自殺愛好家
俺は死にたいのだ、今日も笑って友人にそう告げる。
この世の中に生きている意味を見い出せないから、彼女は曖昧に笑うばかり。けれど、彼女だけが俺を異常者扱いしない。だから、俺は何時も自殺方法を彼女に話しては実際に試行する。成功した事はない、現に俺は生きている。
「凄くない?首を吊ってみたんだけどね、ロープが切れるんだよ。苦しくてもう死ねると思ったのに、無理だった。1番辛い生存だったよ」
「うん凄いね、未だ死ぬなって、言ってるのさ」
彼女は頷きはするが、俺の自殺の手伝いをしてくれるわけでもない、ましてや止めるわけでもない。ただ、否定も肯定もせず、傍に居てくれる。それだけでいいのだ、俺はそれがいいのだ。
「なら、何時死ねるかな」
「どうだろうね。私が死んだ後とかだろうか」
「君より長生きしなきゃならないの?それは一寸、嫌だなぁ」
「嫌なの?」
「嫌だね。俺はこう見えて友人が少なくてね、君がいなきゃ誰が俺の自殺方法を聞いてくれるのか」
「こう見えて、ね」
「おいおい、今は其処に突っ込む時じゃないだろう」
友人が少ないだなんて嘘だ、皆無である。俺の友人は彼女ただ1人で、逆に彼女には友人が沢山いる。彼女にとって俺は友人の中のちっぽけな1人、心優しい彼女だから、俺の話を聞いてくれる彼女だから、皆が彼女の周りに集まる。至極当然の事。
「今日も死ねなかったよ」
「今度はどんな自殺を?」
「手首を切ろうとしたんだけど、全然上手く切れなくてね。血すら出てくれないのさ。痛いだけだから早々に止めたよ。あーあ、折角切れ味のいいカッターを買ったのに、あっ此処は笑う所だよ」
「…わーおもしろーい」
「棒読みになるくらいなら無視された方が良かったね。あー悲しい、俺の心は酷く傷付いたよ、入水でもして来よう」
「…今日の夕食は鍋にしようかな。暇があったら家においで」
「死ねない前提で話すのは止めて欲しいな。あぁ、でも、嬉しいよ。死ねなかったら行こうかな」
「死ねないさ、君は」
確信めいた顔で笑う彼女に俺は苦笑。
彼女が言うと本当に死ねない気がしてしまうからな、肌を刺す様な冷たさ、とまではいかないがそこそこ水温が低い海へ足を踏み入れた。鍋か、少し食べたいな、自殺はまた、出来るし。
「睡眠薬を飲んだんだ」
「うん」
「量的にはコップ1杯くらい、飲むのに疲れた。飲んでる間に寝そうだった」
「それで?」
「寝たよ。それでね、アラームを止めたのさ」
「あぁ、成程」
「何時も平日にかけているアラームで目が覚めてしまったんだ。こっちは死んだつもりだったのに、習慣で勝手に止めてしまってね、何か不思議な気分だったよ」
「死んだつもりが無意識に何時もの習慣をしているって凄いね」
「だろう?ネットで調べたのだけど、睡眠薬だと植物状態になる可能性があるみたいだね。いや、自殺というのは植物状態と紙一重な所があるけれど、それは嫌だな、植物状態だと死ねないからね」
「うん」
「でも、万が一植物状態になったら、安楽死させて貰いたいな。君に」
「私に?それは君の家族のご意向だよ」
「…そうかい」
植物状態に陥った人間の脳は一体どうなっているのだろうか。自身の意識は何処へあるのか。夢を見ているようなものだろうか、気になるが、なってしまったら自殺出来なくなるので止む無く断念。
睡眠薬は怖いので金輪際止めておこう。
「もう直接的に行こうと思ってね」
「うん」
「今から心臓に包丁を突き刺します」
「うん、私は見ていた方がいい?」
「心中とまではいかないけど、1人で死ぬのは意外と寂しいかもって思ってさ。俺一人暮らしだから死体発見も遅れるし」
「成程、どうぞ」
自殺教唆だぞ、俺が望んだ事だが。今更否定されても俺も困る。
彼女の鈍く光る瞳に映った俺は酷く滑稽な顔をしていた、けれど直ぐに興味が失せて、これまた鈍く光る包丁に目をやる。彼女の瞳の方が綺麗だったな、なんて思いながら心臓を一突き。
「ほら。見たかい?」
「うん、見えた」
「今まで君の前で死のうとした事無かっただろう?俺が本当は自殺していないんじゃないか、なんて疑念に思われていたら心外だからね」
「そんな疑いはかけていないけど。本当に死ねないのね」
「そうだよ、死ねないんだ」
刺そうと行動に移した瞬間、手が滑り床に軽い音を立てて包丁が落ちた。2回目の挑戦は俺が滑った。いや、両足ちゃんと地についていた筈なのだが。彼女は始終愉快そうに俺を見る。馬鹿な足掻きにしか見えないのだろう、傍から見ればまるでコメディのようだからな。
「矢っ張り死ねないんだよ」
「じゃあどうすれば死ねるかな?」
「痛い思いするくらいなら自殺しなければいいんじゃない?」
「おや、止める気?」
「いいや、客観的な意見だよ」
「そうだね。一時の痛い思いを怖がるより、永遠の死を望むの方が俺にとっては強い気持ちなんだよ」
彼女からの返事はなかった、何時ものように曖昧に微笑むだけ。
俺にはそれで十分だった。今日も気兼ねなく 自殺が出来る。
「……は?」
彼女は死んだと告げられた。
交通事故で亡くなっただとか沢山の理解不能な情報が目の前の女の口から吐き出される。
結局、脳内処理を終えた俺が導き出した感情は至極簡単、沸々とした怒りだ。何故、彼女が俺よりも死ぬのだ。何故、交通事故如きで死ねるのだ。何故、俺を置いて死んでしまうのだ。何故、俺にこんな思いをさせるのだ。何故、何故、何故…。
「あぁ、そうか。分かった」
俺は死にたくなかった、この際認めてもいい。
彼女の存在そのものが俺の後ろ髪を引いていたのだろう。
「君は、俺に死んで欲しかったかい?生きて欲しかったかい?」
1度くらい聞いてみれば良かったかもしれない。
曖昧に笑っていた彼女の真意は今の俺には分からない、だが…彼女の言葉通りにしようと思う。
私が死んだ後とかかな、なんて冗談交じりに呟いた言葉を俺が今から実行してやろう。
「あぁ、今なら死ねそうだ」
俺は地面から足を離し瞼を閉じた。
消えてしまった一筋の光にまた、出会える気がする。