第二十五章・後 主人
魔法使いは自分を落ち着かせるために一度大きく深呼吸をした後、ゆっくり前を見た。
こちらに背中を預けた少女の体から、金色にピンクを混ぜた魔法光がほとばしっている。感情の昂ぶりによる魔力増大で、魔力が少し漏れているのだろう。ピンクは、性的興奮・愛情・劣情を表す魔法光だ。戦闘による闘争本能の興奮が性欲に直結するあたり、戦闘民族出身は恐ろしい。
彼女が場違いな愛のセリフを囁いたのはそんな高揚と愛情が混ざり合った結果のもので、冷静な判断の元で下されたものではなく――
――いや、そうやってまた答えを先送りするのはやめよう。
何故こんな状況下で、冷静に出来事を分析しているのかと言えば、
『――私を、壊してください』
――その問い掛けに、答えたくないから。
いつも、自分は臆病だ。
誰かの庇護を求め、よりかかる大木を求める。その対象は、二人のヴェルを経て、自分を愛してくれる、依存させてくれる誰かへと移り変わっていった。
だから、愛してくれるという小さな存在によりかかることが出来ない。まだ苗木だから、寄りかかったら容易く折れてしまいそうな少女を愛することができない。
まだ子供だったんだ。
いつから、この子を見守る大人だと錯覚していた?
ヤダヤダと自立することに駄々をこね、責任を取る立場には成りたくないと逃げ回った。
舵取り? 自分が厄介ごとに巻き込まれたくなかっただけだろう。
ヤりたいことだけやってたい。何にも嫌なことは見たくない感じたくない関わりたくない。
よく謝るのは、責任をいち早く拭い去りたいから。
わからなくなったこの子を遠ざけたのは、解法のわからない問題と関わりたくなかったから。
反吐が出そうな、クソガキだ。
じゃあ、今からどうすんだよ?
――変わらなきゃ。
だよな、何に?
――大人に。
違う。
――主人に。
過去の贖罪? 知るか! 死人に伺いを立てて何になる!?
俺がこの子を好きで、この子が俺を好きで、それ以上に何か求める理由があるのか。ない、ないないない!!!
自分の理論の飛躍に、フフ、と頬が緩む。
「変えるよ」
変わる。
「君を」
自分が。
「僕が愛したいから、僕が望む君を、僕を愛する君を作り上げる」
――『私を愛せないなら、あなたの望む私を、あなたを愛しても良い私を、作り上げてください』
あんな、殺し文句のような言葉を言われて、黙っていられるわけがない。止まっていられるなら、男じゃない、人じゃない。
「――君は僕の奴隷だ」
少女から流れ出す金色と桃色の魔法光がより一層濃くなった。光が雪崩となって地面を覆い尽くし、二人の周りをピンクとゴールドの輝きで埋め尽くす。
その光に触れると、まるでこちらに力を分けてくれているような充足感が心を満たす。
「行きます!!」
これまでになく高らかに少女がそう叫びを上げて走り出すと、それを押し出すように少女の足や背中から金と桃の光があふれる。
それは暗い洞窟の中に残光を綺麗な軌跡として駆け回る。
「援護する!!」
その小さくて鮮やかな背中を見て、自分は魔法の発動を準備する。
先ほどの倦怠感や疲労感が嘘のように、体は滑らかに動き、頭の動きは鋭敏になる。
疲れの代わりというように、体の節々には纏わりついた黄金色の魔法光が何とも言い難い満足感を生み出している。
――これが、『光』の力…?
たしか、かつて『救世伝説』を構成する童話や寓話の一つとして、ある話を聞いたことがある。
救世主に率いられた兵士たちは、疲れを知らず、勇気と黄金の光に溢れ、魔物を怯えることなく斬り伏せていったという。
仮説ではあるが、それが、『光』の力の正体、あるいはその一部だったのではないだろうか。
ならば、だ。
――いける。
どの『叫び』がトリガーになったのかは知らないが、少なくとも少女と自分を覆う魔法光は、『光』の効果だ。であれば、あの豚男を倒す唯一の手段が手に入ったということになる。
――だから、今からやるのは足止めじゃない。
彼女が、一撃でオーガを沈められるように、防御を制限し、攻撃を邪魔する。
ゆえに、生み出す魔法は、
――特大の攻撃魔法。
フー、と自分の興奮を抑えるために一息。
――魔法陣の数は五つ。込める魔力はありったけ。
自分の背後の空中に、五つの黄色い魔法陣が浮かぶ。
敵を貫き、道を開く、最高火力の魔法を。
魔法そのものは単純に一つの魔法陣で構成する。しかしその威力を幾倍にも倍増させる魔法陣を二つ。制御のために一つ。精密操作のために一つ。
金色の魔法光に青い炎が混ざる。
呪文はナシ。方向は前。
前方には、走り出した少女の後ろ姿がある。しかし、問題ない。
戦いの興奮が脳から快楽物質を生み出し、それが体感時間を長くさせる。
いける。
――発動!!
「『燃え盛れ』!!」
五つの魔法陣の全てから灼熱の青い炎が沸き起こり、前方へと向けて一直線に突進する。
その炎は、あわや少女にあたるかと見えたが、しかしその寸前で少女を迂回するように大きく進路を変える。
少女を中心にして五つの光線が花開き、そしてそのままオーガへと突っ込む。
オーガの五体へと向かった炎が、その部位を焼き焦がす。
「グァアアァ!?」
魔物は苦痛の叫びをあげ、膝をついた。足と手と顔が焼け焦げ、視界も潰されて行動不能にする。
「行けッ!!」
「はいッ!!」
少女は心地のいい返事をして、そのままオーガへと突撃する。
彼女の足元は、金色とピンクの魔法光に彩られ、その間は赤い炎の軌跡が埋めていく。
三色の弾丸となった少女は一直線に豚の巨人へと突進し、その目前の地面を蹴って高く飛び、
「オッリャアアアアアアア!!」
金と桃と赤の蹴りが、オーガの上半身を穿ち、焼き切り、分解し、光の粒子によって圧殺する。
少女は空中で一度回転したあと、ゆっくりと地面に着地する。
『光』の力なのか、魔物が消滅する特有のものなのか、少女の魔法によって上半身が消し飛んだオーガは、その血肉が光の粒子へと変化し、消え去っていく。
残ったのは、まだ熱の残る地面の上に立つ自分と、消えゆく光群に包まれている少女。
さきほどまで聞こえていた遠くの洞窟から響く喧騒も聞こえなくなり、戦いのあとの静けさが空間を包む。
少女がこちらを振り向く。その顔は、泥に塗れ、全てを出し切ったような、無色の迫力を感じさせた。
自分はそれにつられるように一歩彼女の方へ近づく。
少女の方も、ゆっくりと一歩をこちらの方へと踏み出す。
一歩ずつ一歩ずつ。二人の距離が縮まる。
その歩みは、徐々にスピードをあげ、走るような速度となる。
そして、その距離がゼロになったとき、
「――ッ!」
何も言わず、自分は無言で少女を抱き留めた。なかなかの速度をもって突っ込んできた彼女を受け止め、やや足に負担がかかる。
数秒の沈黙。自分の胸にすっぽりと収まった少女から暖かな熱が送られ、大きく穏やかな呼吸で彼女の胸が上下する。
「…滅茶苦茶にしたい」
「…えっ?」
彼女に聞こえるだけの小さい声で呟くと、少女は疑問の呻きをあげた。
「俺が望むだけ、君の体を作り変えて、弄り回して。俺が望むまで君を求めたい」
欲望塗れの、些かの変態性の混ざった宣言。普通ならドン引きしてしまうような言葉。だけど、彼女はきれいな笑顔を浮かべ、上目遣いにこちらを見上げた。
「はい。好きなだけ私に触って、弄って、変えてください」
言い終えて、また少しの沈黙。顔の向きは変えず、二人の視線は交わったまま。見つめ合ったまま過ぎる心地のいい沈黙。
彼女の頬を撫で、小さく開いたその唇に優しくキスをした。
数瞬の間をおいて、すぐに離れる。
何の前触れもなく口づけをされた少女は、何が起こったかはわかるが、まだ実感がわかない、というようなキョトンとした表情をする。
そして、照れ隠しのように、えへへ、と可愛い笑顔を浮かべた。
――ああもう、ほんと、反則に可愛いな。
その欲情を満たすように、もう一度キスをする。今度は、少女は目を瞑り、少し啄むような柔らかなキス。
唇が離れた後、二人とも照れたはにかみのまま、見つめ合う。
「大好き、だよ」
「はい! 私も、大好きです!」
少女はその笑顔をより一層まぶしいものにして、
「愛してます、ご主人様!」




