痣
友人の書いていたのはここまでですね。まぁ、これも(以下略)
それから俺と鱗は、父さんに言われた通り、夕食の後はすぐにそれぞれの部屋に入った。
鱗の部屋は一階、囲炉裏の向こうの部屋で、俺の部屋は、一部屋の二階全体だ。
「…………」
俺は布団の上に座り、父さんと母さんの妙な様子について考えてみる。どう見ても何かがおかしい、絶対に何か裏がある……そうは思う。
でも、一体何がおかしいのか、裏にあるものは何なのか、具体的なことに心当たりがない俺は、それ以上思考を進めることはできなかった。
「……ああ、分からねえ! 今日はもう寝る!!」
やがて俺は、そう独り言を言うと上着を脱ぎ、寝る時の格好である半裸の状態になる。
そして、脱いだ上着を置こうと後ろを向いた時、置いてあった鏡がふと目に入り、俺は動きを止める。
俺の目は、鏡を通して見る自分の背中の、肩甲骨の間を向いていた。そこにあるのは、広げられた二枚の翼のような形の、青い大きめの痣だ。
翼の形は、鳥のものではなく滑らかで角ばった、まさに竜が持っているもののような形。
それも、驚くほど鮮やかで左右対称、まるで刺青を入れたかのような痣だ。
「生まれた時から……こんなものがなあ…………」
俺は痣を見つめながら、また独り言を呟く。というのも、この痣は俺が生まれた時から、今と変わらないくらいの鮮明さで背中にあったと、母さんが話していたからだ。
普通に考えれば、痣の鮮明さからも、到底信じられるような話じゃない。だが、俺は生まれた時から同じような痣を持っていた人間を、この目でしっかりと見ていたから、母さんの話はすんなりと信じることができた。その人間っていうのが……
「お兄ちゃん……」
するとここで、突然横から俺を呼ぶ声が聞こえ、俺はすぐにその方を向いた。そこには、パジャマ姿で少し深刻そうな顔をした、妹の鱗が立っていた。
「鱗……? どうした……」
俺は眉を顰めてそう言いかけたが、その時に自分の上半身が半裸であることに気付き、慌てて布団で上半身を覆って叫ぶ。
「わっ! い、いきなりなんだよ! 俺の部屋に入るときは一声掛けろって……」
だが、そこまで言ったところで、鱗は深刻な表情のまま、静かな声で切り出した。
「お兄ちゃん、私…明日の『竜狩り』…行っちゃいけない気がするの」
「……は?」
鱗の言葉に、きょとんとした俺は慌てるのを止め、呆けた声を出す。鱗はさらに続けた。
「明日の『竜狩り』……上手く言えないんだけど、すごく嫌な感じがするの。何て言うか、そうね…………」
ここで鱗は、一旦言葉を切って頷くと、一層深刻そうな顔をして続けた。
「行ったら……もう帰ってこれない……みたいな……」
「……り、鱗……?」
鱗のただならない様子に、俺は軽く息を飲んで呟く。するとすぐに、鱗は首を横に振り、作り笑いをした顔で言った。
「ううん、『竜狩り』が村の恒例行事だから、行かなきゃいけないことは分かってるの。こんな時に、変なこと言ってごめん。じゃあ、お休み……」
そう言うと鱗は、踵を返し、そそくさと階段を下りていった。
「…………」
その時、押し黙ったままの俺の目は、最初は階段を下りていく鱗の背中を見ていたが、すぐに彼女の足首に向いた。鱗の足首にあったのは、俺と同じような感じの痣だ。
だが、それは翼の形じゃなく、少し縦長の六角形の模様が、いくつか規則的に並んでいる、そう、ウロコのような形の痣だった。
ここまで言えばもう分かるとは思うが、俺がこの目で見た、生まれた時から痣を持っていた人間……それは、鱗のことだ。
当時俺は2才だったが、狭い範囲で小さく目立たないながらも、あまりにも鮮やかで規則正しい、それでいて綺麗な縦長六角形の痣は、幼い俺の記憶に刻まれるには、十分すぎるぐらいに印象的だった。
そんなことを思ってるうちに、鱗は階段を下りていき、ついに見えなくなる。
「…………なんだったんだ……? あいつ……」
俺はまた独り言を呟くと、布団の上に横になり、また考え始める。明日の『竜狩り』に行っちゃいけない……?なぜだ?
あいつは俺によく冗談を言うが、あの顔は冗談を言う時の顔じゃなかった……。何か変な夢を見て、現実とごっちゃにでもなっているのか……?
いや、認めるのは癪だが、あいつは高校に通っていない俺なんかよりも、はるかに頭は良い。
そんなあいつが、夢と現実の区別が付かなくなるなんて、俺でもならないことになるものか……?
何よりも……父さんと母さんに似たのか、あいつもたまに変なところで、やたらと勘が鋭いしな……。
じゃあ、まさか本当に、何かが……起こる……のか…………?
それからしばらく俺は、我ながら自分らしからず長く考え続けていたが、そのうち疲れてしまったのか、気が付いた時には睡魔に捕らわれており、深い眠りに就いていたのだった。
この作品の執筆は基本的にとても遅いです。
なので、更新は気長に待っていただけると嬉しいです。