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The GORK オカルト探偵目川純は助手の女装高校生リョウが気になってしかたがない。  作者: Ann Noraaile ノラエイリ・アン
「裏平成十龍城とクラブ・チェルノボグ・サーカス」
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The GORK  13: 「五番街のマリー」

    13:「五番街のマリー」


「私の名前は只野マリー、勿論、本名じゃないけど、もう本名なんて忘れちゃったわ。」

 微苦笑を口元に浮かべながらマリーと名乗った女が、俺の肩から上腕にかけてを包帯で手際よく巻いていく。

 マリーの身体からは、サーファーの女の子達が良く付けているボディコロンの匂いがした。

 俺はその手元を眺めながら、自分の事をアクション映画の中の傷ついた主人公のようだと間抜けた事を考えていた。

 本来なら看護士並のその手際からマリーの素性を推理すべき所なのだろうが、探偵家業を忘れかけた手負いのちんぴらに過ぎない今の俺には、それが出来ない。

 しかしそんな感想を彼女に喋りかけるわけにはいかないので、俺は先ほどマリーの部屋に担ぎ込まれた時に感じた事をそのまま伝えた。

「あー、俺、、目川純。あっ、それって蛇喰さんから聞いてますよね。・・でも本当だったんですね。」

「えっ何が?」

「裏テンロンじゃ、窓を裏から封鎖してるって。」

 目川は顎をしゃくって、段ボールを張り付けてある窓を示して見せた。


 昼間見る平成十龍城の住居区階の窓は偏光ガラスが使用されている為、濃いブルーグリーンをしていて内部の様子は分からない。

 それでも夜になって内部からの照明が漏れれば人の気配は分かる。

「このビルには人が住んでいない事になってるから、、夜になって灯りが外に漏れてちゃ困るって聞いたわ。建前もいいとこだけど、何故か此処ではみんなそれに従っている。」

 平成十龍城の地下4階から地上10階まではショッピングゾーンになっているが、途中でタワー状の形状に変化する11階から25階はオフィスと住居用に使われていた。

「従う?・・それって命令ってことですよね、すると裏テンロンにはボスみたいな人間がいるんすかね。」

 マリーは何処からか男物の白いシャツを持ってきて俺の肩にかけてくれる。

 蛇喰のものらしくかなり大きなサイズだ。

 クリーニングしたてのシャツとマリーの動作の優しい感触を感じながら俺は自分の痛みが随分落ち着いて来ているのを知った。


「ボスって言い方でいいのか、わかんないけど、ミッキーがいるわね。貴方をあのやくざ達から救い出せたのは、半分、ミッキーのお陰だし。」

「そうなら是非、ミッキーさんにあって礼をしたいものだ、、。」

 煙猿を探し出すにも、蛇喰の依頼を遂行するためにも、平成十龍城の有力者とは是非繋がっておく必要がある。

 勿論、最後にはその人物を裏切る事になるのだろうが、探偵の仕事というものは元来そういったものである事を、俺は知っていた。

 一人の依頼者の信頼を得るのに、何人もの人間の不信感を刺激する。

 最後にはその依頼者にさえ嫌われる事もある。

「でも彼にあっても吃驚しないでね。」

 マリーはそう言った。



・・・・・

「壁だよ。そこにネズミは自分が通れるだけの穴を開ける。猫はネズミを追いかけたくとも、その穴を潜れない。せいぜいが中を覗き込むだけだ。大きさだよ。猫は大きいから穴を潜れない。ネズミにしちゃ自分の大きさなのにな。」

 マリーがミッキーにあっても驚くなと言った主な原因、、、つまり男が顔に付けているミッキーマウスの立体仮面の口元がもぐもぐと動く。

 俺とミッキーの会見の雰囲気は、ディズニー映画にアニメキャラと実写を混ぜた作品が時々あったが、それを思わせるものだった。

 もっとも目の前のアームチェアーにふんぞり返って座っているのは、長身の痩せたリアルなミッキーマウスで、2次元の生き物なんかではなかったのだが。


「、、なんだ、納得してないって顔だな。今の説明じゃ不満足か。こっちにして見りゃ、オタクがどうして、こっちと向こうの行き来について拘ってんのかが判らんのだがな。ここに逃げ込んで来たのなら、向こうの世界には未練はあるまい?」

 長身の立体ミッキーマウスが座っている椅子の後ろの壁一面には、百に近い単位のディスプレィがはめ込まれており、そのそれぞれが裏十龍のありとあらゆる場所をリアルタイムでモニターしていた。

 ミッキーの部屋は、この巨大ビルの総合管理室だったのだ。


 俺はミッキーの丸い右耳の上あたりにある1つのモニター画面の中に、ゴーゴンヘッドギアを付けた江夏先生が、こちらを覗き込んでいるのを見つけたが、それはない事にしておいた。

 江夏先生が裏十龍にいる筈がないから、多分、江夏先生は向こう側の世界から、こちらを観察しているのだろう。


「調子のいい奴だと思われるかも知れませんが、向こうの世界に幾つか整理しておかないといけない事が積み残してあるんですよ。どうしてもこっちと向こうを行き来する必要がある。」

「ふふん、そりゃ、お前さんの勝手だろ。匿ってやっているとは言わないが、ここの住人の殆どは、向こうの世界を捨てた者ばかりだ。お袋さんの死に際を諦めた奴だっているんだぜ。ここのルールは、そんな奴らに合わせてある。」

 ミッキーマウスの黒くて大きな瞳が、入り口に近い壁際で佇んでいるマリーの方を向く。

 ペイントされた瞳の中に覗き穴が上手くはめ込んであるのだろうが、これほど細工が完璧だと、本当にミッキーマウスが「お前、この男にルールを伝えていないのか」とマリーを目で詰っているように見える。


「じゃ、聞き方を変えます。平成十龍城の住人で、外との行き来をする人間は一人もいないって事ですか?」

 ミッキーは、そこだけは誇張されていない白い手袋の人差し指で鼻を挟むようにしながら考える素振りをして見せた。

「ここは水と電力を含め。かなりの率で自給自足が出来る世界だ。ここの地下水を利用したシステムや自家発電は相当なものだよ。一体、どういうつもりで此処の行政区がこんなものを作ったのかは謎だがな。ただし、人工の建築物が都市の中にあるという現実は変わらない。テンロンの住人といえど、絶海の孤島でのロビンソンクルーソーみたいな生活は続けられないってことだ。主な外部との交流は下のショッピングゾーンとそこの住人が受け持っているが、住居区に逃げ込んだ人間の中にも、ここの独立体制を維持する為に、都市に深く食い込まなければいけない人間もいる。そういった連中は、ここと外界に自由に出入りが出来る。」

「あなたの言う、自由に出入り可能なその人間が、外の世界で触法行為を働き、泡銭を稼いでるって話もある。そんな奴らに、治外法権である裏十龍城に逃げ込まれると。向こうではお手上げになるらしい。」

 勿論、俺は今、此処で「煙猿」の名前を出すつもりなどない。

 目の前の風変わりなビルの管理人を。もう少し揺さぶって見たかっただけだ。


「そんな奴もいるかも知れないな。だがそんな事は俺の知ったことではない。俺はこの世界が順調に運営される事だけを願っている人間だ。ただ、少し頭を使ってくれ。時々、此処に視察に入りたいとか言い出す馬鹿な役人や政治家を、俺はここにいて簡単に騙し追い返す事が出来る。しかしそれ以上は無理だ。要は、そんな状況自体を作り出さない事が一番重要なんだよ。」

 つまり裏テンロンの独立性を維持するには、裏金が必要だと言う事だ。


「あなたは、俺をここにいるマリーと一緒に救ってくれた。それはなんの為です。」

 マリーの話によれば裏テンロンのあらゆるドアやシャッターの開閉は、この管理室からコントロールが可能で、俺を助け出したあの瞬間も、ミッキーがビル管理用の隠し通路とモニター装置を巧く操って、彼女を手助けしてくれたのだという。

「それは勿論、マリーが俺に力を貸してくれと言ったからだ。マリーはここに5年以上も住んでいるし、マーケットゾーンで外貨を稼いでいてくれる。信頼できる人物だ。あんたは、ここに入るのに入居資格がいるように思っているようだが、そんなものはない。例えあったとしても、それは私が発行してるわけじゃい。人間としての信用が全てなんだよ。」

『嘘だ、俺は何度もここに入ろうとして入れなかった。そして殺され掛かってようやく入居が認められたんだ!』

 俺はそう叫びだしたいのをぐっと堪えた。


「もし俺がここを出ていって、又、戻って来ることになったら、、特別な事をしなくても裏十龍は俺を迎え入れてくれる可能性はあるってことですか?」

「さっき言ったろう。ねずみが開けた穴なら、そのねずみは自由に行き来が出来る。だが猫は入れない。のぞき込めるだけだ。あんたが猫じゃなくて、ずっとネズミであることを願うよ。」

「もういいです、、。ありがとう。この話は堂々巡りだ。」

 俺は肩をすくめながらそう言った。

「ご愁傷様。こちらこそ、楽しい時間をありがとう。」

「ああ、そうだ。終点の北野灘駅、もう一区間、延伸されるのが本決まり見たいですよ。」

 私鉄の終点である北野灘駅は、平成十龍城に一番近い駅だった。

 ミッキーが不思議そうな顔をする。

 いや、いくら良く出来たマスクでも、そこまで表情を動かせないだろうから、それは俺の思い込みだろう。

 この話の真偽は知らない。

 蛇喰が裏十龍に入り込んだら流せと言った「噂話」だった。


「この話、まだ誰も知らないと思いますよ。裏の情報だ。外の世界からの手土産代わりですよ。信用が大事なんでしよう?」

 俺は、ミッキーが首を傾げたのを見届けてから、彼に背を向けた。



・・・・・


「結局、どういう事なんだ、、。マーケットエリアから住居ビルに移るには10階にあるセキュリティゾーンを通過して専用エレベーターにのる必要がある。あれが関門なのか?規模が大きいから不思議に思うが、普通のマンションにだってある当たり前の仕掛けだ。しかしそれだけの事なら、裏テンロンの住人となったからには誰もが自由に外と内とを行き来出来るんじゃないか。でも外から見てる限りには裏テンロンに逃げ込んだ人間の姿は一切見えなくなる。」

 12階にあるミッキーの管理室を出て、マリーの部屋に上がるエレベーターが下ってくるのを待ちながら、俺はいらついた調子で言った。

「目川は勘違いしてる。出れないんじゃなくて、みんなはここから出ていこうとしないの。それだけのことなのよ。それに、ここに隠れたら見えなくなるんじゃなくて、外の世界の人達はここの住人の事を見たくないのよ。」

 エレベーター前のフロアにマリーの声が頼りなく響く。

 このフロアーは広すぎる上に人通りがまったくないのだ。

「それだけじゃ説明がつかない。ここは駆け込み寺みたいな機能を果たしている。追っ手をシャットダウンさせる防護壁があるんだ。つまり誰かが意識して守るべき者と追い払うべき者を峻別してるってことになる。」

 俺はエレベーターの昇降ボタンの表面に仕込んである指紋認識のセンサーを睨みつける。

 今、こうしている時も、ミッキーには俺の動向がリアルタイムで掴めているという事だ。

「法律上、ここには人は住んでいないってことが一つ。さらに加えて諸々の事情が複雑に交差して一種の治外法権的な空間がここに発生しているのも大きいわよね。でも何度も言うようだけど、そんな事は大きな要素じゃない。私達の裏テンロンを形成してるのは人の心のありようだけなの。」

そうマリーが俺をなだめるように言った時、昇りのエレベーターのドアが開いた。



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