The GORK 25: 「夜と朝のあいだに」
25: 「夜と朝のあいだに」
ロドリゲスの小便を浴びながら鷹匠クンが泣いていた。
悔しいのではなく薬のせいで気持ちが良すぎたのだ。
「次は、俺とお嬢ちゃんの番だな。チチ、カメラを頼む。今度は主役が可愛いから高く売れる、、。」
蘭府は、手に持ったカメラをロドリゲスに手渡すと、ロッカーからシリコン製と思しき円筒状の棒と、Oリングシリンダーが真ん中に付いたレザーベルトを持ち出して来た。
「こっちの顔面拘束具は、可愛いお嬢ちゃんには使いたくはないが、素直に俺のやコイツをしゃぶってくれるとも思えんしな。」
「鷹匠クン!助けてよ!」
無駄とは知りつつ、僕は声をかけてみた。
今、鷹匠クンは完全にノーマークだ、もし正気を取り戻してくれたら、、。
蘭府の指が、僕の頬に食い込んでくる。
もの凄い力だった。
たまらず僕は口を開けてしまう。
その瞬間に、僕の口のなかに金属シリンダーが押し込まれてしまう。
シリンダーが革ベルトで僕の顔に固定される前に、僕は首を激しく振ろうとしたが、今度は、その大きな手で頭をがっしり掴まれて、動きを封じられてしまった。
「ほう、意外と似合うな。さあこれから、この太いのを舐めてもらおうか。いいのが吸えるぜ。」
蘭府がブルブル震える棒を。ペタペタと僕の頬にたたき付けてくる。
恐らく鷹匠君が口にくわえさせられたボールギャグに、あの薬が仕込んであったように、この棒にも同じものが仕込んであるのだろう。
いよいよデッドエンドだ。
僕は目を、瞑って観念した。
その時、コンテナのドアが乱暴に開かれた。
ここに入り込んだ時、最初に会った守衛の男が、顔を覗かせ「蘭府さん、警察の手入れだ!!」と叫んだ。
「馬鹿な、、奴ら、鼻薬が効かなくなったのか!?引き上げるぞ。チチ、撤収だ。」
蘭府は手に持った棒に一瞬だけ視線を向けたが、直ぐにそれを投げ捨て、身繕いが終わったばかりのロドリゲスに、早くしろと顎をしゃくった。
「お嬢ちゃん、命拾いしたな。坊ちゃんが目を覚ましたら、お前の録画は俺が持ってると言っておいてくれ。」
そして蘭府はコンテナのドアから出て行こうとする寸前、僕を振り返ってこう言った。
「信じようが信じまいが自由だがな。俺は、お嬢ちゃんの探してる同級生とやらには、会ったことはない。だからもうその事で、猪豚や俺を嗅ぎ回るな。煙猿を直接あたれ。」
倉庫内の何処かで、肝を冷やすような拳銃の発砲音が数度響いた。
僕がその音に驚き、一瞬目を閉じ、次に目を開いた頃には、僕たち二人は完全にコンテナの中に取り残されていた。
鷹匠君が僕の膝の上ですすり泣いている。
バックミラーにそんな鷹匠君の様子を気遣って、こちらを見ている剛人さんの目元が映る。
暗いが温かみを感じさせる瞳の色をしていた。
僕は、鷹匠君の上半身を覆うように被せてある剛人さんのコートの上から、彼の背中を撫で続けていた。
それ以外、鷹匠君にしてあげられる事は思いつかなかった。
「ありがとう御座いました。剛人さんが助けに来てくれなかったら、二人とも今頃どうなっていたか、、。」
実際には、鷹匠君は、一生残る心の傷を既に負ってしまっていたが、僕はその事実を誰にも話す気になれなかった。
「・・・いや、私の判断は遅かったのかも知れない。それに人手を揃えるのに時間がかかり過ぎた。」
やっぱりいい人だ、と思った。
普通、ただの運転手なら、自分の危険を省みず、あんな「悪の巣窟」に乗り込んでくれる筈がない。
「そんなことない。凄いです。映画みたいだった。」
剛人さんが微かに首を横に振ったのが判った。
「昔の私なら、あと二人ぐらい加勢で、なんとか出来た筈なんだが、もう歳だ。それに声をかけて集められたのが、たったの三人、、情けない話ですよ。」
あの時、倉庫内では拳銃の応戦音が響いていた。
剛人さんが警察の手入れに見せかける為に呼んだ助っ人達が、拳銃を持っていたということになる。
一体、剛人さんてどういう人なんだろう。
それに剛人さんが言った「なんとか出来た」の内容は、僕達の救出の事ではない様な気がした。
だって僕らは既に助けて貰っている。
多分、あのサーカスを壊滅出来たとか、そんな感じなんだろう。
勿論、それは鷹匠君を傷付けた事への報復だ。
そういう自分の気持ちを、思わず口を滑らせて漏らしてしまう男。
僕は俄然、剛人さんに興味が湧いてきた。
というか、少しだけ剛人さんが好きになっていたのかも知れない。
でもそんな気持ちの反対側で、平成十龍城に入り込んだまま、消息をたった所長の顔が、思い出されて、胸が痛んだ。