エピローグ1 彼とそれにまつわる覚悟
盗賊団との戦闘があった日の翌日の昼、三人の傭兵はのどかな農道を荷馬車でゆっくりと移動していた。
「盗賊の蓄えはトール達と山分けだったが、中々実りはよかったな」
ドラコは馬車の荷台で安酒のボトルを片手に寝転んでいた。
「師匠、昼間っからお酒は体に悪いっスよ」
「不死身の吸血鬼が健康を気にしてもしょうがないだろう」
ルサリィはドラコの頭の上に乗り、小さく欠伸をする。
「…二人とも、たまにはこっち代わってくれませんか?」
やや伏し目がちに呟いたのは、フラーレス。彼は御者台で二頭の馬の手綱を握っていた。この馬車や馬も盗賊団のアジトにあったものだ。
盗賊団の戦闘のあと、ハイルディ主導で後処理が行われた。
盗賊の財産はトール達傭兵団とドラコ達で山分け。生き残りの盗賊は、完全に戦意喪失した者は傭兵団経由で神聖ローマやバチカンの軍へ引き渡すことが決まった。反抗心が強くとても輸送が出来ない者は、ハイルディにより"処分"された。
魔法使いと少女にはハイルディ経由で労いの言葉を掛けておいた。
そのあとは、特に長居する理由もなく、ドラコは弟子たちとともに次の目的地へと移動し始めることとなる
「…そういえば、師匠は吸血鬼なのに日光とか気にしやんの、なんでですか?」
「もとからそんな弱点は存在しない。人間の、あって欲しい、なければならないという願望が生んだ世迷言にすぎんさ」
フラーレスの質問にドラコはボトルを傾けながら答える。
「だいいち、人間から進化して分化したはずの吸血鬼に弱点が増えていてどうする。日中行動できなければ不便極まりないぞ」
ふあ、と欠伸をしたルサリィがドラコの頭から降りて、荷台の片隅へと移った。盗賊から奪ってひとまとめにした荷物の中にクッションを見つけ、そこでまるまってくつろいでいる。
ポカポカと乾いた日差しが降り注ぐ中、聞こえる音は馬の蹄の音とルサリィの寝息、馬車の車輪の回転音。あとは名も知らぬ猛禽類の高い鳴き声だけ。
「あの、一個質問なんですけど」
「なんだ?」
静寂を破ってフラーレスが前を向いたまま質問を投げかけた。
「僕らがあの盗賊団から依頼を受けたんは、春の前ぐらいでしたよね?」
「そうだな」
「あの女の子の村が焼かれたのは、学期が始まる前ってことは、ちょうど似たようなな時期ですよね?」
「だな」
「ていうか、僕らが受けたんは、『末裔』の誘拐補助の任務ですよね?」
「全くもってその通りだ」
フラーレスの顔が、ドラコの方を振り向かずに引きつる。
「じゃあ、この騒動のそもそもの発端は…」
「ああ、全ての責任は私たちにあると言っても過言ではないな」
フラーレスの顔が青ざめ、手綱を握ったまま額に手をあてて項垂れた。続いて毀れる重苦しい息。
「なんだ、今頃気づいたのか。あの娘に会った時に気づくものだと思っていたが」
「普通、アレとコレが繋がっとるとかの連想ができませんって…」
動揺のためかやや訛りのきつくなった声でフラーレスはため息をつく。
「第一、あの子の家族を殺したのが自分って考えると、どうゆう顔をしていいか…」
「実際に殺ったのは私だぞ」
たいして変わりありませんよ、とフラーレスはまたため息。
「そうだな。こう考えてはどうだ。所詮、この一件は、神聖ローマの内乱とバチカンの政治介入が生み出した、歴史の流れの一部なのだ、と。私たちがあの場にいなくても、恐らく別の存在が私たちの役目を担い、遂行していた。気にしてもしょうのないことなのだ、と」
飄々と、ドラコは気にしないようにボトルを煽った。
「あるいは、私たちがあの村を焼いたことで、ある一つの物語が生まれ、そして無事ハッピーエンドに終わった。私たちの成したことで、世界が一つ面白い方向へ進んだ、と」
フラーレスは、やはり青い顔で俯いたままだ。
「…頑張って、折り合いつけます」
「おう、せいぜい頑張れ」
また、幾らかの静寂。
ドラコは虚空を見つめた後、残り少なくなったボトルを振って名残惜しそうに眼を閉じた。
「…傭兵にはあまり知り合いを作るな」
目を瞑ったまま、ドラコは吐き出すように呟いた。
「同じ陣営で戦った奴らが、次の月には別の雇い主のところにいるなんてのはザラだ。下手に関わるな、迷うぞ」
"何に"迷うかは言わなくてもわかる。フラーレスは、落ち込んでいた顔をややきついものにする。
「神聖ローマの内乱の関係の線は、複雑に絡み合っている。領主の陣営がごっそり入れ替わることも、弱小騎士団がそのまま野盗に成り下がるのもしょっちゅうだ。知り合いの知り合いが自分と同じ側にいるなんて思うなよ」
それは、恐らくドラコの経験則なのだろう。それを弟子に吐き出すということは、それだけ重い意味を持つのだと、フラーレスは奥歯に込める力を少し強くした。
「あとは、その訛りも出来るだけ隠した方が良い。北部ドイツや東欧は、エルフの排外主義が強い。お前は肌がそこまで黒くないから誤魔化せるだろうが、言葉を出せば確実に白い目で見られる。上手い飯を食いたかったら隠すことだな」
「…善処します」
おう、とフラーレスはやや頬を緩ませた。
「あとは、名前も変えた方が良いな。『フラーレス』は流石に欧州じゃ見ない名だ。オーソドックスにジークハルトやヒルド、ブランド…戦の神の名前なら受けもいいだろう」
「わかりました。どうせ、そこまで思い入れもない名前ですし、次の目的地までに考えておきます」
二人の会話が終わったところで、ルサリィが目覚め、ガラクタの中で小さく伸びをした。
「まだ、次の街にはつかないんスか?」
ルサリィはまどろみに沈むように、またクッションの上で丸まる。
「ん、もう少しかな」
フラーレスはにこやかに返事をした後、前を向いて手綱をしっかりと握りなおした。
次の物語の主役は、彼なのかもしれない。




