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The GORK オカルト探偵目川純は助手の女装高校生リョウが気になってしかたがない。  作者: Ann Noraaile ノラエイリ・アン
「煙の如き狂猿」
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The GORK  27: 「傘がない」

     27: 「傘がない」


 一日目は、何事もなく過ぎた。

 一度、阿木から例のホットラインを使って「何か用事はないか?」と連絡があった。

 ホットラインのテストも兼ねていたのだろう。

 その時、「あんたは何故、この倉庫の中に入ってこないんだ?」と訪ねたら、監視の死角を作りたくないからだという答えが返ってきた。

 俺は、倉庫の高い天井につけてある明かり取り用の小さな天窓を見て、その言葉を納得した。

 出入り口はドアしかなく、数少ない窓も人の頭がかろうじて潜り抜けられるかどうかの大きさしかない。

 そして壁はきわめて頑丈で、防火・耐震にも優れているようだった。

 つまりこの倉庫は、要塞のようなもので、その中に人がいるなら、守る側の人間はその出入り口だけを監視していればいいのだ。


 俺の日課は、一日中、この要塞における唯一の外部との接点であるテレビを見ることだった。

 勿論、情報収集の意味が大きい。

 平成十龍城のショッピングゾーンが、なんの前触れもなく閉鎖されたと言うニュースが流れたのは、俺が此処に来てから三日後だった。

 肝心の居住区域が、どうなったのか知りたくて仕方がなかったが、そちらの方のニュースは流れていなかった。

 平常時でさえ、アンタッチャブルな居住区域だったが、俺の行為が、蛇喰のいう崩壊ドミノの最初の一枚なら、もうそろそろ異変が現れてもいい頃だった。


 4日目、阿木からの連絡がない。

 定時連絡と取り決めた訳ではなかったが、阿木からは朝方と夕刻に二度連絡が入ようになっていた。

 それがないのだ。

 不安になった俺はスマホをとりあげ、それをしばらく見つめた。

 こちらからかけてみるか。

 アイコンをタッチしようとする指先が止まった。

 なぜか、嫌な予感がした。

 その時、外部から乾いた破裂音が続け様に聞こえた。

 俺は弾かれたように、テーブルの上に置いてある拳銃を掴むと、それを腰のベルトに差し込んだ。

 倉庫の中には、隠れる場所はなかった。

 ただ真四角な敷地が、所々、簡易パネルでパーティションが切ってあって、後付のユニットバスやら、炊事場が壁際にあるだけなのだ。


 俺はテーブルの上にあった雑多なものを腕でなぎ払うと、テーブルを横向きに倒し、それを楯代わりにした。

 一応、楯を向ける方向は、ドアがある壁面だった。

 ただし、その頑丈なドアを打ち破れる外敵なら、四方どの壁からでも此方に進入できる筈だった。

 俺は確認するように、視線をユニットバス横のパーテーションに置かれてある消火器に飛ばす。

 そして、その上の壁にぶら下げてあるガスマスクにも。

 阿木が何度目かの電話の際に、昔、要人を匿った際、一度だけ催涙弾を此所に投げ込まれたことがあって、それから窓ガラスは強化ガラスに取り替えられ、ガスマスクも置かれるようになったのだと、教えてくれていた。

 その時は、まるで戦場だなと笑って応対したものだが、、。


 どう考えても、銃声としか思えないものが鳴ってから、物音が途絶えている。

 普段から外からの生活音が聞こえてくるような場所ではなかったが、今は、強い風で草木がなびいたり、外れかけた戸井が傾ぐ音以外、動くモノの気配がまったく感じられず、不気味な感じがした。

 それが俺を逆に不安にしていた。

 スマホをかければ、外の様子は判るだろう。

 何事も無ければ繋がるし、繋がらなければ、何かが起こったという事だろう、、だが阿木が息を潜めなければならないような状況下で、もしスマホが鳴ったら、あるいは着信音が切ってあったとしても、ちょっとした集中力の途切れが命取りになるような場面だったら、、。

 そんな想いが、俺の行動を遮っていた。

 しかも、そういう想いが、決して思い過ごしではないような気がしていたのである。


 突然、ドアチャイムが鳴った。

 口から心臓が飛び出しそうになるような動悸を、かろうじて沈めた俺は、腰に挟んだ拳銃を抜き出し、それを前に突き出しながらドアに近づいた。

 玄関先を映し出す、インターホンモニターが光っている。

 誰かがいるのだ。

 俺はそれに顔を寄せた。

「誰だ?」

 モニターに大写しになった見覚えのある顔。

 そこに阿木の部下である青年の顔があった。

 だが俺はドアを開ける事もせず、その場にストンとしゃがみ込んだ。

 腰が抜けたのだ。

 そしてやがて激しく嘔吐を始めた。

 俺が床にはき出した吐瀉物は、ドアの方向へ広がっていく。

 その方向に緩い傾斜が在るのかも知れない。

 涙でかすむ目で、俺はなんとなく自分の吐瀉物の流れを眺めていた。

 今、俺の思考は停止している。

 人間の身体から切り離された生首の実物を初めて見たのだ。

 モニター越しに大写しされたソレが生首だと判ったのは、それを手で鷲づかみにしていた持ち主が、血まみれの首の断面をレンズに押しつけたからだ。


 ドアまで流れたどり着いた吐瀉物が、赤く色づき始めている。

 よく見るとドアと床の境目がどす黒く、赤く、濡れている。

 血だった。

 玄関前に溜まった血が染み出しているのだ。

 俺は叫び出しそうになる自分の口を左手でふさぎ、さらに拳銃を握った拳で、それを押さえた。

 そうして、へたり込んだまま後ろ向きに尺取り虫のように後ずさった。


『でも失禁はしてないぜ、、普通、こういう場合はションベンとか漏らすんだろう?』

 俺の頭の片隅で、俺の皮肉な声が微かに聞こえる。

 やがてその声は、訳の分からないドス黒い怒りの色を帯びてくる。

 その途端に、金属と金属が激しくぶつかり合う音が何度もなり響き、それと同時にドアの表面が山脈を上から見たような形に数筋盛り上がる。

 誰かが、大型のまさかりのようなもので、ドアを打ち破ろうとしているのだ。

 おそらくあの首も同じまさかりで、討ち取られたに違いない。

 あの無惨な切り口。

 鈍い刃先で、重さという衝撃だけで数回に渡り打ち付けられ、頭部か切り離されたのだろう。


「ゴルワァっ!」

 意味をなさない言葉が、俺の口から雄叫びと共に吹き出して来て、同時に両手で銃把を握り込んだ拳銃の引き金を、指先が千切れるくらいの強さで何度も引いた。

 轟音と共に、弾丸がドアに向けて発射された。

 ドアの上に盛り上がったまさかりの跡の周辺に、丸いアナが瞬時に二つ空いて、そこから外界の光が差し込んでくる。


『全部、撃ち尽くさなかった、、。まだ俺はいける、、』

 銃を発射する時の衝撃が、現実感覚を引き戻しつつあるのか、「見えない敵の恐怖」は、俺の中で和らぎ始めていた。

 既にドアの向こうにいて、執拗にまさかりを打ち込んでいた筈の敵の気配は消えている。

 まるで、敵には倉庫の中にいる俺の行動が全て読めているように思えた。

 俺はふらつきながら立ち上がり、一旦ドアから離れ、倉庫の片隅に放置してあったガムテープを拾い上げると、それで穴の空いたドアを塞いだ。

 その時、その穴から外を覗きたい欲求に駆られたが、同時に、そんな事をした瞬間、鋭利な刃物を穴に突き立てれるような気がして、それを抑えた。



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