心友っていいよね
次の日の朝ご飯は洋食だった。お母さんが焼いたパンと、ブイヨンから手作りしているミネストローネ。そしてふわふわのオムレツとカリカリのベーコン。朝日の入る明るいキッチンで、軽く巻き髪にして白いエプロンを着ているお母さんの姿は、主婦向けの雑誌のモデルのようで、作り物めいている。
ここ数年座る事のないお兄ちゃんの席の前に置いてあるスープから出ている白い湯気すら、撮影を彩る一コマのようだ。
その空席を見つめ、悲しそうな顔をしたお母さんは、作った食事をトレイに入れてお兄ちゃんの部屋へ向かう。そして扉越しに話しかけて無視されて泣く、までがデフォルトだ。お父さんはさっさと食べ終わって新聞を読んでいる。
そんな生活がここ数年続くと、だんだん心も麻痺してきた。
私も普通の顔で朝の情報番組を見ながらご飯を食べて、歯磨きをして家を出る。
一歩外に出ただけで、少しほっとした。
学校に着いたら、もう真希ちゃんが来ていた。
「由真、おはよー」
「おはよう、真希ちゃん」
中学から一緒の真希ちゃんは、私の心友だ。親友なんて軽い言葉では語れない。心の友なんだよね。
今どきの女子高生には珍しい真っ黒い髪で、本人いわく、広瀬なな似の美少女だ。……うん。まあ、ちょびっと似てるかもしれない。
ちなみに私はローナもどきって言われる。失礼な。あんなアホっぽくないぞ。
「真希ちゃん、昨日さ、もらったVR器でVRMMOっていうのやってみたんだけどさ。あれ、凄いね」
カバンを置いて、真希ちゃんの前の席に座る。この席は高田の席だけど、あいつは始業チャイムギリギリに来るから問題ない。
「へ~。なんていうゲームやってんの?」
「『Another Gate Online』ってやつ」
「え。古くない?」
ああ、まあねぇと相槌をうちながら爪を見る。うーん。ちょっと伸びてきたかなぁ。ネイルサロン行かないとダメだなぁ。
「最近のやつやればいいのに。凄いおもしろいらしいよ」
「あー。でもうちのひき兄がやってるから、かぶっても気まずいしね~」
「そお? 私だったらおた兄に装備一式貢がせるけど」
真希ちゃんのお兄さんもVRMMOが好きらしい。でもアニメの美少女も好きだから、真希ちゃんはいつもおた兄と呼んでいる。
中学の時からお互いの家を行き来してるから、私も真希ちゃんのお兄さんの顔は知っている。今年高3で受験生のお兄さんは、アニメについて熱く語るのがなければ普通にかっこいいと思う。でも、好きなアニメキャラを瑠奈たんとか呼ぶのはダメだ。あれはアカンやつだ。
「真希ちゃんとこ、仲いいもんね~」
昔は凄く羨ましかった。今でも、ちょっと羨ましい。
「由真のお兄ちゃん、相変わらず?」
「だねぇ。でもまあ、昔よりは話するようになったかも?」
お兄ちゃんが部屋から出てくるのなんて、もっぱらお母さんがいない時に限るけど、その時にバッタリ顔を合わしたらちょこっと会話はしてる。そう考えるとかなりのレアキャラだな、兄。
なんか最近はスマホアプリの開発でお小遣い稼ぎしているらしい。さすが兄。引きこもってても頭のハイスペックぶりは変わらないらしい。見かけは……髭さえ剃れば、相変わらずイケメンなんだろうけどねぇ。まあ臭くないからセーフってことで。
「前は塾とか習い事ばっかりで、全然会わないって言ってたもんね」
中高一貫の有名校に入っても、兄は毎日塾に行って、毎晩遅くまで勉強をしていた。土曜日にはヴァイオリンを、日曜日には水泳と英会話を習っていた。だから、兄が引きこもるまで、同じ家に住んでいても顔を合わせる機会は少なかったのだ。
「そーそー。それに比べたら、たまに巣から出てくるから顔は合わせてるね」
「巣とか……ウケル」
「巣じゃなかったら、アジト?」
「それもヒドイ」
あははと笑う真希ちゃんに、私は肩をすくめる。いやだって、何て言えばいいの、あれ。
「でも別に仲悪い訳じゃないなら、一緒のゲームにすれば良かったのに。手伝ってくれるんじゃないの?」
「うーん。そうかも。でもさ、康太さんが前に、ちょー廃ギルドのリーダーやってるって言ってなかったけ? それだったらちょっと関わりたくはないかなぁって思って。なんか思いっきりスパルタでガンガンLV上げろとか言われそうじゃない?」
「うはぁ。それは勘弁だわ~」
「でしょー?」
康太さんっていうのが真希ちゃんのお兄さんの名前だ。ここよりも、ちょっと頭のいい高校に通っている。
「そうそう。うちのおた兄が、受験生じゃなければ、ってすっごい悔しがってた。リアルJKと一緒にゲームできたのに、って」
「康太さん、幼女キャラ使ってるんじゃないっけ」
確か真希ちゃんが、「うちのおた兄、幼女キャラ作って、モニター見て瑠奈たんかわいいとか言ってる。キモイ!」とか叫んでた気がする。
「そーそー。前に話したっけ?」
「うん。聞いたよー。真希ちゃんキモイって言ってたじゃん」
「あー。言ったかも」
「中身、男子高校生の幼女キャラと冒険するのは、ちょっと……あ、別に康太さんが嫌とかじゃなくてね」
康太さんは真希ちゃんのお兄さんだけあって、凄くいい人だ。中1の時は、帰り道が途中まで一緒だから、真希ちゃんと帰る時にたまに合流して、コンビニでアイスをおごってもらった事がある。
その頃には私は兄とは一線を画しちゃってたので、康太さんが私のお兄ちゃんだったらどんなに良かっただろうか、と思っていた。
「オッケーオッケー。分かってるよ。私だってそんなのと冒険したくないもん。でも装備とお金だけ送ってもらう」
「うわ、ヒドイ……」
「あ、そーいえば、フレ登録してもらえれば、『Another Gate Online』のお金送るって言ってたよ。兄貴、結構前にやってたらしい。そんなに大したお金は残ってないみたいだけど、まだアカウント生きてたっぽい」
十日間はスライムを観察するしかないから、元手があるのは助かるなぁ。
「そーなんだ。それは助かる~。じゃあメッセージでキャラの名前送っとくね」
「りょーかい。あ、そだ。なんて言う名前にしたの?」
「え?本名だよ?」
「マジでー!? ありえない!? そこは違う名前つけるでしょー」
大きな声で叫ぶ真希ちゃんの口を咄嗟にふさぐ。そろそろクラスメートも登校し始めてるし、悪目立ちしちゃうじゃないかー。
「ダメだった?」
「当たり前だよー。だって本名モロバレしたら、ネットストーカーとか怖いじゃん。由真とか可愛いんだからさー。気を付けないとダメじゃん」
ん~。でもSNSとかあんまやってないし、私の事知ってるのなんて学校の子くらいじゃない?たかがゲームでネットストーカーとか大げさだよ。
でも心配してくれてるのは純粋に嬉しい。さすが心友!
「そ……そっか。じゃああんまりゲームで人と関わらないようにするよ」
「それもどうかと思うけど……せっかくMMOなのに……でもなぁ……あー、だけど逆に本名だと本当だと思われないかなぁ」
話してるうちに私が座ってる席の高田が登校してきた。
あ~、一限は英語か~。だるーい。早く学校終わらないかなぁ。
私は窓の外で揺れる葉を見て、『Another Gate Online』のあの湖の光景を思い出していた。
今日もスライムたくさんいるのかな。楽しみだな。
ちなみに私はロー〇ちゃん好きです。TVで初めて見た時はCGがそのまま人間になってる!って驚きました。
出演したバイオハザー〇は、興味あるけどゾンビが怖そうで保留中……