チラシ 第一話 『タロウの家出』
『いつでも夢を』という小説の改訂版です。かなり、手を加えました。著作権が心配で『いつでも夢を』をレクイエムに変えています!
午後、娘の里佳が塾から帰ってくると、丸田家では、ちょうど、飼い犬のタロウが家を出て行くところだった。
「タロウが、家から出て行ったけど、どうかしたの」
里佳は、玄関に出てきた母親の美佐に聞いた。
「あら、やっぱりね。タロウったら急に見えなくなったのよ。だから、うちの中を探していたんだけど、やっぱり、家出しちゃったんだ。ところで、タロウどっち行った? 追いかけなくっちゃ」
そういうと、母親の美佐もタロウを追いかけて家を出て行った。
母の次に、家の中から、現れたのは里佳の兄の大学生、丸田肇であった。肇はプンプンに怒っていた。里佳は訳を聞いた。
「タロウ、どうかしたの」
「父さんに聞いてみな、今度ばかりはしくじったよ。ちょっとタロウを捜しに行ってくれない」
肇は、それだけ言うと家にもどり、庭の菜園の手入れを再開した。里佳は、肇に再度、尋ねた。
「ねぇ、どうして、タロウが家を出て行ったの? 兄さん、何が? 父さんがどうかしたの。兄さん、どこに出かけるの?」
「知らない! 俺は、『父さんが、タロウのことを家から追い出したんだよ』なんて、いえる立場じゃないからね。だから、訳はほかで聞いてくれ。ただ、タロウと、父さんは仲が悪かったからね。それは、お前もよく知っているだろう。つまり、そういうことなんだ。俺は、少し母さんのことが心配なんだ。俺の第六感はよく当たるからな。母さんといっしょにタロウを捜してくれよ」
しかし、里佳は肇の頼みを聞くというわけでもなくそれそわしている。里佳の好きなアイドルの番組がそろそろ始まろうとしていた。
父親の丸田八郎が、家から飛び出してきた。丸田八郎は息子の肇とにらみ合った。口論の口火を切ったのは、父親の八郎だ。
「俺は、知らんぞ。肇、無実の人間に罪をかぶせるようなことを言いふらすんじゃない。俺は、犬は好かんが、それでも家族で飼っている犬を追い出すようなことはしない。あと、お前の大学の仲間はなんだ。お父さんが、大学の頃には、ああいう輩とつきあうことは考えもしなかった。お母さんも心配している」
丸田肇は、直ちに反論した。父親の八郎に食い下がった。
「とぼけないでよ、父さんには、タロウのことも友達のことも、とやかく言われたくないよ。父さんこそ、昔とは全く違ってしまったね」
「……」
この家では、こういう喧嘩が頻繁に起こるようになっていた。
「母さんも、『近頃、父さん泥棒みたいになった』って心配しているよ。タロウは、お父さんの泥棒体質に気づいているんだよ。だから、最近、吠えかかるようになったんだよ」
「……。何、俺が泥棒だと! だれが言った!」
肇は、八郎の質問に答えず、八郎を罵り続けた。ロ喧嘩は一旦はじまるとなかなか止まない。そして、どちらもやり過ぎてしまうのだ。
「お父さんは、タロウが煙たくなったものだから、ペット屋とタロウを引き取ってもらうように相談したそうだね。それを聞いて、父さんが、タロウを本気で憎んでいると分かったよ。母さんが心配しているとおり、父さんは、番犬を煙たがる泥棒気質がすっかり身についてしまったようだね」
「うふーん!」
里佳は、せき払いで肇に自制心を持つようにうながした。しかし、肇は虫の居所がよほど悪かったのか、この日は、いつもに増してブレーキが利かなくなっていた。
「ところで、父さんはタロウに何を言ったの。ちゃんと、見てていたんだから。タロウ、父さんになんか言われて外へ行っちゃったんだよ。すごい悲しい顔していた。タロウは、外は怖がっていかないだろう。それが、家を出て行ったんだからそれは、父さんはすごいこと言ったに違いないよ」
「いや、知らんぞ。そんなことはというでも良い。それより、よく話を聞け。俺の話を聞くんだ!」
丸田八郎は、それだけ言ったっきりだった。八郎は、言いたいことを度忘れしてしまったのか? あるいは、肇が相手では話が成り立たないと判断したのか? 八郎は家の中に戻りかけた。しかし、肇は父を逃さなかった。
「とうさん!全く、母さんは……、あの犬は飼い主のいったことの意味を正確に理解しているって、人の心を読めちゃうって、いつも、母さん言っていただろう。タロウは、ああ見えてデリケートなんだよな。だから、タロウと接するとき母さんはけっこう気を遣っていたんだ。それは、父さんもよく知っているだろう」
里佳は、ことの次第は飲み込めなかったが、肇の横暴な態度が暴走に思えた。里佳は我慢がならなかった。
「けんかする人嫌い!」
里佳は、肇にそう言うと家の中に駆け込んだ。
「……」
里佳に怒鳴られ、肇は、ポカンとして、里佳が家に駆け込むのを見送っていた。
――タロウ、タロウ!
愛犬のタロウのことを追いかけて外へ出て行った母親の美佐の声が聞こえてきた。美佐は、近くを捜しているらしい。しかし、まだ見つからないようだ。
「いよいよ、いやな予感がしてきた。俺、そとで、母さんの様子見てくるわ」
丸田肇は、そうつぶやくと門を出た。