風に吹かれて 第三十話 『最終決戦6/7』
「丸田さん、丸田さん! 私の言うことが聞こえるか?」
「確かに、今少し動いたような気がしたのだけれど……」
「やっぱり動いたぞ! おい! しっかりするんだ」
「丸田さん!」
「目が開いたわ。私たちの言っていることに反応したわ。丸田さん! 」
「何か、話そうとしているわ!」
「おい、しっかりするんだ。何が言いたいんだ? 気をしっかり持って話して御覧! ほら!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「肇くん! 肇くん!」
「ワンワン、ワンワン、ワンワン!」
「お兄ちゃん、安心して、世界は救われたのよ!」
* *
――世界が救われたって? この人たちは、いったい何を言おうとしているのだろうか。僕は、何も覚えてはいない。僕は、目がかすんで、よく見えないし、ひどい耳鳴りで、みんなが言っていることも良く聞こえない。ひどく体が痛むし、それでいて、ひどく眠い。
丸田肇は、愛犬のタロウとどういう拍子でか『世界』に、時空を超えて舞い戻ってきた。その様子を目撃した人たちの証言によると、『世界』のとある通りの五メートルくらいの何もないたかみから、湧き出すように、丸田肇と彼の飼い犬、タロウが姿を現すと、通りを行き交う人々を目掛けて落ちてきたのである。その落下地点から、巻き添えにならないように、人々は、走り出しす時間の間が存在していた。そこで、丸田肇とタロウとは、人がはけた地面に身体を叩き付けるように、落ちてきたのである。彼らは、打撲を負ったのだが、五メートルから地面に叩きつけられたにしては軽傷であった。それとは、別の原因で、丸田肇は、意識を失っていた。時空の歪みに捕らえられていたものが、『世界』に生還したような場合によく見られるものである。大抵の場合には、意識を失ったまま死んでしまうのだが、丸田肇の場合は、何とか一命をとりとめた様子であった。
――俺は、タロウと一緒に元いた『世界』に帰ろうとしていたのだが、上手く帰れたのか?
丸田肇は、かすんでいる目で周りを見渡してみたのだが、そこに見えたのは、出発前に、見なれていた顔ばかりであった。肇とタロウは、どこにも行けず、元の『世界』に戻ってきたのだ。ただ、何十年も前の姿の妹が、その中にあった。制服を着て、受験のために、塾に通っていた頃の丸田肇の妹であった。妹だけが、肇が、帰ろうとしていた『世界』の妹であった。
――里佳、お前はこんなに長い間、その制服のままで、どこに隠れていたのだ。
丸田肇は、そう思ったのだが、そのときに、ひどい眠気がおそってきて、また、眠ってしまった。
丸田肇が、とっぜん降ってきた通りから、そう遠くはない公園に、女子学生が、倒れていた。彼女は、ひと昔も、ふた昔も前のスタイルの制服を着て、髪型なども随分時代遅れのものであった。彼女は、怪我も具合も軽く、すぐに、意識を取り戻した。彼女に名前を聞いてみると、丸田里佳という。そして、話の様子から、彼女は、何十年も前に、行方不明になっていた丸田肇の妹であるらしかった。
丸田里佳は、何十年もの間、どこをさまよっていたのか、自分でも全く分かっていない様子であったのだ。丸田里佳が、戻ってきた『世界』は、けっして好ましいものではなかった。それどころか、彼女には、信じられないくらいの悲しい知らせを彼女は聞くことになった。それでも、不幸に負けることはなかった。
丸田里佳は、兄の丸田肇に付き添い、肇が意識を回復するときを待っていたのだ。
* *
「ワンワン、ワンワン!」
タロウは、丸田肇を起こそうとしている。タロウは、丸田肇に朝の散歩に連れて行くように要求しているのだ。
丸田肇の怪我はすっかり回復していた。そして、見舞いにやってきたキャプテン・エイブラハムという人物は、丸田肇に、『最終決戦』という戦いに『世界』が勝利を収めて、『世界』には、平和が戻り、秩序が回復したと自慢げに語ったのだ。