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こうして私は『Another Gate Online』を始めることになった

 毎日が単調な日々の繰り返しだった。勉強しなさいとしか言わない母親。仕事ばっかりで家にいない父親。そしてそんな二人の期待に応えようとして、壊れちゃった引きこもりの兄。

 そんな家族の中で、いつも息が詰まりそうだった。


 毎日毎日、どうして部屋から出ないのと兄の部屋の前で泣く母。そんな母の姿を目にしていながら、平然とTVのニュースを見ながら朝食を摂る父。

 そして、こんな家族じゃお兄ちゃんが壊れるのも無理はないよね、と割り切って、お母さんの作った朝食を食べる私。


 ちゃんと出汁も取って作られたお味噌汁。減塩の鮭。牡蠣のエキス入りの海苔に、北海道の国産大豆を使った納豆。どこかの旅館の朝食ですか、と言いたいくらい完璧な食卓には、母の完璧主義が表れている。


 ほら、今だって出てこない兄をなじっているけど、その髪は完璧にブローされてる。爪だって透明のジェルを塗っててどこからどう見ても良家の奥様だ。


 だからお母さんは兄を許せない。難関の中高一貫校で首席を取ってて開校して以来の天才と呼ばれていたのに、高3になって突然学校に行かなくなった兄を認められない。自慢の息子が登校拒否して引きこもりなんて世間体が悪いから、学校とかご近所では、急に病気になったことになってる。


 だからって今まで見向きもしなかった私に色々言ってくるのは勘弁してほしいけど。


 今から東大目指せって言われても無理だよ。だってうちの学校、そんな進学校じゃないもん。

 お兄ちゃんの学費が大変だから、歩いて行ける公立の高校に行けって言ったの、お母さんじゃん。3歳違いでちょうど私の高校受験とお兄ちゃんの大学受験が重なっちゃって私の分の塾代は出せないから、自分で勉強しろって言ったの、お母さんじゃん。

 しかもさ、私の塾代は出せないって言いながら、お兄ちゃんの学校のママ友とは優雅にランチに行ってたの知ってるよ。毎週ランチに行ってたけど、あれで私の塾代くらい出せたんじゃないの、とは思う。


 でもって塾に行ってない凡人の私が、自力学習でいい高校なんて行けるわけないじゃん。近くの公立だってギリギリだったもん。


 それなのに、いきなり東大行けとか笑える。ちょ-笑える。

 お兄ちゃんくらい頭が良かったら可能かもしれないけどさ。私の頭じゃ無理無理。


 そんでお母さんにしつこく言われて思った。ああ、お兄ちゃんはこれを毎日言われてたんだなぁ、って。


 正直な話、私は兄が嫌いだった。だってさ、勉強もできて運動もそこそこで、しかもイケメン。超完璧な兄なんだよ?親も周りも、いつもお兄ちゃんと私を比較するんだよね。でもって、最後には「まあ女の子は気立てがいいのが一番ですよ」とか言うの。

 気立てって何だよ。そんなの目に見えないよ。どーせなら良いとか悪いとか数値にできるものにしてほしいよ。


 私だって小さい頃は頑張ったよ。小学校でも「あの一ノ瀬の妹」とか呼ばれちゃうしね。天才とまではいかなくても、まあ秀才くらいにはなりたいと思ってがんばったんだよ。


 だけど地頭っていうのかな。元々の出来が兄と私では相当な違いがあったらしく、どんなにがんばっても学年で一番どころか、クラスで一番にもなれなかった。「あの一ノ瀬の妹」が「あの一ノ瀬の妹なのにね」って言われるようになった。

 似てるのは顔くらい。それも兄の劣化版、って感じだけど。


 がんばってもさ、できないものはできないじゃん?

 がんばって勉強してもクラスで一番になれないし、がんばっていい子にしても、お母さんの目にはお兄ちゃんしか映ってなかった。


 お父さん?あれは家にいないからノーカンだよ、ノーカン。


 そんな兄がたまに「お前はいいなぁ」って呟くのが、本当に意味不明だった。そのセリフ、私の方が言いたいよ、って。


 だって私はいつも兄と比べられて、失望され続けてきたんだから。


 だけどある日突然兄が壊れて部屋から出てこなくなってきてから、ちょっとだけ兄の気持ちが分かった。

 話し合ったことがないから分からないけど、お兄ちゃんはお母さんに全部コントロールされる人生が、嫌になっちゃったんだな、って。それでもってお母さんの支配を受けてない私が羨ましかったのかな、って。


 分かったからって兄が引きこもりなのは変わらないけど。

 ね、でも兄、どうするんだろうね。お父さんとお母さんが死ぬまで一生引きこもるのかな。だけど両親の方が先に死ぬと思うんだけどな。


 いや私は結婚してこの家を出るよ。それこそ一生兄の面倒見るとか無理だし。






 だから友達から勧められたゲームをやってみようと思ったのは、多分、現実逃避に近かったんだと思う。


 そのゲームの名前は『Another Gate Online』

 10年ほど前に流行った、世界初のVRバーチャルリアリティー MMORPGだ。

 今のVRMMOでは普通に町の外にはフィールドが広がっていて、本当に自分が冒険しているような気分になれるくらい凄いらしいんだけど、この『Another Gate Online』はまだVR技術が開発されたばかりの時のゲームなんで、町の中にある(ゲート)を通って、洞窟とかダンジョンを攻略していく感じらしい。


 なんでこのゲームにしたかっていうと、VRセットを友達からもらったからだ。

 友達の真希ちゃんはあるミュージシャンにはまってて、そのコンサートチケットを買うのにはファンクラブに入ってなおかつ抽選に当たらないといけないらしく、ファンクラブの年会費は払うから名前だけ貸して、と頼まれたのだ。なんでも同じ住所だと家族の名前でファンクラブに入ろうとしてもダメなんだそうで、ファンクラブの会報はあげるけど、コンサートの前の払い込み用紙だけはちょうだい、ってお願いされた。


 別に名前を貸すくらい構わないのでいいよと返事をしたら、ちょっと前に買ったけど、使わないからあげるって言われて、お礼代わりににVRセットをもらった。

 まあ確かにミュージシャンにはまった真希ちゃんには必要ないかもしれないけど、そのミュージシャンがVRのミュージックビデオを出したらどうするのと聞いたら、もう既に出てて、その為に高級VRセットを購入済だった。それで前に買ったやつは不要になったみたい。

 うん。ブレないね。


 そういうことなら、とありがたく頂いて。そこで何のゲームをしようかと考えた。

 今までゲームとかはやったことがない。家ではそんな勉強に必要のないものの購入は許可されなかったのだ。


 でも今は引きこもりの兄がいる。

 兄が一日中何をやっているかというと、VRMMOである。たまに夜に「これでトドメだー!」とか叫んでるから間違いない。それに、よく宅配便で高性能PCとかVRセットっぽいのとか届くしね。

 支払いとかどうしてるんだろう。カードかな?お母さんたちもカード止めちゃえばいいのにね。止めないから、毎日宅配便がうちに来るんだよ。

 あれかな。一回カード止めた後に暴れたからかな。

 馬鹿だよね。そーやって許しちゃうから引きこもりやめないのに。


 それこそ本気でどうにかしたいなら、電気ガス水道止めてカードも止めて。別の家に引っ越しちゃえばいいんだよ。そしたらいくら引きこもりでも出てくるでしょ。人間、食べないと死ぬしね。引きこもってるだけじゃ、ご飯は出てこないしね。


 でもそんなこと、親には言わない。そこまでする覚悟もあの両親にはないだろうし、兄は私には暴力振るわないしね。

 それに遅めの反抗期が一度に来たと思えば……うん。まあ、仕方ないんじゃないかな。


 とにかくそれで、兄がVRやってるもんだから、私にも強く言えないという感じかな。


 そして兄が一日中やっても飽きな、VRMMOに興味があった。ただし、同じゲームをやるのはちょっと遠慮したい。うん。なんとなく。


 適当にネットで探してたら、無料でできるVRMMOを見つけた。しかも新規さん応援キャンペーンとかをやっていて、LV1から使える強い武器とか防具もタダでくれるらしい。

 攻略サイトも充実してるし、ちょっとした裏技なんかも紹介されてるし、とりあえず無料だからやってみようかな、と思って初めてみた。

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