The GORK 14: 「気絶するほど悩ましい」
14: 「気絶するほど悩ましい」
ミッキーとの会見以外、主だった収穫もないまま過ぎ去った二日目の夜中、俺のスマホが震えた。
蛇喰に持って行けと、指示されたスマホだった。
平成十龍城の中では電波ごと盗聴されているような気がしたが、蛇喰の呼び出しに応じないわけには行かなかった。
俺は素早くマリーの気配を彼女の寝室に探ってから、部屋を抜け出て、夜間は半分照明を落としてある住民用エントランスに出た。
一応、監視カメラの死角になる場所は把握している。
「どうした?出るのが、遅いじゃないか。」
「馬鹿を言え、こっちの状況も考えてくれよ。」
俺は口元を隠しながら小声で応えた。
「盗聴やらを、心配してるのか?」
「勿論だ、、、この電話は一回切りにしてくれ、次の新しい連絡手段か何かを聞かせてくれるよな?」
「次の?馬鹿をいいたまえ、君への指示は総てこれでする。」
「ここはセキュリティとインテリジェンスが売りだったビルなんだぞ、現に俺はこのビルの管理室を覗き込んできたが、ここにはプライバシーなんてものは存在しないんだ。」
「君が今使っているのは、スマホに擬装してあるが、本来、軍事仕様の特種なトランシーバーだ。大丈夫、盗聴の恐れはない。、それぐらいの事は想定してあるよ。」
俺はエントランスに人影がないのを確認すると、できるだけ自然な様子を装って、備え付けのベンチに腰をかけた。
ミッキーのいた管制室で観察した限りでは、小さい音は拾えていないようだった。
勿論、個人を特定してピンポイントで監視されれば話は別なのだろうが、別にこの世界に匿われた際、スマホ禁止と言い渡されたわけでもないのだ。
つまり外部との連絡には特に制限がないという事なのだろう。
だが今の俺の様子がミッキーの管理室に映し出されているのは間違いない。
ただしその様子をミッキーが監視しているかどうかまでは判らない。
ミッキーの最後の言葉、「人間としての信用が全てなんだよ。」を俺は思い出した。
「いいかね、一度だけ言う。良く聞け。君との契約で交わした二つ目の仕事だ、、白目十蔵という名の男が一番大切にしているのものを奪い取れ、そうすれば、君の任務は2週間でキッチリ片が付く。」
蛇喰がそういうとスマホは突然、切れた。
俺は慌ててスマホを耳から離し、その小さな操作画面を見た。
着信履歴を表示するボタンを押してみるがなにも反応しなかった。
次に思い切って自分の事務所に電話をかけてみる。
呼び出し音さえ聞こえてこない。
スマホ電話に偽装した軍用トランシーバーだと?
蛇喰からの命令を受けるだけの糸電話じゃねぇか!
俺はそのスマホを床に叩き付けたい衝動を辛うじて押さえた。
地下道にある身体障害者用トイレに、有無を言わさず強引に連れ込まれた時は、さすがに僕も観念した。
助けを求めようにも人通りは途絶えていたし、第一、このトイレのある立地条件自体、男が暴行を振るうには最適化され過ぎていた。
つまり男は、それなりの計算をして、この行動に出たという事だ。
男が急に小便をしたいと言い出し「ここで少し待っていてくれ」と言われたから、僕は仕方なく壁の角にもたれて彼を待っていた。
そしてトイレに行った筈の男が戻ってきて、僕の口を塞ぎ、この場所に引き摺り込むまで、たったの30秒程度だった。
つまりこの障害者用トイレは、僕がもたれかかっていた壁のすぐ裏側に、しかも通路から隠れた形で設置されていたのだ。
思うに、男はここで何度も似たような悪さをして来たのだろう。
僕は、それ程、抵抗しなかった。
みんなから「猪豚」と呼ばれている男の体力は、遙かに僕を凌駕していたし、彼の性向はどうみてもヘテロだったから、僕の正体を知ればそれほど酷いことにはならないだろうという読みがあったからだ。
勿論、僕の正体が男だと知れた時、その事で男が却って逆上するという可能性もあった。
でも、それは目川所長が常々僕に釘を指して来た内容であり、当然そのことは僕が負うべきリスクだったから、今更泣き言を言うつもりはなかった。
男はトイレのスライド式ドアを後ろ手でしめると、僕の胸ぐらを掴んだまま、掃除用具入れの間にある隙間に僕を押し込んだ。
自由になる空間を更に限定して、僕の抵抗を極力抑える為だろう。
男は、僕が前をはだけて着けていたハーフコートを、上手い具合に肩から外し、それを拘束衣みたいに使って両腕の自由を奪った。
男はじっとりと湿った右手で僕の口を塞ぎながら、その潰れた大きな鼻を、僕の白のモヘアセーターの脇に押し込んでくる。
時々、見たくもないこの男の顔が、どアップで僕の視野を遮るのだが、男の唇の閉じられた境目から尖った歯の先端が見えた。
この男は本当に猪豚の化身なのかも知れない。
僕はこんな緊急事態なのに、何故か自分の脇の下が匂わないか急に気になり恥ずかしくなった。
男は凄い音を立てて僕の脇の下の匂いを嗅いでいる。
やっぱり、男の「猪豚」という渾名はここから来てるんだ。
馬鹿野郎、普通、先におっぱいだろうが、、そうすれば僕のブラジャーの下には偽物の乳房があることに気付がつく筈だ。
しかしすぐに僕は自分の読みが甘いことを知った。
僕のラバースカートがぺろりとムキ上げられる。
助かった。
破られてない。
これは所長に頼み込んで海外のビザールファッションメーカーから取り寄せてもらったものだ。
マドンナがこの奇妙な生地をハイファッションとして仕立て上げてくれた時から、僕はラバーアイテムを女装に取り入れて来た。
お気に入りなんだ。
値段はさほではないけれど、手に入れるのに時間がかかる。
下のパンストとパンティは仕方ないだろう、、、と思った途端にパンストのほうは破られていた。
僕にとって幸いだったのは、この時、僕の片手が男の戒めから逃れられたことだ。
あまり抵抗らしい抵抗もせず、その代わりに今まで必死に握っていたポーチの紐をたぐり寄せる。
ポーチの中にはスタンガンがある。
男が自分の行為に夢中になっている方がありがたい。
・・猪豚と呼ばれる男の存在は、例のマゾ男・嘉門から知った。
結局、嘉門は所長に自分の知っていることの総てを語っていなかった事になる。
でもそれは、嘉門の「煙猿とつるんでいたずんぐりした大男」というおぼろげな情報から、猪豚にたどり着いた僕の捜査能力の方を評価すべきで、所長が情けない奴ってわけじゃない、、、と思う。
まあ僕には、所長にはない「オンナの魅力」という武器があるわけだし。
猪豚を誘い出し夕食を奢らせ、その上、煙猿と猪豚の関係が、どうやら裏テンロンをベースにした人体臓器売買で繋がっていることまで喋らせた。
勿論、その成り行きは、猪豚にすると、甘い話と強い男に食い付いて来た馬鹿なオンナへのリップサービスに過ぎなかったのだろうが。
僕が猪豚の思惑である次の段階への誘いを断らなかったのは、臓器売買に関しては裏テンロンに密接に繋がるもう一人の男がいて、煙猿を探し出すのには、どちらかというと猪豚よりも、その男の方が重要に思えて来たからだ。
その男の名前は白目十蔵。
猪豚に付いて来たのは、白目十蔵に関する情報をもう少し引き出したかったからだ。
だがここまでだった。
僕は好きでもない男に蹂躙される程、やわじゃない。
男が生臭い息を吐きながら髭だらけの顎を使って、僕の肩をぐいぐいと押してくる。
自分の体重を利用して僕を壁に押しつけている間に、男は器用にズボンをずり降ろしている。
ナメられたものだ、下手をすると、シャツさえ脱ぎ出しかねない。
僕はワザとくぐもった甘い声をだしてやる。
勿論、猪豚を調子に乗せてやるための罠だ。
もう僕の手の中には、しかりとスタンガンが握られている。
『キモっ!もう限界っ!』と思った瞬間、僕はスタンガンのスイッチを押した。
きっと猪豚は、凄く感じたことだろう。




