白の令嬢 ケース:バ可愛い
短編婚約破棄を書くのが楽しくて書いちゃいました。
「アリシア! アリシア・クランシーはいるか!!」
お嬢様が昼食を食べられていると、食堂の扉が乱暴に開かれました。声高にお嬢様を呼びながら食堂に入ってきたのはこの国の王子、アルベール様です。
「どなたかと思えばアルベール様ではございませんか。クランシー公爵家の一人娘である私に何か御用ですか?」
お嬢様を見つけるとアルベール様は肩を怒らせながらこちらへと近づいてまいります。
「アリシア! 貴様との婚約、破棄させてもらう!!」
「おぉーほっほっほ。アルベール様ったら冗談がお上手ですわね」
あまりの急なお言葉に私は驚いて言葉が出ません。お嬢様も信じられないといった様子です。
「冗談ではない!!」
「冗談ではない? ロレッタ、どういうことか説明して」
お嬢様から説明を求められてしまいました。そのお顔にはアルベール様の言っていることが理解できないと、そう仰っています。
「お嬢様。アルベール様はお嬢様とは結婚したくないと仰られている様です」
「まあ!! アルベール様は男の方が好きだったんですのね!!」
アルベール様が本気と知ったお嬢様は口に手を当てて驚くと、明後日の方向に勘違いをして視線をおふせになりました。お嬢様はアルベール様を哀れに思ったのでしょう、男色は跡継ぎが作れず周りからはゴミを見るような目を向けられることになるのですから。
「何故そうなる!!」
「私よりも魅力的な女性など、いるはずがありませんから」
自らの言葉に満足して髪を払うお嬢様。ですがその仕草のせいで朝直したはずの寝癖が跳びはねました。後ろ髪なのでアルベール様からは見えませんが、いつの間にか周囲を囲んでいた他の学生の方の三割程には見られてしまったのではないでしょうか。
「貴様のような性格の悪い女のどこが魅力的だというのだ」
「性格の悪い、とはどういうことでしょうか?」
「彼女を見れば解るだろう!」
アルベール様が言い終えると共に、その背中から小柄で弱々しい雰囲気を持った少女が現れました。
「……スサナさん? 彼女がどうかされたのですか?」
スサナ・カバネル様。カバネル伯爵家のご令嬢です。
「昨日、貴様はスサナを階段から突き落とした、そうだな!!」
「私はそのようなこと……」
「スサナ、話してくれるかい?」
アルベール様がスサナ様の背中をそっと押しました。
「昨日の日暮れ頃、私は階段で何者かに背中を押されたのです。階段から落ちながら私は、優雅にその場を去る女性の気品に溢れた後姿をみました。その女性は薔薇のように鮮やかな赤のドレスを着ていました。そのようなドレスの似合う優雅で気品に溢れた方など、アリシア様しかいらっしゃいません」
肩を震わせながら語るスサナ様。その証言はお嬢様にとって非常に不利なものでした。
「まあ! 確かに優雅で気品溢れた赤い薔薇のようなドレスの似合う女性と言えば私で間違いありませんわね」
やはり肯定されてしまいました。あのような説明、お嬢様が否定されるはずがありません。
「それに、自身の取巻きを使って嫌がらせをしていたというのもわかっている! 証言もとれているんだぞ!」
「アリシア様のように人望があれば、願いを聞いてくれる友人もさぞ多いことでしょう」
スサナ様は確信犯のようですね。これではお嬢様は……
「当然のことですわ!」
ああ、よく考えもせず返事をされて……。
「とにかく、私はスサナを妃とする。二度と私の前に顔を見せるな!!」
これでは関係の修復は無理そうですね。いいお話ではあったのですが……仕方ありませんね。
「少々よろしいでしょうか。間違いを訂正させて頂きたいのですが?」
「アリシアの弁護をするつもりか? 面白い、発言を許そう」
アルベール様が申し出に乗ってくださいました。自らの見解に大分自信をお持ちのようです。油断をしている間に一気に話を進めるとしましょう。
私はお嬢様の正面に周り、お嬢様と目を合わせます。
「お嬢様、よくお考えください。お嬢様には友人も取巻きも存在しないではありませんか」
「ろ、ロレッタ!? 何を言うのです!」
「どなたかこの中でお嬢様と親しい方をご存知の方はいらっしゃいますか?」
私が周りにいる方々に聞きますが、当然どなたも手を上げません。自らの欲から手を上げようとした方もいらっしゃいましたが他の方に睨まれて思いとどまったようです。
少々、周りの空気がギスギスしてしまいましたが、お嬢様の無実のためですから、きっと皆様も許してくださるでしょう。
「うぅ……」
「それに昨日お茶会を欠席したのは、昼食の食べすぎでお腹が痛いとおっしゃったからですよ?」
「そ、そうだったかしら……」
「まったく、寮母の方に薬まで用意してもらったと言うのに、もうお忘れになったのですか?」
「……憶えていますわ」
これで反省して軽率な発言を控えてくれればいいのですが、それは期待は出来そうにありませんね。
と、そろそろこの場を締めないといけませんね。スサナ様の肩を抱いたまま固まっているアルベール様の傍まで行き、出来るだけ冷たい目になるように見下ろします。
「と言うわけですのでお嬢様には犯行は不可能です。理解して頂けましたか」
「あ、ああ」
「アルベール様のご要望に関しては私の方から旦那様に伝え、後日王家へと返事を送らせていただきます。ご希望どおり破談になることと思われます」
「わ、わかった」
次はスサナ様ですね。目を合わせるときつい視線を向けてきます。
「スサナ様に関しては勘違いもあったようですので報告はいたしません」
「当然です。私はアリシア様がやったとは言っていませんから!」
「ですが、お嬢様に敵意を向けたことだけは反省して頂くことになると思います」
「な……。し、失礼するわ」
「待ってくれ、スサナ」
逃げるように食堂から立ち去るスサナ様、アルベール様も後を追って出て行かれます。食堂が一気に静かになりまわりの方々の声が聞こえてきます。
「カバネル伯爵家との付き合い方を考えるよう父上に伝えなければ」「今回の件でカバネル伯爵家は窮地に立たされるでしょうね」
「嫌がらせの証言をした物を探し当てるぞ」「はっ、ファンクラブの男性会員を集めます」
「私たちはアルベール様の王位継承権を剥奪して頂くよう、陛下に意見書でもお送りしましょうか」「でしたら私が署名を集めますわ。今回は何人集まるかしら」
「今アリシアさんは傷心のはず、慰めなくては」「行かせるものか、彼女を慰めるのはこの私だ」
皆小声なのでお嬢様には聞こえませんが、お嬢様就きとして選ばれた私には聞こえています。こんなに沢山の方に慕われているお嬢様はとても幸せ者です。お蔭で牽制しあってお友達が出来ないのですが。
あと、最後の二人は旦那様にご報告です。
「結局、何だったのでしょうか?」
「私にも分かりませんが、二人とも逃げ出したのですからお嬢様が勝ったということでよろしいのではないでしょうか?」
「私が勝った?」
お嬢様は私の言葉を小さな声で繰り返します。理解し切れていないでしょうが、ここまでくればもう一押しです。
「ええ、お嬢様はアルベール様とスサナ様に勝利したのです」
「そう、ですか……ふふ……ほほほ……オォーホッホッホッホ! 確かにっ、勝利したのなら何も問題はありませんわね。さすがは私ですわ」
さすがはお嬢様、驚くほどのチョロさです。高慢なくせに残念なところが可愛いと国民の八割以上に言われるだけのことはあります。その残念さに私ロレッタ、鼻血が噴出しそうです。
因みに今回の婚約、旦那様がお嬢様のファンである国王陛下からどうしてもと言われて、虫除けくらいにはなるかとしぶしぶ結ばれたものです。本当にいい虫除けだったのですが向こうの方からお断りされたら仕様が無いというものです。
この後陛下は心底がっかりし、アルベール様はこってり絞られる事でしょう。
「それでは帰りますわよ、ロレッタ」
「お嬢様、まだ午後の授業が残っております」
お嬢様は最後まで残念なのです。
コンセプトは萌える婚約破棄、どうだったでしょうか。
良かったら、皆様のご感想をお聞かせください。