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風に吹かれて 第十六話 『ハコブネ6/7』


 幾らか、元気を取り戻したルポライターは、今回の取材に当たってのスポンサーや、記事を掲載予定の雑誌社と連絡を取った。そして、ルポライターは、取り返しのつかない失敗をしでかしてしまったことを、思い知らされることになった。失敗というのは、ルポライターが、仕事先、友人、親戚、家族の誰にも連絡を入れないまま、一週間もの間姿をくらましてしまっていたことである。彼は、自分の不在のために、掲載予定の記事に穴をあけた。そして、最も悪いのが、国宝『神々の黄昏たそがれ』という鏡を博物館の金庫から借り出していたことが、ルポライター自身の不在をきっかけにして発覚し、今や新聞、テレビなどのマスコミにより、希代の大泥棒に仕立て上げられてしまっていたのであった。ルポライターにしてみれば、国宝『神々の黄昏』という鏡は、もう一人の丸田肇、つまり、ラーメン屋の丸田肇に会いに行くに当たっての関門を抜けるために必要な鍵に当たり、どうしても必要だったために、親切な学芸員の友人に頼んで持ち出していたものであった。もちろん、取材から帰ったらすぐに、友人の学芸員の手によって、しかるべきところへ返却される予定であったのだが、一週間という予定外のルポライターの不在の間に、国宝『神々の黄昏』の紛失が発覚してしまったのだ。このまま、話がこじれたら、ルポライターは、二度と仕事がもらえなくなりそうであった。


 ルポライターの友人の学芸員は、事情を世間に説明するように求められた。彼は、自分たちの非を認めながらも、国宝の持ち出しに関しては、ドッベルゲンガーの珍しいケースの存在を証明するためには、必要であり、しかも、致し方ない行為であったのだと主張した。しかし、学芸員の話が、余りに突飛で、現実離れしていたので、世間の人々は、一時、彼を狂人扱いにした。


 しかし、間もなく、学芸員の弁明べんめいにあったとおり、丸田肇という高校生がいると言うことが、マスコミの取材で明らかになり、この丸田肇という高校生が運営していたブログにおいて、非常に不思議なやりとりが、このブログの参加者たちの間で行われていたことも、また、マスコミの取材で明らかになった。


 このようにして、世間の関心は、ルポライターと国宝『神々の黄昏』から、丸田肇という高校生と彼のブログへと移っていったのである。


 しかし、世間の関心が高まる中、丸田肇と彼のブログは、消えてしまうということがおこった。どういうことかというと、昨日まで普通に暮らしていた丸田家の面々が、突然姿をくらましてしまったのである。丸田家は、家財道具は、日々の暮らしのままであったのだが、丸田肇も彼の家族も、タロウという飼い犬に至るまでが、姿をくらましてしまったのだ。


 ということで、世間は、もう一人の丸田肇に関心を向けた。ルポライターは、ラーメン屋の丸田肇をつれて帰るように、厳命げんめいを受けることになった。


「あなたを、つれて帰れば、僕は、新しい連載を持たせてもらえそうなのだ。そして、国宝『神々の黄昏』のことも、不問にしてくれるそうなんだ。あなたに、対しても、決して悪いようにはしないって向こうでは言ってくれているのだ。丸田肇さん、私と一緒に、向こうの世界に是非とも来てもらえないか? どうか、お願いする」


「悪いようにはしないって言っても、結局は、さらし者になるのは、間違いないことだしなぁ」


 丸田肇は、乗り気になれなかった。


「しかし、向こうの世界に行けば、もう一人の自分と対面できるかもしれない。もう一人の自分に会うなんて体験をできる人間は、歴史始まって以来あなた一人というわけなのだし、この機会を逃すなんてことは、絶対にやってはならないことだよ。これは、神があなたに与えた使命に他ならない。僕は、そう思う」


 ルポライターの余りに熱のこもった口調に、ラーメン屋の丸田肇の心は、少し動いた。


「確かに、俺も好奇心が強い男だから、会ったとしても何を話すかは、まだ決めてないが、もう一人の自分に会ってみたいという気持ちは確かにある。しかし、俺の感想を正直に言わしてもらうと、もう一人の俺がいる世界に行くというのは、そんなに簡単なことではないように思えるんだ。ということで、あんたが国宝『神々の黄昏』という鏡を使って、どうやってこの世界にたどり着いたのか、俺に、正直に話してくれないか」


 ルポライターは、ラーメン屋の丸田肇にいとま乞いすると、少し離れた岩陰に向かって歩き出した。そこで、何かを掘り始めた。ルポライターは、ショルダーバックを持って戻ってきた。


 ルポライターは、ショルダーバックから、国宝『神々の黄昏』らしき鏡を取り出すと、鏡の位置をいろいろ調整しながら、太陽の光が、ラーメン屋のキッチンカーの背後にそびえる『ハコブネ』のオリーブとハトのマークに当たるようにした。すると、驚くべき変化が『ハコブネ』に見られた。『ハコブネ』の内部から外に向かって淡い光が、点滅しながら、発せられ始めたのである。


「こうやって、『ハコブネ』に一度乗りこみ、向こうの世界の下水孔から出てくるという仕組みだ。ここに、やってきたときには、この反対をやったわけだ。このやり方については、向こうの世界のあなたのブログで見つけた。これであなたも納得できただろう。ということで、あなたの支度ができたら、早速、出発しよう」


 ルポライターは、こういうと誇らしげに、巨大な『ハコブネ』を見上げた。


 その瞬間のことである。『ハコブネ』が、その姿を突然消してしまったのである。ルポライターとラーメン屋の丸田肇の目の前で。丸田肇が、さらに、驚いたことには、次には、ルポライターの影が薄くなり、やがては、完全に姿を消してしまった。


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