテル!」

「……よか、……た」


 ぐらりとシュテルがふら付いて、私にもたれかかる。赤くなった頬、額に汗がにじむ。


「シュテル?」

「……ちょっとだけ、甘え……たい、気分?」


 シュテルは顔を歪めて笑って見せる。

 

「ばか! 何言ってんるんだ!!」


 シュテルの背中は、サラマンダーの炎でマントを焼き火傷を負っていた。私を庇ったせいだ。弓矢が散らばった時点で、私が気が付かなきゃいけなかったのに。


「褒めて……よ、ベルン」


 シュテルは歪に笑う。


 息ができない。苦しい。

 私は答えが上手く見つからなくて、慌てて氷の魔法でシュテルの背中を冷やす。


「きもち、いい」


 シュテルがホッとしたように呟いて、力を抜いた。


 重い身体が私にのしかかる。伏せられた睫毛が微かに震えている。苦しそうな吐息。

 私はシュテルを抱きしめた。


「ウォルフ! どうしよう、どうしよう、シュテルが! ねぇどうしたらいい?」


 どうしたらいいかわからなくなって、ウォルフに助けを乞う。このままだと、シュテルが死んでしまうかもしれない。

 私は治癒魔法なんか持っていない。サラマンダーの炎には魔力があるはずだ。普通の火傷では済まない。シュテルは金の属性だから、炎の魔法には弱いのだ。


「ねぇ、ヤダよ! こんなのヤダよ! 私のせいでシュテルが。氷の私が傷を受ければよかった」

「落ち着け!」


 ウォルフが一喝する。


 ビクリと体が震える。泣き出しそうになって唇を噛む。怖い。怖い。怖い。

 シュテルがいない世界なんて、イヤだ。


 ウォルフが私の頬をパンと両手で挟み込み、じっと瞳を覗き込んだ。

 頬がジンジンとする。


「しっかりしろ。大丈夫だ。助ける」


 ポロリと瞳から涙が落ちる。低くて深いウォルフの声。絶対の声。小さいころからウォルフの言うことは正しかった。間違いがなかった。

 ずっと兄のように慕って、信頼してきた人だ。ウォルフが言うなら大丈夫だ。


「……大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。だから、ちゃんと聞け」


 私は瞳だけで頷く。


「いいか。お前が怪我をしなかったから、彼を助けられるんだ。分かったな? お前が彼を助けるんだ」

「……うん!」

「ここからだとオレ達の本営が近い。彼を運ぶぞ」

「わかった、私の馬で運ぶ」

「彼の馬は?」

「スノウだ。あの子ならついて来れる」

「スノウ? だったらこのお方はシュテルンヒェン殿下か!」


 騎馬隊に緊張が走った。


 ウォルフが手を上げて指令を出す。


「先に連絡をしろ。敵は炎のサラマンダーだと伝えろ! 殿下の属性は金だ! 絶対にお助けする!」


 伝令が馬を駆る。


「お前は殿下の背中を冷やしながら、オレの後について来い」

「はい」


 私は、青毛の愛馬レインに跨った。シュテルを向かい合うようにして馬に乗せ、胸で抱きながら背中を冷やす。

 先を行くウォルフは、歩みやすい道を選んで騎馬隊の本営へと案内してくれた。





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