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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第三章・後 切れない

「お前なぁ…」

 少女が出ていった後、魔法使いは魔女に冷ややかな視線を向ける。

「いやー、反応が初々しくて可愛いかった~」

 うふふ、て魔女は微笑む。

「ていうか、」

 魔法使いはソファにもたれ、

「お前の趣味がプロファイリングなんて、はじめて聞いたんだけど?」

「うん、私も初耳だもん」

 だろうな、と魔法使い。

「そこまでして何を調べたかったんだ?」

 聞いた魔法使いを横目に、魔女は机に魔法の光で以て円を描く。

「保有魔力量がちょっとおかしくてね、っと」

 すると、魔女は口の中に右の人差し指を突っ込み、唾を滴らせて取り出す。口から引いた糸が灯りに煌めいた。

 その唾を円の中に落とす。

「…展開」

 魔女が呟くと、円が光り、唾が分解(・・)されていく。

「魔女の独自魔法…「解析」だっけ?」

「ううん、「暴露(scoop)」」

 唾が消えていくと同時に、円――簡易魔方陣の上には立体的な透明の図形や文字が浮かぶ。

「この魔法、使うのに対称の体液が要ったからねー」

「…キスで唾を吸い取って、か。もっと他にやり方なかった?」

 現れたのは、少女の血に刻まれた情報を表す図形。それが手で干渉して操作されていく。

「涙と汗は状況的に無理だし、血は傷がつくからヤだ。それとももっとやらしい所から体液取っても良かったの?」

 キスで良かったよ、と魔法使いは細い目をする。

「…遺伝子モデルは…」

 魔女は、浮かんだ螺旋状の立体図形を回し、情報を確認する。

「んー…やっぱこの魔力量、おかしい」

 どうおかしい? 聞いたのは魔法使い。

「多すぎるんだよね」

「どのくらい?」

「私の百分の一ぐらい」

「多すぎるだろ」

 ちなみに、魔女は一般市民の数百倍。ハイルディの場合はそれを万倍しても足らないぐらいにある。そんな人間がこの世にいるのか、なんで自分の友達にいるのか?――いるんだからしょうがない。

「ま、まだまだ未熟な魔力の塊でしかないし、戦闘なら暴発しかできない。工業的価値はゼロね」

「そうなんだろうけど…」

――あの子がなんでそんな魔力を? 普通の子のはずだろ…?

 奴隷商人からはただ「ドイツ北部出身」とだけ聞いている。何の特徴もないはずだ。

「考えられるのは、エルフの族長の家系か、オーディンあたりの私生児とか。でも遺伝子にはそんなのないし、元よりそんな子が奴隷になるわけないし」

 ハイルディは、「暴露(scoop)」を解除した。

「何はともあれ、大きな船の舵は、あなたが握ってるんだからね。ちゃんと操んなよ?」

 わかってる、と重い息と一緒に返答した。

「他にわかったことと言えばぁ――」

 浮かんだのは、悪戯っぽい笑み。

「――処女」

 そんなこともわかるのかよ、と毒づいた。

「手、出してないんだ?」

「…そこまで節操ない人間じゃない」

「うわー。大学時代に学年の女子、一通り性的にたぶらかした奴の言葉とは思えないわー」

 若気の至りだ、と魔法使いは溜め息をつく。

「第一、火ぃ着けたのはお前だろ」

「私はただ、幼馴染みの稀代の天才の遺伝子モデルがどうなってるか知りたかっただけだもーん」

 『もっとやらしい』方法で体液を取られたのは封印したい歴史だ。

「あの時の反動で、今は手出すのが怖いんだよ――壊してしまいそうで」

 ハイルディは足に頬杖をつき、やや上目遣いに魔法使いの顔を覗き込む。

「そんなに壊すのが怖いの? 少女だろうが魔力量が多かろうが、奴隷じゃない。あなたがめちゃくちゃにしても良い、玩具(おもちゃ)なのに?」

「似てるんだよ」

 誰に?

「俺にも、『あの子』にも」

 聞いた言葉に、ハイルディは笑みをやや固くする。

「どこが?」

「あらゆる面で」

 ここではじめてハイルディが溜め息をついた。

「…あんたいくつよ? そろそろ忘れなさい。忘れるべき。もう二十歳でしょ?」

「まだ、二十歳だ。あれから十年も経ってない」

 今度頭を抱えたのは、ハイルディのほう。

「やっぱり私達、間違ってたと思う?」

「いや、ただ、この世界で生きていくには未熟すぎたってだけだよ」

 そう、と意思のないようなあるような返答が返ってくる。

 無言の二人の間には、雨の音だけが響いていた。



「今日は晴れて良かったよ、本当」

「引っ越ししたばっかなのに押し掛けてごめんねー」

 いえ、と控えめでぎこちない笑顔が少女の顔にあった。

 ハイルディが魔法使いの家を訪れた翌朝、昨夜とは打ってかわって快晴の空の下、三人は屋敷の庭にいた。

「じゃあ、そろそろ私行くから。箒も借りたし、服も乾いたし」

 ハイルディは、新品の箒を片手に庭に立つ。その姿は最初に着ていたタイトドレスだ。

「…ヴェル(・・・)によろしく」

「うん。よく言っとく」

 ハイルディと交わした言葉に、少女は首を傾げるが、それでいい。知る必要のないことだ。

「じゃあ、召し使いちゃんも元気でね。またお邪魔すると思うから」

 ハイルディは少女な頭を撫で、身を屈める。

「…魔女が両性具有って知ってる?」

「りょうせい…?」

 横で呆れた顔をした。

「棒も穴もついてる…、いやまだわかんないか」

 キョトンとしている少女をおいて、ハイルディはこちら側から離れていく。

「そこの変態に、変なことされたら、私のところに来なさい。ドイツ西部に住んでるから。私が上書きしてあげる」

 ハテナマークの許容量を越えたらしい少女は、ただ弱い返事を返すのみ。

「そろそろ行くね」

 ハイルディは持った箒を横にして、そこの片方に足を揃えて乗る(・・)

 すると、箒の下に大きな魔方陣が現れ、強く光り始める。

 キュインと何かが弾ける音が聞こえて、

「see you soon!」

 箒が、発射した。

 ハイルディを乗せたまま、箒が空に勢い良く飛び出し、そのまま青空に消えていく。

「…」

 あんぐりと口を開け、少女は茫然自失とする。

「…人が、空を…?」

「魔女ってのはそういうもんだよ。人間と思って接しない方が心臓に優しいからね」

 中に入ろうか、と少女に言う。

 はい、と戸惑いながらも返事した少女はこちらの後を着いてくる。

――似てる。

 その姿が誰かに似ていて、

――…見たくない。

 目を背けた。

徐々に辛気臭くなってきました。

もっとブラックになる予定。


スタートとエンディングを決めて、間を後から考えていくという手法で書いてますが、やっと概要が決まりました。手際の悪い自分が憎い。

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