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チラシ 第二話 『ブログにて』

Lacrimosa dies illa,      涙の日、その日は

qua resurget ex favilla    罪ある者が裁きを受けるために

judicandus homo reus:    灰の中からよみがえる日です。

Huic ergo parce Deus.    神よ、この者をお許しください。

pie Jesu Domine,       慈悲深き主、イエスよ、

Dona eis requiem. Amen   彼らに安息をお与えください。アーメン。



       *       *      




 丸田肇は、通りに出て、声の聞こえてきたあたりをぐるりと一回りしてみた。しかし、母親の美佐のことも、飼い犬のタロウのことも見つけることができなかった。



――家に帰ってみるか? いや、駄目だ。母さんや、タロウが家に帰っているなんて絶対に考えられない。



 肇は、すごくいやな予感がしていた。肇は、ほかに心当たりのある場所をいろいろ当たって近所をさまよい歩いていた。


 気がつくとあたりの街灯の灯がともっていた。肇は、自分が疲れて途方に暮れているのが分かった。



「大先生! 丸田先生!」


 丸田肇を呼ぶ声が聞こえた。声は、どんどんと近づいていた。声は自転車で丸田肇を追いかけてきた。肇に追いつくと、自転車は止まった。それは、竹下巡査であった。


「ブログを読ましてもらったよ。感心した。あなたは、本当に若き天才、そのものだねぇ」


 丸田肇は、去年の『お城祭り』に出かけたとき、『お城祭り』のいろいろな催し物を写真や動画に撮り、ブログで紹介した。


そのときの写真や動画には偶然不思議な光景が写っていて、それが、ネットで話題になった。それだけでなく、その写真や動画がきっかけとなって、ふだんはほとんど書き込みのない丸田肇のコメント欄にいろんな人たちが書き込んで大いににぎわった。


 竹下巡査が、若き天才とか言っているのは、当時コメント欄の常連になっていたとてもいろんな知識を持っていた人物のことを指していたのである。竹下巡査はその人物が丸田肇、本人だと誤解しているのだが、実は、別人であった。


ズルいのか? 説明するのは面倒なのか?


丸田肇はこのような場合には、いつも同じ対応していた。ハイとも、イイエとも言わないやり方で、つまり、曖昧な口ぶりで『全くの偶然ですよ』とか言ってしまい、他人の功績をなんとなく自分のものにしてしまうのだ。


 丸田肇の悪い面である。しかし、竹下巡査の呪縛は解けることはなく、かえって妙な信仰心さえ生み出したのは罪深いことである。


 竹下巡査は、ポケットから、手帳を取り出した。それは、私物の手帳でかなり使い込まれており、表紙からヨレヨレの状態だった。竹下巡査は注意深く手帳のページをめくって行った。というのも、手帳にはページごとに恐ろしいほどの数の文字で埋めつくされていた。文字はページの端から端まで書かれており、更に、色を違えて文字の上から重ね書きされていた。そして、文字のほかにも、なにかの記号、チャート、表、図案、スケッチ、新聞の切り抜きがあった。そして、写真のたばが、手帳に挟み込まれており、それが落ちないように、小指と人差し指の圧力でバランスを取っていた。


「あの人たちは、今年も来るだろうかね。写真の連中だが……」


 竹下巡査は、ブログの写真に写っていた不思議な人たちの一群のことを言っているのであった。それを今持ち出されるのは、丸田肇にとって不思議な感じがした。あの話題で、ブログがにぎわったのはせいぜい一週間で、それを過ぎるとブログでもそれを語るものはいなかった。話題は、その一つには止まっていないのである。しかし、竹下巡査は、同じことばかりを聞きたがった。


「どうして、今頃……。警察の人が……」


「……。そうだね。たしかに、うーん」


 竹下巡査は、黙り込んでしまった。


「あの連中がトラブルを起こすと警察は考えているんですよね」


 丸田肇は、竹下巡査が何を考えているのか知りたかった。


「そうなんだよ。今年こそは、何か起こるって上の連中が言うんだよ。だから、それに備えて警察でもできる限りの準備はしておこうと言うことになったんだよ。そして、肇君のブログが資料として大いに活用された訳なんだ。しかし、この一件は、私的に非常に重要な案件なのだ。つまり、陰陽とか、結界とか、その類いの問題は、私は分けて考えることにしている」


「それで、僕に聞きたいことができたというわけですね」


「そうなんだ。一つ分からないのが、昨年の『お城祭り』の会場にいた人たちが、異界からでも響いてくるような例の不思議な音響についてはたくさんの人が体験しているんだ。テレビに映っていた映像にもそれらしい音響が記録されているんだ。ところで、あの音響は、肇さんは、何かの曲だと言うんだよね」


「そうです。ぼくには、あれがモーツァルトなどのレクイエムにある『ラクリモーサ(涙の日)』に聞こえたんです。だれも、信じてくれなくて、かえって馬鹿にされました。しかし、そう思われるのも仕方がないことなのです。実際、歌詞は、『ラクリモーサ』と一致しているようです。しかし、音楽が、モーツァルトのレクイエムのと似ているようで、似ていません。お経を読み上げるように平板な印象を受けます。そして、ゆっくりとしたテンポで歌われます。伴奏も、あっさりしていています。この『ラクリモーサ』の音楽は、何かも呪文のように、何度も、何度も繰り返し歌われます。しかし、モーツァルトのレクイエムの『ラクリモーサ』と全く違うかというと、そうでもないのです。モーツァルトの音楽の面影がそこに残っているのです。何ともとりとめのない話ですみません」


「ところが、『お城祭り』の記録映像を調べてみると、その『ラクリモーサ』が流れているのだ。だから、今のところどうだというわけではないんだがね。ただ、署の人間の中にはなぜ『ラクリモーサ』なのかと不思議がっているのもいる。しかも、偶然の一致かもしれないが、まもなく、この町中に『ラクリモーサ』が、流れることになるそうだ」


「……」


 このとき丸田肇の心にあらたな不安が生じた。このことは、丸田肇の記憶にあとになってもはっきりと残っていた。


「ところで、先ほど、肇君のお母さんに会ったよ。タロウとか言う犬を捜していらしたので、ちゃんと、タロウのことを派出所に連絡を入れてある。見つかったら、家に連絡が行くようにしてある。ひょっとしたら、もう見つかっているかもしれないね」


 そういうと、竹下巡査は自転車にまたがり、こぎ出そうとした。しかし、何かを思い出したらしく、肇の方を振り返った。


「こんなもの出ていたんだがね」


 竹下巡査は、ポケットからチラシを取り出し、肇に見せた。それは、『お城祭り』のチラシであった。肇は、チラシを読み始めた。


「これは、あげるから」


 竹下巡査の自転車は、加速し、走り去った。


ラクリモーザの訳は、wikipediaのものを使用しています。

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