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The GORK オカルト探偵目川純は助手の女装高校生リョウが気になってしかたがない。  作者: Ann Noraaile ノラエイリ・アン
「沢父谷姫子の失踪」
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The GORK  11: 「やさしい悪魔」

        11: 「やさしい悪魔」


 ジンジャーエールの入ったグラスの底に貯まった氷のブロックが、カタンと音を立てて崩れた時、その男、蛇喰がやって来た。

 洒落者なのか、淡いブルーの薄手マフラーをスーツ姿の首にかけている。

 蛇喰は、「目印は黒のボルサリーノ」との打ち合わせ通りボルサリーノを斜めに被っていた。

 それに全身、ギャングスター・スタイルのスーツ。

 そのくせ、顔は町工場の社長です、と言った感じで将棋の駒みたいな形に髭が生えている。


「いやぁ待たせましたかな。ちょっと買い物に手間取ってしまいましてな。」

 蛇喰はそう言うなり、脇に抱え込んだ平たい紙袋をテーブルの上に置くと、白いロココ調の椅子に大柄な身体をドカリとおいた。

「いきなりですね。自己紹介とかしなくていいんですか?それに俺、貴方が会うことになってる人間とは限らないわけだし。」

 目川の知り合いには何故か変人が多い。

 それが、たとえ暴力団関係者であってもだ。

「何を仰る目川さん。あんた、我々の世界じゃ有名だよ。その顔を知らんものは潜りだ。」

 潜りかどうかは分からない。

 人間関係の因縁の深い組織程、心霊的なトラブルが発生しやすく暴力団関係は正にそれだが、彼らはメンツ上、そういった事を表沙汰にしない。

 故に、心霊トラブル解決を専門にしている目川は、「知る人ぞ知る」存在となるだけの話だ。


 俺はカフェの軒先に並べられたテーブルを見る、この気候だ、客は俺しかいない。

 こんな場所を待合いに指定しておいて、目川の顔が知れ渡っているとはよく言えたものだ。

「・・で貴方は、黒のボルサリーノ、、蛇喰さんでよろしかったですか?」

「神代組の蛇喰探幽です。まるで怪談話に出てきそうな名だが、本名ですよ。名前ばかりは親の遺産だから、そう簡単には変えられない。」

 笑ったのか、細くて小さい目がより小さくなった。

「・・じゃ、本題に入っていいですよね。宋さんによると、神代組が煙猿の捜索に力を貸して頂けるとか、、。」

「うむ、まあそんな所ですな。」

「で、その事への見返りはなんですか?こっちはご覧の通り、只のしがない探偵風情だ。神代のような大きな組に返せるようなものはなにもない。話によっちゃ、折角だけど、この話流させてもらおうかと考えてます。」

 蛇喰はホゥといった表情を浮かべた。

 蛇喰のような人間には、素人のくせに、筋者の自分に対等な口の効き方をする人間が珍しいのかも知れない。

 大方の人間は、平身低頭か、怯えを隠すために虚勢を張るものだ。

「見返りですか?二つあります。一つは上手く行けばでいい。もう一つは、まあこれも出来るだけのことをしてもらえれば、という程度なんだが、、。」

 蛇喰は無意識にテーブルの上に置いた平たい紙袋の角を指でなぞっている。

 中のものは正方形のように思えた。

「要領を得ませんね。浮気調査の依頼なんかじゃ、もっと具体的だ。アイツが週に何日相手と寝てるのか調べろとかね。相手が本当に浮気をしてるかどうかも確かめないうちに、そんなことを言う客が多い、、。」

「神代は、ある大手企業に可愛がってもらっている。そこの社長さんが、娘さんを傷つけた男を捜している。まあ正式に頼まれちゃいないんだがね、、どうもその男ってのが煙猿じゃないかと、、そう言う事だ。」

 目川は、どこかで聞いた事のある話だと思いながら話の続きを目で催促した。


「二つめは、若干緊急を要する。知っての通り、平成十龍城はウチの縄張りの中にある。あるのはあるが、治外法権だ。自慢じゃないが、これだけの組だ。腹ん中に、好き勝手を飼っていても、回りはその様を見て、指を指して笑うという事はしない。だが、こっちは面白くない。こちらも黙って指をくわえて裏十龍を野放しにして来たわけじゃないんだ。」

「でもなんともならなかった。あの都市計画の最中に政変が起こりましたからね。奴らそのエアポケットを上手く利用したと言うか、、蛇喰さんは知らないだろうけど、占星術でいうと」

「、、おっと、その話は宗にも聞かされた。第一、あなた、私の話を聞きたいのじゃなかったかね。」

 蛇喰は苦笑いをする。

 決してハンサムとは呼びがたい顔だが、こうして相好を崩すと却って苦み走った魅力が出てくる。


「最近になって、裏十龍の奴ら、おおっぴらに薬に売春、あげくの果ては臓器売買にまで手を伸ばしている。もう潰すしかないんですよ。神代のメンツにかけてね。」

「・・・まさか、煙猿に近づかせてくれるという見返りに、その仕事のお先棒を俺が担ぐって話じゃ」

「お先棒じゃない。あなた、一人でやるんだ。」

 蛇喰が俺の気持ちを確かめるように正面から俺の目を覗き込んで来る。

 何が、若干緊急を要するだ。

「あなた一人に、殴り込めって言ってるわけじゃない。第一、それで潰せるなら神代がとっくの昔にやっている。裏十龍の中に入り込み、内部からその世界自体を壊す、、コンピュータウィルスみたいなものだ。プログラムだよ。今の裏十龍を構築しているシステムをウイルスで殺す。一種の情報戦だ。裏十龍のような空間だからこそ、有効になる戦略なんだよ。」

 やっぱりヤバイ話だった。俺は思案した。

 リョウが持ち込んで来た依頼と、蛇喰の提案は釣り合うのか、、と。


「いや失敬。今のは受け売りだ。どうやったらそんな事が出来るのか、実は私にもよく判っていないんだよ。しかし神代は、この作戦の為に、大学の偉い先生を三人雇った。貴方はその先生たちの言う通りの事を、平成十龍城の中でやってくれればいいんだ。先生達の言いぐさじゃ、裏十龍の中に入り込んだ人間が、一定の意思と計画を持って一つの行動を起こし、それに平行してある噂話を流し続ければ、必ず平成十龍城の裏側世界は崩壊すると言うんだよ。先生達のシュミレーションによると、約2週間で、潜入者の種まきが終わるらしい。後は、ほっておいても自然倒壊するらしい。エアポケットから生まれた世界は、情報で溶けるんだそうだ。」

「・・何故、俺が?」

「裏十龍は、社会のオチこぼれの吹き溜まり、、いや失敬、裏十龍は人を選ぶ。敵対してる我々では入り込むの事自体が無理だし、ただの無能なオチこぼれでも、この仕事は勤まらない。探偵さん、言っちゃなんだが、貴方にぴったりじゃないかね。」


「・・残念ながら人選としては、、正解ですね。だが、逆らうわけじゃないが、あなたが言ったことは、あくまで、こちら側の世界の思惑だ。こっちの思惑が、通じないからこそ、平成十龍城は裏十龍としてなりたっている。偉い学者さんをそろえた所で、状況が急変するとは思えないんだが、ちがいますか?」

 一陣の風が、このカフェまで平成十龍城特有の煎じ薬みたいな匂いを運んでくる。

「仰る通り。その事に付いては、身に染みて判っているつもりだ。」

 蛇喰が、瞬間遠い目をする。


「・・内部にあなたを手引きする人間を用意した。」

「だったらその人物にウィルス役を、、」

「いや、それは無理だ。その人物が、手引きを引き受けてくれるのは、あくまで裏十龍に逃げ込む人間を思っての事だからね。その人物は、平成十龍城を愛している。」

「だとすれば、酷い裏切り行為だな、、それに俺だって、向こうは匿ってくれる状況なワケだし。」

「裏切りかどうかは、その人物が、どちらの立場に立つかによる、、。」

「蛇喰さん。俺は、この二週間、何度も裏に潜り込もうとしたんだ。だが無理だった。手引きする人間がいたところで、そう上手くいくとは思えないなんだが。」

「・・・うちの若いのに、貴男を裏十龍に追い込ませる。そいつらには、一切事情を説明しない。それで裏十龍の扉が開かないのなら諦める。」

「ちょ、ちょっと冗談だろ。あんたんとこの人間に追い込まれて、逃げ切れなかったらどうなるんだ?勿論、寸止めみたいなタイミングで助けが入るんだろうな?」

 蛇喰は何も答えずにうっすらと笑っているだけだ。


「冗談じゃない。こっちはただ、失踪した若い女を捜しているだけなんだぜ。煙猿は本命じゃないんだ。そんな寄り道みたいな捜査で、それだけのリスクを犯せるか。」

「・・・宗からの話とは随分違うな、、。まっ、貴男の話の方がもっともだがね。なんなら、この件は正式の依頼として金を出してもいい。それは、予め神代が考えていた事だ。最初から、そう切り出さなかったのは、そうすれば貴男が自分のプライドを傷つけられてへそを曲げるだろうと、宗が言ったからだ。宗は、貴男は今度の仕事に命を懸けていると言ったんだ、、。」

 俺は顔を赤らめた。

 宗が見てる目川像と、実際の俺とは随分違う。

 俺は命は惜しいし、金だって欲しい。

 誰が自分のプライドの為に、こんな危険な役目を引き受ける。


「・・他人が俺のことをどう見てるかなんて、知ったこっちゃない。、、アンタが依頼料と言ったのは、要するに俺の命の値段ってことだな、、、。」

「そういう見方をすれば、そうなりますな。」

「いったい、いくら出すんだ。」

「まあ、がかっかりするだろうが、組としてはこれだけだ。」

 蛇喰は太い指を5本目川に突き出してみせた。

 50万、いや500万か、、5千万なんてことはあるまい。

 500万あれば今抱えている借金を総て返して、狙っていた希少本が手に入る上、まだ少しは余る計算だからリョウと、、、。

 それにしても500万が俺の命の値段か。

 俺は少しうらぶれた気分になった。

「5千万なら考えてもいい、、。」

 それは冗談かと、蛇喰が会話を楽しむように首をふる。


「500万ならこの話、蹴りますか?たった50万ごときで、人生から転げ落ちる人間を私は何人も見てる。ある種の人間にとって、人生は賭の連続にしか過ぎない。そういうのは貴男も仕事柄よくご存じの筈だが、違いますか、目川さん。」

 蛇喰の表情が厳しいものに変わる。

「裏に入り込んで2週間、噂を流し続ける。それとは別に、一つやって貰いたい事もあるが、それはまあ今はいいだろう。人殺しじゃないから安心して貰っていい。その間、あんたは煙猿を探し続ければいいんだ。潜入に失敗しても250万払おう。若い者には、貴男を殺すなと念を押しておく。もっとも奴らが、それを守れるかどうか自信はないがね。怪我でもしたらその250万、治療費として使ってくれ、勿論、口止め料込みだ。いや香典代かな。裏での仕事ぶりがよければ、ボーナスを考えてもいい。よく考えれば、破格の条件だろう。現在のこのタイミングだからこそ成立する話だ。どうかね?」

「返事は今日中かな、、。」

「今すぐだ。報酬など払わなくとも脅せば動く人間を、神代は嫌という程知っている。貴男に依頼するのは、宗の手前と、うちの先生方が、この仕事をするのは、前向きの動機を持つ人間に限ると仰るからそれに従っているだけの話でね。」

「・・さっきから気になっているんだが、その袋、レコードですか?」

 蛇喰の眉がすこし曇る。

 俺のはぐらかしにつき合ったものかどうかを考えたのだろう。


「興味がおありかな。」

 蛇喰は指先で袋ごと、テーブルの中心にそれを押し出す。

 お前にこの私の許可なしにその袋をつまみ上げる勇気があるかといった感じだ。

 俺は紙袋の端に中古レコードショップ「カサブランカ」というロゴを見てとった。

 それで充分だった。

 もう俺の戦いは始まっている。

 集められる情報はどんな些細なものでも集める。

 それが俺・目川の戦略だった。

 蛇喰の此所への登場の仕方から考えて、カサブランカという店は、目の前の平成十龍城にある筈だった。

「ええ、最近、昭和60年代の歌謡曲にこり始めましてね。結構、古いレコードを集めているんです。よろしければ、その曲の題名を教えてもらえますか?」

 俺はテーブルの上のレコードには手を出さなかった。

「曲の名はブルーシャトーっていうんだがね、、傷がない、上物だ。遊び場としてのテンロンは不思議な所で、こういうものが簡単に手に入る。平成十龍城の裏は潰さねばならんが、表は別だ。この計画がうまく行けば、私、平成十龍城の担当にさせて貰おうかと思ってるぐらいでね。」

「・・・その、やらさせて貰いますよ。500万、俺の命の値段とすれば妥当かもしれん、、。」




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