湖での邂逅
期末試験が終わったら、その後は3日間の試験休みだ。追試がなければ、その後は終業式まで学校に行かなくてもよくなる。となると、これはしばらくゲーム三昧できるよね。
我が家では年中無休でゲーム三昧の兄もいるけど、この度、妹もその道に進むことになりました。なんちゃって。
とはいっても、お兄ちゃんのように一日中ゲームをする気はない。たぶん。
それに真希ちゃんと早めのクリパする予定だし、交換するプレゼントも選ばなくちゃいけない。
うん。そう考えたら、引きこもってない。オーケーオーケー。これでセーフ。
さっそくPCを立ち上げて『Another Gate Online』をやろうとすると、アップデートが終わりましたという表示が出た。期末試験中も調べものをするためにPCは立ち上げてたから、知らない間に自動アップデートをしてくれていたらしい。
ということは、何か新しく変わってるんだろうなとちょっとワクワクする。なんだろうな。やっぱりクリスマスだから、村中がクリスマスになってるとか。
そう期待しながらログインすると―――
村の中は平常運転で、どこも何も変わってなかった。うう。私の期待を返せ。
トボトボとスライムの森へのゲートをくぐる。こういう時は、ぷっちょん&スライムの皆さんに癒してもらおう。くすん。
スライムの森はいつもと変わらず緑に輝いていた。ああ、やっぱり綺麗だよねぇ。
そう思いながら、ついついスキップのエモーションをポチっとする。ついでにドレミの歌も歌って、気分はミュージカル女優だ。
湖の前まで行くと、青いスライムがぽよよんぽよよんと平和に跳ねていた。ぷっちょんはどこなぁと思いながら、大声で呼んでみる。
「ぷっちょーん。ただいまー!」
すると森の奥から、周りのスライムより二回りくらい大きくなった虹色スライムがぽよ~んと大きくジャンプしながらやってきた。そして私の前までくると、ひときわ大きくジャンプして肩に乗る。
重さは感じないけど、左肩がズッシリした気がする。
あ~。なでまわしたい!
「ぷっちょ~ん、久しぶり~~~」
「由真ー! 会いたかったよー!」
「私もだよー。元気だった?」
「ボクはね、由真がいなくてとっても寂しかったけど我慢したんだよ」
小さくぷるぷる震えるぷっちょんは、薄っすら水色になっていた。本当に寂しかったんだね。ごめんね。でも学生にとって期末試験は大切なんだよ。
「そっかぁ。私も寂しかったけど、こうして会えて嬉しい」
「由真ー! 大好き!」
「私もだよー!」
どこのバカップルだ、というような会話をしていたら、後ろからプッと吹き出す声が聞こえた。
だ、誰!? っていうか今の聞かれた!?
ぐるんっと振り向くと、そこにはやたらキンキラな服を着た男の人が立っていた。名前が青いから、プレイヤーなんだと思う。
「あぁ、ごめんね。立ち聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえちゃって。それで、つい微笑ましくて笑ってしまった」
聞こえてきた声は若い男の人のものだった。といっても声なんてボイスチェンジャーで自由に変えられるから、それが本来の声かどうかなんて確かめようもないんだけど。
私が黙ったままでいると、その人は苦笑して頭をかいた。
「ほんと、悪気はなかったんだ。ごめんね。僕はここから立ち去るから、ごゆっくり」
そう言って帰ろうとするのを呼び止める。
「あ、待って。湖を見にきたんでしょ。別に怒ってないから、どうぞごゆっくり」
この人の着てるキンキラな衣装は私の村人装備よりも高級そうだし、多分、LVの高い人なんだと思う。でもって、ここにはスライムしかいないし、そんなところへ高LVの人が戦いにくるはずもないから、多分、湖を見に来たんだと予想した。
うんうん。だってこの湖って、凄く綺麗だもんね。
「ああ、うん。湖を見にきたんだ」
振り返ったその人は、懐かしそうな声で湖を眺めた。
「なんていうか癒されますよねぇ。平和って、こういうことなのかな、って思います」
湖面にさざ波が起きて、キラキラと光を反射する。パシャリと小さな小魚の跳ねる音がして、さわさわと葉擦れの音が聞こえる。
湖のそばに座ると、肩に乗っていたぷっちょんが、膝の上へと移動した。その体を良い子良い子と、撫でてあげる。
少し離れたところに、その人も座った気配がした。
「君は……このゲームを始めたばかりなのかな?」
「そうですね。えーと、2週間ちょっとかな。やっとLV10になったとこです」
「そうか。……楽しい?」
「まだ始めたばっかりなんで断言できませんけど、今のところは楽しいです。あなたは楽しくないんですか?」
っていうか、声からして、なんかあんまり楽しくなさそうだけども。
まあ、ここは一応聞いてあげるのが情けというものかしらね。
「そう、だね。楽しくなりたくてやってたはずなのに、最近は義務だけでやってるような気がするね」
義務、ねぇ。確かにそんなのでやってたら、楽しくなくなるだろうなぁ。
現実世界でもそうだけど、人がたくさんいれば、そこには色んなしがらみってものができる訳で。
そういうのに関わりたくないと思うなら、うちの兄のように引きこもるしかないんだけど、やっぱりそこまで思いきれる人はあんまりいないし、それが許される環境にある人もあんまりいないんだと思う。
でもここはゲームの中なんだから。
そこでは自由に過ごしたっていいと思うんだよね。
重たいしがらみとかは、思い切って切っちゃったりしてね。
「じゃあ、リセットしちゃったらどうです?」
「リセット?」
「正直、他人事なんで、思い切ったこと言っちゃいますけど、そんなに嫌なら新しくキャラ作ってやり直すなり、他のゲームやるなりしたほうがいいと思うんですよ」
「本当に正直に言うね」
力なく笑うその人をチラっと見る。キンキラした衣装を見るに、きっとたくさんのお金と時間をこのゲームに費やしたんだろうなぁ。それをサクッと捨てちゃうなんてことは、無理なのかもしれないなぁ。
でも、かけた時間より、これからの時間を考えたほうがいいと思うんだよね。
「新しく始めるのが不安なら、資産を信用できる人に預けて、それで強くてニューゲームにするとか。私も友達のお兄さんから遺産をもらってやってるんで、その辺りは気楽にゲームできるっていうのはありますね」
ゲームやってて思ったけど、意外とお金って貯まらないんだよね。そのままゲームしてたら、ポーション一つ買うのにも苦労したと思うもん。ほんと、康太さんに感謝感謝です。
「でもとりあえずそれは最後の手段にして、自分がしたいことだけやってみたらどうです?」
「したい、こと、か……」
「あなたがしたいことって何なんですか?」
「本物の冒険がしてみたい」
「それ、してるじゃないですか。こんな綺麗な湖でスライムに囲まれて。これだって立派な冒険ですよ」
「これが冒険?」
「だって現実にこんな綺麗な湖……は、あるかもしれないけど、スライムなんていないし。オルサの村だって現実にはない村なんだから、歩くだけだって冒険でしょ?」
なんて、私みたいな高校生が言っても説得力なんてないんだろうけどさ。でもここはゲームの中なんだし、ゲームの中で年功序列もないよね。それに、もしかしたら相手のほうが年下かもしれないしね。
「歩くだけだって冒険かぁ」
「そーそー。しょせんゲームなんだから、楽しんでなんぼです。嫌ならやめたらいいんですよ。シマさんがそう決めたのなら、それを覆すことは誰にもできないです。でもってそれに対してとやかく言う人は無視しちゃえばいいんです。その方が楽しいですよ、きっと」
そう言うと、ぷっちょんも私の膝の上で「そーそー」と同意していた。
青い字のシマという名前で表示されてるその人は、そうだね、といって小さく笑った。
「なんか、みっともないな。男なのに、こんな風に悩んじゃって」
「悩んで解決することなら、いっぱい悩むといいと思いますよ。悩んでも仕方がないことをクヨクヨ考えるのはダメだと思うけど」
たとえばうちの兄とか兄とか兄のことだけどね。私がこれから先のことを考えても仕方がないからね。もう流れに任せるというか、その時になったら考えるというか。
兄じゃなくて、私の未来のことはいっぱい考えるけどね。兄の未来は、私が考えても意味がない。考えるだけ時間の無駄だ。
「なんだか人生の師に出会えた気分だ」
「うえぇ。現役女子高生に向かってそれはダメでしょ。もっと偉い人を先生にしましょうよ」
っていうか、シマさん。こんなことで感動してたら、すぐ人に騙されちゃうよ? 世の中には悪い人なんていっぱいいるんだからね。
「年下か……増々、僕はふがいないな」
「シマさん年上ですか。まあなんというか、がんばってください」
うん。それしか言えないね。
「ここをね、もう一度見ておきたかったんだ。引退するにしても、一番最初にゲートをくぐったここに来て、あの時の感動を思い出したかった」
「じゃあ感動したとこ、もう一回行くといいですよ。それでやっぱり続けたかったら続ければいいんです」
「ああ、それはいいね。……うん。そうしてみるよ」
シマさんは吹っ切ったような声でそう言うと、ありがとうと頭を下げた。
いや、なんか、改まってそう言われると気恥ずかしいです。
それに私も調子に乗って偉そうなことを言って、すみません……




